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EP3 通じ合う心

 運命のダンスを踊った日から――

ムスカリとローレンは、幾度となく時を重ねた。


 最初はあの日の約束通りディナー。

その次は、王宮の庭園で過ごす穏やかな午後。

時にはお忍びで城下町へと足を運び、名もなき日常に紛れ込むこともあった。


 責務に追われるムスカリを、ローレンが静かに支え。

研究に没頭し、生活が疎かになりがちなローレンを、ムスカリが嗜める。


 そうして二人は、お互いの欠けた部分を埋め合うように――

ゆっくりと、けれど確かに距離を縮めていった。


 そして、ある日。


 学生時代、二人で幾度となく訪れた場所へと辿り着く。

ダルカネットゥ王国を見渡せる、時計塔の屋上。


変わらぬ景色。

変わらぬ静寂。


 それなのに――

確かに、あの頃とは違っていた。


 風が、静かに吹き抜ける。

その中で、ローレンは、ムスカリへと向き直った。


「ムスカリ。俺は――あなたを愛しています。」


その一言で、世界が色を変えた。


 見慣れていたはずの景色が、まるで別のもののように映る。

静寂に満ちていたはずの空気が、鼓動の音で満たされていく。


 熱くて、苦しくて――

けれど、どうしようもなく愛おしい。


知らないはずだった。

知る必要も、なかった。


それなのに。


(……もう、知らないふりなんてできない)


 気付いてしまった。この想いの名前を。


「私も、愛しているわ。」


 その言葉は、驚くほど自然に――

まるで、呼吸のように、零れ落ちた。


 言葉にした瞬間。

胸の奥にあった何かが、ほどけていく。

もう隠すことも、押し殺すこともできない。


 ローレンは、わずかに目を見開き――

次の瞬間、確かめるように彼女の名前を呼んだ。


「……ムスカリ。」


 その声に導かれるように、ムスカリは一歩距離を詰める。

お互いの息が触れ合うほどの距離。

ローレンの腕が、そっと彼女を引き寄せる。


 胸元に頭を預ける。

体温が重なり、鼓動が重なる。

同じ速さで、同じように――高鳴っていた。


(……あぁ。)


 こんなにも、満たされるものなのか。

知らなかった世界に、静かに身を委ねる。


 やがてローレンは、壊れ物に触れるかのように、

ムスカリの頬に手を添えた。


 視界が、絡まる。

逃げることも、逸らすこともなく――

ただ、互いを見つめ合ったまま。

ゆっくりと、距離が縮まっていく。


そして――

唇が、重なった。


確かめるように、触れ合うだけの、静かな口づけ。


「こんなにも……幸せなものなのね。」


 かすかに息を含んだ声で、ムスカリが呟く。


「ええ。俺も…知らなかった感情です。」


 重なったままの距離で、ローレンが柔らかく応じる。

ムスカリは、そっと彼の頬に手を伸ばした。


「私は…あなたのことになると、おかしくなってしまうの。

どうか……私以外の女を愛したりしないでね。国を滅ぼしちゃうわ。」


 冗談めかした声音。

けれど、その奥に滲む、ほんの僅かな本音。


 ローレンは一瞬だけ目を細め――くすりと笑う。


「あはは、それは怖いですね。でも、安心してください。

あなた以上の存在など、この先の長い人生をかけても見つかりませんよ。」


 その言葉は、どこまでも真っすぐだった。

ふっと、ムスカリの表情が緩む。

クスクスと、二人の笑い声が夕暮れに溶けていく。


 やがて。

引き寄せられるように――

再び、唇が重なった。


 その夜。

王宮へと戻ったムスカリを、待ち構えていた者がいた。


「――おかえり、女王様」


 柱にもたれかかるようにして立っていたのは、ベニロード。

隠す気のない笑みが、その口元に浮かんでいる。


「……いたのね。」

「そりゃあねぇ?こんな面白い夜、見逃すわけないでしょ。」


 ゆっくりと歩み寄り、

じっとムスカリの顔を覗き込む。


「で?」


 にやり、と。

まるで子供のように無邪気で、けれど確信に満ちた笑み。


「どうだったの?デート!」


 一瞬、言葉に詰まる。


 ほんのわずか――思い出すように唇に触れかけて、

はっとして視線を逸らした。


「……別に。」

「ふーん?」


 間髪入れずに返ってくるその声に、逃げ場はない。


「今、唇触ろうとしたでしょ?」


 ニヤニヤと笑いながら、さらに一歩距離を詰める。


「顔、真っ赤だよ?」


「……うるさいわねっ」


 そっぽを向くムスカリの様子に、

ベニロードは満足そうに肩をすくめた。


「結婚式、盛大にやらないとねぇ。」

「気が早いわよ。」

「早いわけないでしょう!国民もみんな、今か今かと待ってるんだよ!」

「なんで国民が?」


 きょとん、と首を傾げるムスカリ。

自分たちの関係を知るのは、ベニロードだけのはずだ。


 しかし、その問いにベニロードは大きくため息をついた。


「あのねぇ。あの舞踏会の日。ローレンがムスカリに声をかけたの――

あれ、傍から見たらとんでもない事件なのよ?」


「事件?」


「だーれも身分を知らない男が、女王陛下にファーストダンスを申し込んだの。

言ってしまえば――“平民が女王に挑んだ“みたいなもん。」


「まぁ、そうね。」


「普通なら“恐れ知らずのバカ”で終わる。でも――」


 ベニロードはにやりと笑う。


「ムスカリが踊ったことで、全部ひっくり返ったの!」


「……。」


「今や巷じゃ、“身分違いの恋♡”で大盛り上がりよ」


「はぁ!?そもそも、ローレンは平民じゃないでしょう!?

今、国のほとんどの人が使えている基礎魔法や魔法道具のほとんどは

彼の研究の功績じゃない!」


「そーんなん、民草からしたらどうでもいいんだよ。

だって、“平民”の方がロマンあるでしょう?」


「理解したくないわ……。」


 ムスカリは額を押さえ、大きくため息をついた。

しかし、ベニロードの追撃は止まらない。


「あとさぁ。お忍びで城下町デートしたみたいだけど――」

「……っ」


「どこの平民が、あんな膨大な魔力垂れ流して歩くの?」

「……」


「服装変えただけでバレないと思ってるの、ほーんと可愛いねぇ。」

「やめて」


「しかも顔!!隠してるつもりでも隠せてないからね!?」


 畳みかけるように、さらに一歩。


「その美しい顔隠したいなら魔法使えよ!!

伝説の魔女でしょう!?変装魔法なんて、指パッチン一つでできるでしょ!!」


 そこまで一気にまくし立てて――

ふぅ、と。

ベニロードは満足げに息を吐いた。


 そして、にやりと笑う。


「みんな、“あっ、これ、お忍びだ”って微笑ましく見てたよ?」


 ――その瞬間。

ムスカリは、がくりとその場に崩れ落ちた。


「……あーん、したんでしょ?」

「お願い……ちょっと……黙って……。」


 追撃に耐えきれず、

ムスカリはか細い声でそう呟くしかなかった。

ベニロードはそんなムスカリを見下ろしながら、

くすりと笑った。


「……ほんと、分かりやすいねぇ。女王様。」

「……うるさい……」


 床に座り込んだまま、力なく返すムスカリ。

その様子に、ベニロードは満足そうに肩をすくめる。


「まぁいいや」


 くるりと踵を返し、軽い足取りで歩きだす。


「せいぜい、楽しみなよ――その恋。」


 その言葉に、ムスカリはわずかに顔を上げた。


 今度こそ、そっと唇に触れる。

そこに残る、ぬくもりを確かめるように。


「……えぇ。」


 小さく、けれど確かに。

その想いを肯定するように、呟く。


――私は…あなたの事になると、おかしくなってしまうの。

どうか…私以外の女を愛したりしないでね。国を滅ぼしちゃうわ。


 ふと、先ほどローレンに告げた言葉が脳裏をよぎる。

女王である自分の男に手を出す女など、存在するはずもない。


 ――それなのに。

胸の奥に、微かなざらつきが残る。

拭いきれない、不安にも似た感情。


「……厄介なものね。」


 小さき吐き出した言葉に、苦笑いが滲む。


 幸福だけではない。

満たされるだけでもない。

この胸に生まれたのは――嫉妬という名の感情。


 それでも。

それすらも愛おしいと、思ってしまう。


ゆっくりと、目を閉じる。


「願わくば……永遠の愛を」


 広い部屋で、ただ一人。


 女王は静かに――

誰に聞かれることもなく、願いを口にした。


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