第13話 だから君だ。操縦するのは
―――2039年6月7日 未明 東京 斉藤工業―――
たどり着いた斉藤工業――牙っさんが親父さんから継いだ町工場だ。
深夜の工場を、作業灯が白く照らしていた。
油と金属の匂いが染みついた床に、BULKが横たわっている。
最初に目に入るのは、脚だ。
人間の胴ほどある太もも。膝下はさらに太い。
かかとの部分には、二本並んだ太いタイヤ。
この巨体が、足で歩くだけじゃなく、タイヤで走る。
これが向かってきたら、群衆なんて一瞬でパニックになる。
そのわりに、上半身は小さい。
腹部には、低く傾いた装甲板が楔形に何枚も噛み合う。
そこから胸にかけては、戦車の前面装甲を思わせる厚く傾斜した複合装甲プレート。
首はなく、胴体の上に低いセンサーブロックが載っている。
それでも前面だけは、かろうじて顔に見える。
その前面には、戦車の運転席のような、黒いスリット状のバイザーが、横一文字に走っている。
その奥に、大小のレンズと細いセンサー窓、マイクらしい小さな穴。
左右の後ろ側にも、黒い魚眼レンズが一つずつ埋め込まれていた。
頭頂部には空を仰ぐ半球状の広角レンズがあり、肩口には小さな黒いレーザー窓が隠されている。
起動していないのに、見られている気がした。
ゲーム上での大型ボスと、工場の床に寝ている実機では、迫力が違いすぎる。
「クソデカいんだが?」
「今さらかよ、翔大。吊ってる時に気づけっての」
牙っさんは笑いながら、フォークリフトの爪を入れる角度を変える。
笑ってはいるが、手は止まらない。
仰向けのままでは、背面のハッチを開けられない。
巨体を起こして支える必要がある。
吊る場所も支える場所も、車とは違う。
牙っさんは両肩から伸びたベルトを、天井側のチェーンに掛けていく。
フォークリフトで腰を少し浮かせ、機体の下へ、厚い木材を一本ずつ差し込む。
横には低い作業足場も置かれていく。
全高3.2m の巨体も、足を前に投げ出せば座高は1.8m そこそこだ。
高さだけなら自分たちと大差ない。
それなのに、目の前を塞ぐ灰色の巨躯からは、押し潰されるような圧がある。
灰色の見た目は、完全に敵だ。
俺が見ていない場所で、さくらはこの色に連れ去られた。
工場の隅で、古いサーキュレーターが低く唸っている。
作業台にはぬるい缶コーヒーと、俺が開けたエナドリ。
床には、中川で被っていた熊のラバーマスクが二つ、裏返しに転がっている。
牙っさんがコンビニ袋を作業台へ置いた。
作業着の袖には油が染み込んでいる。
「食え。動けなくなると困る」
中には、おにぎりと缶コーヒー。
俺は礼を言う代わりに一つ取ったが、指先がまだ少し震えて、海苔のフィルムがうまく剥がれなかった。
「機体は問題ない」
玉さんが、ノートPCを三台抱えて工場へ入ってくる。
牙っさんとは対照的に、線が細い。
銀縁のメガネの奥で、視線だけがいつもより速く動いている。
「装甲に損傷なし。使用痕もない。新品同然だ」
玉さんはBULKの背面に回り、保守パネルを開く。
ネジの位置を探す指に、迷いはなかった。
三台のうち一台を床へ置き、パネルの奥から細い端子束を引き出す。
「コマンド。この端子規格を、公開仕様と照合」
〈端子規格:NPI保守端子 Type-D3です〉
薄いケーブルを一本選び、ノートPCの変換アダプタへ挿す。
画面に、見慣れない識別文字列が流れる。
玉さんの指が、そこで止まった。
「朗報だ。制御系端子はNPIと同じだ」
「BULKなのに?」
「大きさこそ別物だが、BULKはNPIがベースと聞いている。これなら、何とかなるかもしれない」
玉さんが、別のウィンドウを開いた。
〈NPI-MCP接続:限定保守モード〉
「整備業者向けの保守モードだ。ここだけは仕様が公開されている」
玉さんがキーを叩く。
灰色の巨体の右手で、太い人差し指が、ぎぎ、とわずかに曲がる。
「動いた……」
俺の背中に、遅れて鳥肌が立った。
画面の中のキャラじゃない。
床に寝ている巨体が、今のキー入力で動く。
「さすがだな。玉さんも食えよ」
「一段落したら食べる」
玉さんはそれ以上答えず、画面へ戻った。
玉さんの分のおにぎりだけが、袋の中に残った。
「こいつ、すぐ動かせるのか」
「無理だ。予想通り、指揮役のコアAIは入っていない」
「つまり、身体だけで、頭は空っぽってことか」
「そうだ。機体損傷時の予備機だろう」
「頭だけ載せ替えれば復活か。怖いな」
「負けた戦闘のログも、次の最適化に使われる」
「一度通った手も、次は読まれるってことか」
「そうだ。AIは悔しがらない。勝った手ほど、次に潰してくる」
牙っさんが、胸の装甲を工具で軽く叩いた。
「駆動まわりも電池も生きてんだろ?」
「生きている。各パーツを動かす制御系AIも残っている」
「WWU側に、まだ紐づいてねえんだな」
「そう見ていい。認証ペアリングがまだ成立していない。地域統括AIから遠隔ロックもかからない」
「触るなら、この状態が一番ましだな」
新品のウェアラブル端末と同じだ。
本人認証する前なら、誰のものでもない。
俺は、胸部区画を見た。
空っぽのそこへ、何かを差し込めば動き出しそうに見えた。
「ここに、こっちでAIを作って入れるのか」
「無理だ。コアAIは簡単に作れる部品じゃない」
「つっても、人が乗れるスペースもねえしな。遠隔操作か?」
「そうだ。外から制御系AIユニットに、歩け、掴め、腕を振れ、という指示を投げる」
「人が腕や脚を部位ごとに動かすのか?」
「いや。移動、停止、攻撃。目的ごとにモーションとして組めばいい」
「おお、ゲームっぽいな」
「そうだ」
玉さんが、そこで初めて俺を見た。
「だから君だ。操縦するのは」




