第12話 そんな呼び方、どうでもいいよ
―――2039年6月4日 東京 小菅教育センター ―――
さくらが目を覚ますと、刑務所のような部屋だった。
固いベッドと、消毒薬みたいな匂い。
高い窓には、太い格子がはまっている。
「さくらちゃん。起きた?」
隣のベッドに、美咲がいた。
声はいつもより小さい。
美咲は毛布を膝まで引き上げ、さくらの顔を見ていた。
「ここ……どこ?」
「WWUの教育センターだそうです」
教育センター。学校みたいな名前なのに、扉には鍵がかかっていた。
通路の向こうから、硬い足音が近づいてきた。
灰色のNPIが一体、部屋の前で止まる。
顔面部の黒いモニターには、笑顔のマークが張り付いている。
『定時点呼を実施します。応答は不要です』
機械の声だった。昨日のロボットと同じ、何も揺れない声。
『識別番号E-9037。SS級時任美咲さん』
美咲の肩が、ほんの少し動いた。
NPIのカメラが、美咲のところでちょっとだけ長く止まる。
『識別番号E-9038。S級黒羽さくらさん』
さくらの名前だった。
知らない番号と等級が付いてくる。
『連絡事項です。E-9037、E-9038の両名はS級以上に該当するため、特別矯正教育の対象です。日本国内に対応施設がないため、北京の矯正施設へ移送します。移送予定日は6月23日です』
両名。
美咲だけじゃない。
さくらも、対象になっていた。
「矯正教育……?」
声が漏れた。
ベッドのシーツを握る指に、しわが寄った。
『ご安心ください。教育を経て、あなたがたは幸福になります』
幸福になります、と機械が言った。祝福するような声だった。
NPIが通路を進んでいく。
足音が遠ざかってから、美咲が小さく言った。
「……怖い、です」
さくらのメガネ型デバイスの端に、白い通知が開いた。
外部との通信には✕マークがついているが、WWUからの通知だけは読めた。
┌──────
社会適性査定 結果通知
黒羽さくら様
総合 S
インテリジェンス A
フィジカル A
カリスマ A
マネジメント E
メンタル S
あなたは極めて高い社会適性を保有しています。
通常より高効率な教育環境、進路候補、対人関係を優先的に割り当てます。
損失を防ぐため、生活環境と接触者はWWUが継続調整します。
……
──────┘
「……何がSなの」
勉強なら、美咲の方がずっとできる。
通知の評価は、さくらの知っている自分とは別のものを見ているみたいだった。
「あたしには、査定結果の通知が届いてる。みーちゃんにも来てる?」
美咲がメガネ型デバイスを操作し、自分の通知画面をさくらの視界へ共有した。
┌──────
社会適性査定 結果通知
時任美咲様
総合 SS
インテリジェンス SS
フィジカル E
カリスマ C
マネジメント A
メンタル E
あなたは同年代において例外的に高い社会適性を保有しています。
通常より高効率な教育環境、進路候補、対人関係を最優先で割り当てます。
資源保全のため、常時NPIによる保護と接触者管理を行います。
……
──────┘
「……あたしたち、物みたい」
「ごめんなさい。わたしのところにNPIが来たから、さくらちゃんまで巻き込んだ」
「玄関に来たやつ、何しにきたの?」
「家から、出ないでくださいって」
「なんで、そんなこと」
「……わたし、SS級だったから」
美咲の声が、少し掠れた。
「SS級って、何か特別なの?」
「同じ年ごろは、日本にほとんどいないって」
「だからって、家から出るなって?」
「保護です、って。教育も、人間関係も、ぜんぶ幸福が最大になるように……最適化、する、って」
覚えた言葉を、こわごわ並べているみたいだった。
一つ言うたびに、体が小さくなっていく。
「どういうこと?」
「……北京に、行く準備をしなさいって」
「北京?」
「日本には、わたしの行く学校がないからって。婚約者も、中国の人になるから……中国語を、勉強しなさいって」
「待って。婚約者って」
「……SS級は、特別みたいで、決まってるそうです。会ったこともない人」
美咲の声が、だんだん小さくなる。
「ぜんぶ、お祝いの声でした。おめでとうございますって、何回も」
「なにそれ。あたしたち、まだ中三だよ」
気持ち悪かった。
「それで、聞いたんです」
美咲は膝の上で指を握った。
「これ、誰のための最適なんですかって」
「なんて言われたの?」
「みんなの幸福のために、一人ひとりが少しずつ我慢するんだって」
「みーちゃんも?」
「……わたしが我慢して、言われた場所で能力を使えば、みんなが幸福になる。わたしも、感謝されて、幸福になれるって」
最後のほうは、ほとんど聞き取れなかった。
「……そんなの、おかしいよ」
「わたしが、嫌だって言ったから。さくらちゃんが、手を引いてくれたから」
美咲の指に、力がこもる。
その白さが、言葉より先に怖さを伝えてきた。
「だから……エラー市民、って」
「そんな呼び方、どうでもいいよ」
さくらは、美咲の手を握った。
今度は、絶対に離さないように。
「みーちゃんを一人にしたくなかったの。置いていく方が嫌だった。だから、みーちゃんのせいじゃない」
美咲の返事は、握り返す手にこもった。
美咲の長い髪が、白いシーツの上に細く散っていた。
丸フレームのメガネ越しに見える窓の外は晴れていた。
こんな日に、なんでこんな場所にいるんだろう。
そう思っても、さくらは泣かなかった。
美咲の前では、お姉さんっぽくしていたかった。
さくらは、心の中で兄を呼んだ。
兄なら、手を伸ばしてくれる気がした。
でも、部屋の扉は閉じたままだった。




