第28話 本番で初飛行は無理あるって!
「アヤも鐘を鳴らしておきましたわ」
共有画面の地図に、黄色い通知が増えていく。
市川橋から離れた封鎖ポイントにも、同じ色が灯った。
「……デモ始まった、でも市川橋だけじゃない」
月読が、先に気づく。
「新葛飾橋、市川大橋、京葉線沿い…また、増えた。神奈川、茨城、群馬側の封鎖ポイントも動いてる。さらに都内主要駅の周辺まで、ほぼ同時」
「――これ、全部やったのか?」
「市川橋だけ騒がせたら、そこが本命だと教えるようなものですわ」
アヤの声は、いつも通り軽い。
「今夜は、どこも騒がしい。市川橋は、その中の一つにすぎませんの」
「……よそのデモを囮にするのか」
「人聞きの悪い。怒りの火種は、どこにでもありましたわ。アヤは、鐘を鳴らす時間を揃えただけですの」
「お前、何者だよ……」
「ふふ。ダーリンの妻ですわ♡」
問い詰めている時間はない。
「各所のデモ対応に食われて、増援の初動も、鈍るはずだ」
玉さんの声に、抑えた熱がある。
中継ドローンの映像を確認する。
市川橋まで五十メートルほど手前の道路で、デモの灯りが固まり始めている。
ダンボールの抗議ボードを掲げる人。
怒鳴る人。
届いていないが、投石をしている人もいる。
灰色のNPIが数体、橋のたもとからそちらへ向き直っている。
相変わらず顔面部の黒いモニターには、笑顔のマーク。
デモの列をこれ以上近づけないよう、道路の幅いっぱいに散っている。
その上空で、黒い小型ドローンがホバリングし始めている。
さらに、その少し奥には、三メートル超の灰色の巨体。
BULKだ。
「……穴、見えないんだけど」
「穴を探すんじゃない。作る。空から来る捨て駒80枚は、敵の予想に入っていない」
玉さんの声は、戦況を読む時の低さになっている。
「避難ルートの確保だけだ。全て倒す必要はない」
「分かってる」
「時間ですわ。ダーリン、号令をどうぞ」
俺は、配信マイクのミュートを解除した。
アヤが中継ドローンの映像を配信に流す。
配信に乗る声は俺だけ。八咫烏の通話は別。
操縦者には、玉さんの指示だけを専用チャットへ流している。
:おい、封鎖ポイント全部でデモ起きてるぞ
:新葛飾橋のスレも騒いでる
:誰かが時間合わせたとしか思えん
:あ、映った
「鴉だ。場所は国道14号、市川橋。ここから開幕だ」
:行け、鴉
:無理すんな撤回
:行け
:全国から見てるぞ
「みんな準備はいいな。落ちても泣くなよ。行くぞ、ダンボール部隊!」
:泣くほど落ちるのか
:言い方w
:行け!
◇
すっかり日が落ちたマンションの屋上から、ダンボールラジコン機の群れが、一斉に飛び出す。
後ろのプロペラが夜気を叩き、薄い翼が屋上の縁から浮き上がる。
蜂みたいな羽音が広がる。
風に煽られた隊列は、屋上を離れた瞬間からばらけていく。
最初の数秒で、十数機が脱落する。
プロペラだけが空回りする。
片翼を浮かせてひっくり返る。
まっすぐ上がったと思った機体が、横へ流れて地面に突っ込む。
玉さんが屋上で一機を拾い、ブーメランみたいに投げ直す。
機体は一度沈み、それでも風を拾って、列の端へ混ざる。
ちゃんと空へ上がったのは、六十機ほどだった。
ぶっつけ本番は無茶だった。
知ってた。
不格好な翼のARマーカーが、ばらばらの速度で夜へ散っていく。
:飛んだ!
:ダンボール飛んでて草
:工作イベント、急に本番
:思ったより少ないな
:これ全部手作り?
:今の落ちたの俺のだわ
:ごめん舵きかない
「初フライト組、落ちても泣くな。飛んだやつだけ前へ」
すぐに敵ドローンが反応する。
黒い機体が、橋上から飛んでくる。
ミニマップの表示では、味方の青い丸が62。敵の赤い丸は24。
数はこっちが多い。中身は、ダンボール工作 vs 軍用機だ。
ダンボールラジコン機の群れは、逃げない。
「絡んだ、二機落ちる。離せるやつは離せ」
「糸が長い。高度を分けろ。低い組は欄干沿い、高い組だけドローンを狙え」
茶色い二機が、敵に届く前にくるくる落ちる。
その失敗のすぐ横を、次の機体がすり抜ける。
さらに数機が、釣り糸を味方のプロペラへ巻き込む。
操縦者の悲鳴みたいなコメントが流れる。
:ごめん絡んだ!
:こっちも落ちた
:本番で初飛行は無理あるって!
先頭の一機が、太い釣り糸を垂らしたまま突っ込む。
片翼三本ずつ。合わせて六本。
一メートルほど垂れた糸が、敵ドローンのローターに絡み、二つの機体がもつれて落ちる。
相打ち。
また、相打ち。
茶色い機体が消えるたび、黒い軍用ドローンも一機落ちる。
一機、二機。
赤い丸が、一つ、また一つと欠けていく。
:落ちた!
:ダンボールでやりやがった
:嘘だろ、軍用ドローンだぞ
:安物の翼、謎の大仕事
:相打ちなら勝ちだろこれ
:真っすぐ飛ばないのが逆に読めない説
:軍用機vsダンボール、まさかの神カード
こちらの機体も、落ち方はほとんど事故だ。
ミニマップでは、最初は圧倒的に多かった青い丸が、赤い丸より速いペースで欠けていく。
それでも、敵の数は確かに減っている。
安物のダンボール機が、WWUの計算を初めて狂わせている。




