53. 独房令嬢の隣人
謹慎というものは想像していたよりも遥かに退屈で、窓辺に腰掛けて歌う以外にすることがなかった。
初めの一日目にはカリネやサラ達がたくさんの差し入れを持って訪問してくれたし、セリタは本を贈ってくれた。
崖の中をくり抜いた穴倉のような独房だが、花瓶至るところに並べ、水桶には色違いの花びらを浮かべた。真っ白なシーツの寝台、何でも描けるほどに並べられた色とりどりの刺繍用の糸。今の状態だけで言うなら、フラーエンがいつも寝泊まりする回廊の客室より豪勢に思えた。
だが、この花達の取り替えはできないと決まった。
これでは謹慎の意味がないと言われ、誰かれ構わぬ面会はその日のうちに禁止とされたのだった。
滑り込みでみんなからもらえた花束がまだかすかに香る中、誰もいない空間は本当に退屈だった。
侍女すらも面会が制限された。何日かに一回は湯浴みが許されており、その時にはヘーネとスコーラに会うこともできるが、厠へ行く際は毎日代わる召使いの誰かの同伴だった。
萎れて花びらを落としていく姿をただ眺めることしかできない日々を想像するたびに、フラーエンは何度もため息を吐いた。
フラーエンは特段歌うことが好きというわけではなかったが、こんな状況ではそれしかできない。セリタには申し訳ないが差し入れの本は最初の数頁しか読んでいないし、刺繍道具も一度指を刺してから、糸を通したままの状態で放置している。
見張り番の兵士に何度か歌うのをやめるよう言われたが、構わず歌い続けているうちに離れたところまで移動したようだった。
連れ立った何人かの足音が通路から聞こてきたのは、ちょうど歌うことにも飽きてきていた頃だった。誰かが会いに来てくれたのかと期待して鉄格子から覗こうとするフラーエン。
しかしその期待は裏切られる。
古い鉄と鉄がこすれる不快な音と、これまた不快な荒くたい男の声がすぐそこから聞こえてくる。
「さあ入れ」
一人の男がそう言った後、物音と共に誰かが隣に入ったのがわかった。
フラーエンはそろりと壁際に張り付いて聞き耳を立てる。
「この野郎、妙な気を起こすんじゃねえぞ」
聞こえるのは兵士の声だけで、何者が牢に入ったのかはわからない。それからは格子が閉じられる音と、あとは去り行く兵士達の足音しか聞こえなかった。
まさか隣人ができるとは思っていなかったフラーエンは、兵士が去ったのを待ってから躊躇うことなく声をかけた。
「ご機嫌よう」
そう言って少し待ったが返事がない。動く音は聞こえるので隣に誰かいるのは確かだ。
「こんにちは。少し話しませんこと?」
その後も沈黙だった。望んで来る場所ではないので話したくない気分というのも理解はできる。フラーエンはそう考えて一人頷いたが、あまりに退屈だったため話しかけることをやめられなかった。
「私はフラーエン・ノーツァース。少し危ないことをして、ここに入って三日目なの。あなたの名前は?」
「うるさい」
ようやく返事が返ってきた。若い男、あるいは少年とも取れる声。王家の晩餐を盗み食いでもしたのだろうか。それできっとここで罰を受けているのだろう。
声が届いていたことに喜びを感じたフラーエンは、返された言葉の意味に構いもせず話しかけ続ける。
「どうしてここに?」
また沈黙。
「何をやったの?」
やはり返事はない。
「ねえ」
話し相手になってはくれないと理解する。口を窄めながら窓際に戻ろうとしたその時、もう一度返事が返ってきた。
「真実を証明しようとした」
会話が始まるというだけのことなのにこんなに心が踊ったのは、剥き出しの岩肌と鉄格子の小部屋のせいだろう。互いの姿は見えていなくても、笑顔であるということを伝えられるよう明るく言葉を返した。
「それはどういうこと!?」
それ以降、隣人からの返事はなかった。




