第26話 現地参加は――ゼロ!
俺のところに、葵さんから返事が戻ってきたのは、十数分後だった。
『上官の承諾は取れました。一個小隊を準備できます。東京側には入れませんが避難民の受け入れは可能です。
WWUは民間人相手には原則、非殺傷で制圧します。ですが、非殺傷でも安全ではありません』
葵さんは制約の中で、できる限り手を伸ばしてくれていた。
最後に一文だけ、敬語の隙間からこぼれたような言葉があった。
『無茶は、しないでください』
『ありがとうございます。葵さんも、気をつけてください』
送ってから、少しだけ後悔した。
俺が言えた義理じゃない。
返事は、少し遅れて届いた。
『はい。救助できる場所には、必ず行きます』
俺はメッセージを閉じた。
役割は決まった。
俺たちは、橋の内側で封鎖をこじ開ける。
葵さんたちは、外側で出てきた人を流す。
どちらかが詰まったら、避難ルートはそのまま罠になる。
◇
2039年6月10日、夕方。
市川橋の手前、占領区域側。
配信を開く前に、葵さんへだけ短く送る。
連絡先を開く指が、ほんの少しだけ遅れる。
作戦連絡だ。分かっているのに、葵さんの名前だけは、ほかの通知より目立って見える。
『国道14号、市川橋。開始は一時間後です』
すぐに返事が届く。
『了解しました。こちらも市川橋へ寄せます』
画面を閉じる。
一時間。
その間に、向こう側も慌ただしく動く。
こっちは、橋の内側を開ける準備を終わらせる。
市川橋の二百メートルほど手前、交差点脇に停めたトラックに俺らはいた。
荷台にはタロン。
背面の端子から伸びた太いケーブルが、荷台のリールを経由して、俺のコントローラーへ繋がっている。
〈有線操作系:6/6〉
〈電源残量:100%/外部給電中〉
「無線なら、もっと後ろから動かせたんだけどな」
「妨害された瞬間、タロンは棒立ちだ。有線でいいだろ」
「分かってる」
俺はこの機体から離れられない。
このケーブルが逃げ場のない現場とつながっている。
俺が手元を一つ間違えたら、橋の入口で誰かが倒れる。
「ケーブル、抜けないよな」
「抜けねえようにしてある。お前は手元に集中しろ」
荷台を最後に確かめた牙っさんが、運転席へ戻ってくる。
俺と牙っさんは、あの熊のラバーマスクをまた被る。
俺はその上から、操縦用ゴーグルを装着する。
牙っさんも熊の顔の上から、レインボーカラーのサングラスを掛けている。
「二回目でも慣れねえな、この熊」
「慣れたら終わりだろ」
近くのマンション屋上には、用意したダンボールラジコン機が並ぶ。
牙っさんが縁に固定した低い板から、車輪のない全翼機を腹で滑らせて飛ばす計画。
組み上がった機体は、知り合いの町工場から軽バンで小分けに出してある。
大通りは使わず、古い商店街の裏道と、閉じた駐車場をつないでここまで来た。
数は、80機ほど。
作ると言ってくれた人数からすれば、少ない。
完成しなかったもの、運べなかったもの、検品で弾かれたものが、山ほどあった。
家庭で作られ、町工場で組み立てられた小さな機体が、夕暮れの屋上に並んでいる。
翼の上側には、左右にARマーカーが貼られている。
ガムテープが貼られて不格好で、プロペラの色もばらばら。
全国の誰かが、これから自分の部屋で操る機体だ。
俺は、配信を開く。
コメント欄が、ゴーグルの右端に重なる。
〈鴉の塒 配信中 視聴者数:1847〉
:きた
:鴉だ
「今夜もエナジー全開の塒へようこそ。常闇のはぐれ鳥、鴉だ!」
:カーカー(こんばんは)
:いつもの名乗りだ
:こんな夜でも平常運転で安心した
「先日告知したリアルイベント開催します! 一時間後開始、最後までチャンネルそのままで!」
:今日がイベントか
:きたきた
:場所どこだ?
:現地行くから住所plz
「場所は言えない。今日のイベント、現地参加は――ゼロ! 参加は全員、ネットから操縦だ」
:は?
:現地なしのリアルイベントって何だよ
:言ってる意味が分からんw
:雲行きが怪しくて草
「画面はゲームみたいにする。操作できる人は、コメントじゃなく機体を飛ばしてくれ」
:ゲームみたいとは
:コメント欄からの追放
:経験者おる?
:枠は何人あるんだ
「今夜やることを、先に言う。封鎖されている橋を、数十分だけこじ開ける」




