第14話 物理で話を終わらせるのは強い
「俺が操作か……」
「さくらさんを取り戻すために動いているのは君だ。それに、君は画面の中の変化を拾うのが異常に速い」
「手の速さじゃなくて、見る方か」
「それもある。だが、一番おかしいのは目だ。敵の動き、味方の位置、地形、警告表示。普通の人間が順番に読むものを、君は一度に拾う」
牙っさんが、工具を持ったまま笑った。
「撃ち合いゲーで世界ランク取るやつは、目からもう変態ってことか。団長、こういう時だけは信用できる」
俺は、少しだけ苦笑いした。
俺の手が、無意識にコントローラーを握る形になった。
頭のない巨体。
そこへ、俺の入力を繋ぐ。
これが、さくらに届く手になる。
「やる」
声は、思ったよりはっきり出た。
「操作は俺に任せてくれ」
空っぽの巨体が、俺の返事を待っていた。
「ゲームみたいに俺が操作する。俺の入力を、機体用の命令に変換する」
「そうだ。ただし、今は変換するだけだ。自動照準も操作アシストもない。さらに反応も必ずワンテンポ遅れる。君がボタンを入れて、機体が準備して、関節が動き始める」
玉さんは、そこで一度だけ画面を見た。
「本当は、君の操作を先読みして、機体を準備させておきたい。将棋AIの玉響で培った学習と予測を流用すれば、たぶん作れる」
「それ、すげえな。今すぐ欲しいやつだろ」
「すぐには無理だ。時間をくれ」
牙っさんが、機体の背中を覗き込んだ。
「おい、それ勝手に動き出すやつじゃねえだろうな」
「それはさせない。予測の責務は準備までだ。実行はコマンドが来てからだ」
「で、その肝心のコマンドはどうやって届けるんだ? やっぱり無線か?」
「無線は簡単に妨害される。WWU相手に無線で動かすのは安定しない」
「可視光通信にすれば?」
「見通しが要るのと、雨、煙、粉塵で通信速度が急減する。戦闘中に発炎筒を一本焚かれただけで、制御が効かない」
「さっき俺らがやったやつで死ぬのか」
「そうだ。可視光通信だとバレたら、敵も当然考える。だから有線で直結する」
俺は、背中から伸びるケーブルの位置を想像した。
無線より不便で、動ける場所も縛られる。
けど、その線が残っている限り、この機体は俺の手から離れない。
「方針は決まった。最初の作業は通信系の切断だ」
玉さんが背面へ回り、ドローン格納庫の脇にある通信ユニットを指さした。
「無線通信ユニットだ。繋がれば、ここがばれて、遠隔で止められる」
「止めるには?」
「ケーブルを引っこ抜いて、通信ユニットを叩き割る」
「乱暴だな」
「有線で動かすなら、無線は敵の入口でしかない」
玉さんが、BULKの頭部を包むアルミ保温シートを指で叩いた。
「この即席シールドが電波を弱めているうちに、さっさと外してくれ。こんなものはただの気休めだ、あまり信用できない」
「可視光通信は?」
「そっちは設定で切る。ユニットが光学センサーと一体だ。外すと視界まで死ぬ。無線ほど機体制御の根っこに食い込んでいないはずだ」
牙っさんが工具箱を引き寄せた。
玉さんが画面上で通信ユニットの位置を示し、牙っさんが工具を差し込む。
図面と、床に寝ている巨体が、少しずつ同じものになっていく。
「こっちの制御系はどうすんだ」
「制御系AIとは、さっき指を動かしたNPI-MCPで通信する」
「軍用機だぞ。それが公開されてんのか」
「ベースはNPIだ。民生作業アタッチメント用に通信仕様が公開されている。歩け、止まれ、手を開け。その程度なら同じ指示でいける」
「殴る蹴るまで、そのまま通るわけねえよな」
「そこは動かしながらログを読む。BULK独自の制御は、試して、失敗して、少しずつ解明する」
玉さんは、ノートPCを一台、作業台へ置いた。
そこから伸びたケーブルが、BULKの胸部に開いた保守端子へつながっている。
「外部との通信は切ってあるPCだ。まずはログを確認する」
モニターに、機体の内部ログらしきものが流れ始める。
分からない単語の方が多い。
それでも、赤く点く警告だけは見える。
赤はだいたい、ろくでもない。
〈コアAI疎通確認:未応答〉
〈位置情報定期取得:エラー[コード103:GPS電波が取得できません]〉
〈エリア統括AI定期報告:通信エラー[コード401、300秒後にリトライ]〉
「……通信しようとしてたのか」
「だから切る」
牙っさんが背面の通信ユニットを引きずり出す。
固定具を外し、外向きのアンテナ線を抜く。
火花が一度だけ跳ね、焦げた臭いがした。
「この束も外していいか?」
「待て。全部抜くと、安全系も落ちて、制御系AIが立ち上がらない」
「じゃあ、外へ出る線だけ殺す」
「物理で話を終わらせるのは強い。迷うところが減る」
「理屈は玉さんに任せる。俺は動くようにするだけだ」
最後のケーブルが抜けると、玉さんが小さく息を吐く。
「切れた。これで、こいつは誰のものでもない。ここからは、こっちの盤面だ」
玉さんはそこで、ようやくおにぎりの封を切る。
二口で半分ほど食べ、冷めた缶コーヒーを一口だけ飲む。
それから、何事もなかったみたいにPCへ視線を戻した。
シャッターの隙間が、うっすら白くなっている。
牙っさんは、一度家へ戻った。
俺と玉さんは、受付室のソファに沈んだ。
背中にかけた古い毛布から、機械油と洗剤の匂いがした。
目を閉じた瞬間、落ちた。




