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EP2 夢にかける思い

「ムスカリ女王陛下。ご無礼を承知の上で…一曲、踊っていただけませんか」


 誰もが様子を窺い、女王に近づこうとしない中――

一人の男が、静かに前へと進み出て跪き、迷いなく手を差し出す。


「……あなたは…?」


 ムスカリが覚えのない顔である以上、

有力貴族、その子息であるはずがない。

ましてや――

主催者であるベニロードですら、驚愕に目を見開いている。


「申し遅れました。俺はローレン=フィラティアと申します。」

「フィラティアって…もしかしてっ…。」

「覚えていていただけたなんて、光栄です。」

「覚えているわ!魔法学校の数少ないクラスメイトだもの…。」

「えぇぇ!?あのローレン!?」


 二人の会話を聞いていたベニロードが、堪えきれず声を上げた。


「あなたが招待したんじゃなかったの?」

「いや、したよ!?したけど…雰囲気変わりすぎだし……。ベニ様たちと同期なのに、

社交界で一度も噂を聞かなかったから…てっきり、もう…。」

「無理もありません。もともと、お二人と同期というだけで身に余る立場でしたから。」


 ローレンは穏やかに微笑む。


「魔法論理学や魔法陣研究は得意でしたが…ご存じの通り、俺は魔力が少ないので、

卒業後は研究に明け暮れておりました。」


 ローレン=フィラティア。

ベニロードとムスカリによって設立された魔法学校――グランシア学院。

幾つもの試験を経て厳格にクラス分けが行われるその学園において、

ローレンは二人と同じクラスに在籍していた。


だが――


 彼の魔力量は、一般人と大差ない。

本来であれば、その場に立つことすら許されないはずの存在だった。


 それでもなお、彼は選ばれた。


 ローレンは人の感情だけではなく、

獣も、草木も、風さえも――

まるで対話するかのように理解する、異質な共感力を持っていた。


 そして、その“理解”から導き出される数多くの魔法。


 それは既存の理論では説明できない、

まるで世界そのものと対話して生み出されたかのような――

類い稀なる才能だった。


「いやぁ、めでたいね!こうやって思いもよらない人と出会えるから、パーティーはやめられない!!」


 心底楽しそうに笑うベニロード。


「それで、女王様。どうするの?ファーストダンス!」


 その言葉に、ムスカリも小さく笑みをこぼす。

ローレンは再び跪き、静かに手を差し出した。


「いいわ。踊りましょう。」


 二人がダンスホールへ歩み出た瞬間――

待ち構えていたかのように、音楽隊がワルツを奏で始めた。


「あなた、ダンスなんて踊れたのね。」


「今日のために練習しました。」


 からかうように微笑むムスカリ。

ローレンは、わずかに頬を緩め――

そして、そのまま真っ直ぐに彼女を見つめた。


「あなたと踊りたくて。」

「えっ。」

「ベニロード様から、この場があなたの婚約者を選ぶパーティーだと聞きました。

それで、大慌てで準備しましたよ。人生で初めて、社交界に出なかったことを後悔したくらいです。」


 一歩、距離が近づく。


「それでも…こうして、あなたと踊れている。本当に――夢のようです。」


 これまでの長い年月。

ただの一度も――

異性に心を向けたことはなかった。


 国のため。責務のため。

恋愛に割く時間などなかった、というのもある。


だがそれ以上に――


 ムスカリ自身が、

愛や恋といったものに、興味を抱いたことがなかったのだ。


 それどころか。

自分との繋がりを望む貴族たちからの求婚に、

辟易していたほどだった。


――なのに。


 今、この瞬間だけは違った。

ローレンの瞳は、どこまでも真っすぐで。

そこに、嘘も、打算も――何一つとして存在していない。


ドクン、と。

心臓が、大きく脈打つ。


(…なに。これ)


 顔に熱が集まる。

呼吸のリズムが、わずかに乱れる。


 つい先ほどまで、平然と視線を交わしていたはずなのに――

耐えきれず、ムスカリは視線を逸らした。


 音楽が、ふっと途切れる。

次の瞬間――

会場を包み込むように拍手が広がった。


 ローレンは静かに一礼し、再び跪く。

そして――

ムスカリの指先を取り、そっと唇を落とした。


「今宵、共に踊れたことは、俺にとって至高の喜びです。

お許しいただけるようでしたら……後日、ディナーでも。」


 その声に、飾りはない。

ただ、真っ直ぐな願いだけが込められていた。


 ムスカリは一瞬、言葉を失う。

それでも――

すぐに、小さく微笑んだ。


「えぇ、もちろん。」


 ローレンの背中を見送りながら、

ムスカリはそっと指先に触れる。

そこに残る、わずかな熱。

その感触を、確かめるように。


――遠くから、その様子を眺めていた者がいた。


「………あーあ。これはもう、止まらないやつだねぇ。」


 くすりと笑うのは、今宵の主催者――ベニロード。

グラスを傾けながら、優しげに目を細める。


「だからベニ様は言ったんだよ。運命の出会いをする……ってね。」


その声は、誰にも届かない。


けれど――

確かに。


誰にも知られることなく。

一つの「歯車」が、静かに動き出していた。



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