EP1 明るい未来
女王ムスカリ=ダルカネットゥ。
その名と共に、たった一代で築かれ――
なお数千年という永きにわたり、揺らぐことなく君臨し続ける王国がある。
魔法使いたちが支配するその国は、
エクリプシア大陸において絶対的な権力を誇っていた。
大陸には他にも、
死を司る冥華国、
血を嗜む吸血種の国、サングレア王国、
死に損なった者たちの国、ネクロメリア帝国など、
数多くの国が存在する。
だが――
その中心にあったのは、常にこの王国だった。
そして大陸の境界、その外縁。
人々から“異世界”と呼ばれる領域にただ一つ。
人間たちの国が存在していた。
「ムスカリ女王にご挨拶申し上げます。」
「ベニ…あなた、本当にそれ好きよね。」
「いやぁ?だって大親友が、今や大陸一の権力を誇る女王様だからねぇ。ベニ様としても鼻が高いってやつよ」
「何言ってるの。この国を創ったのは私だけじゃないわ。むしろ、ほとんどあなたの力でしょうに。」
絢爛たる謁見の間。
玉座に腰掛けたムスカリ=ダルカネットゥは、頬杖をつき、わずかにため息を漏らした。
彼女の前で恭しく頭を垂れているのは、
燃えるような赤髪の女——ベニロード=クロック。
唯一無二の大親友であり、戦友でもある存在。
かつて、魔力を宿して生まれた者たちは、
その力ゆえに恐れられ、迫害されていた。
その彼らを束ね、礎を築き上げた末に生まれたのが、
数千年の歴史を持つダルカネットゥ大国だった。
確かに先導者となったのはムスカリだ。
だが、魔法使いたちを恐れ、あるいは利用し、奴隷として支配しようとした他国から
この国を守り抜いたのは、紛れもなくベニロードだった。
だからこそ。
何千年もの時を経た今なお、
戦友である彼女に恭しく傅かれることは――
どうにも、落ち着かない。
「それで?今日はどうしたの?」
「ふっふっふっ!よくぞ聞いてくれました!今日はムスカリにこれを。」
待っていましたと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべ、
ベニロードは一枚の手紙を差し出す。
「パーティーの招待状?」
「そう。ムスカリのお婿さん探し♪」
「……私のことより、自分はどうなのよ。」
「ベニ様はいいの。それよりも、この国を継ぐ『次』が必要でしょう?」
「そんなの、魔法で造ればいいじゃない。」
「そんな芸当ができるのはムスカリくらいだよ。普通は恋をして子供を作るの。」
「普通…ね。」
——あなたが「普通」を語るのか。
そんな言葉を飲み込み、ムスカリは小さく苦笑いを浮かべる。
だが、一度言い出したら聞かないのがこの親友だ。
観念したように二度目のため息をつく。
「分かったわ。ちゃんと参加する。ただし、参加するだけだからね。」
「ベニ様には分かる!!ムスカリは運命の出会いをするよ!!」
「あなた、先見の能力はないでしょう。」
どこからその自信が湧いてくるのか。
呆れながらも、ムスカリはわずかに口元を緩めた。
ムスカリ自身、パーティーが嫌いなわけではない。
華やかな装い。
自分に注がれる視線。
そして――
そこに集まる情報。
噂、流行、各地の動向。
王として知るべきすべてが、自然と集まる場所だった。
「それじゃあ、またパーティーの日に。」
「えぇ、楽しみにしているわ。」
数日後。
ベニロードの屋敷に到着したムスカリは――
その光景に、思わず額を押さえた。
あまりにも、規格外だった。
ダルカネットゥ王国において、
魔力量でベニロードの右に出る者はいない。
魔法とは、本来その扱い方に個人差がある。
多くの魔法使いは、詠唱か魔法陣によって術を発動する。
魔法を「感覚」で捉える者は詠唱を好み、
魔法を「構築」として理解する者、あるいは魔力量の乏しい者は魔法陣を用いる。
だが――
ベニロードは、そのどちらにも属さない。
詠唱も、魔法陣も使わない。
ただ“そうする”と決めた瞬間、魔法は完成している。
膨大な魔力量と、寸分の狂いもないイメージ。
その両方を兼ね備えた彼女だからこそ成し得る、常識外れの業。
天才――などという言葉すら、彼女の前では陳腐だった。
おそらく、この規模のパーティー会場を用意することなど、
彼女にとっては髪を整えるよりも容易いのだろう。
「ムスカリ=ダルカネットゥ女王陛下、御入来!」
騎士の声が響いた瞬間、賑わいに満ちていた会場は水を打ったように静まり返った。
集う者たちは一斉にムスカリへと視線を向け、深く頭を垂れる。
「頭を上げて。今宵は私も招かれた身よ。身分など気にせず、楽しみなさい。」
決して大きな声ではない。
それでも、その声は不思議と会場の隅々にまで届いていた。
やがて人々は顔を上げ、安堵と敬意を滲ませながら、
再び思い思いの会話へと戻っていく。
「さすがは女王陛下。」
「あの威厳…やはり別格だ。」
耳に入る賞賛を特に気に留めることもなく、ムスカリは静かに歩みを進めた。
視線の先には、今宵の主催者の姿がある。
「ようこそ、女王陛下。」
「お招き頂き、ありがとう。ベニロード。」
「いやぁ、一瞬にして全部持ってったねぇ。みーんなムスカリに釘付けだよ。」
差し出されたシャンパングラスを受け取り、軽く掲げる。
コツン、と小さく音を立ててグラスが触れ合った。
今日のパーティーは、表向きにはベニロードの気まぐれとされている。
だが——
有力貴族たちはすでに通達が回っていた。
これは、ムスカリ=ダルカネットゥの“婚約者選定の場”であると。
それを知っているからこそ。
会場に集う者たちは、談笑を続けながらも、
常に視線の端で女王の動向を追っていた。
一挙手一投足、そのすべてを見逃すまいとするように。
誰が声をかけるのか。
誰が選ばれるのか。
あるいは——…誰一人として選ばれないのか。
張り詰めた空気は、笑顔の奥に巧妙に隠されていた。
——その均衡を。
静かに、しかし確かに崩した者がいた。
「ムスカリ女王陛下。ご無礼を承知の上で…一曲、踊っていただけませんか」
その一言で、空気が変わる。
それが——
すべての運命の、始まりだった。




