52. セレナリスの告白
私がその女の存在を知ったのは、十八年前のこと。ドゥライル王国が滅んで、北部となったその新たな領土も再編され、戦が終わった頃だった。
皆知っている通り、戦場で無類の強さを誇るスロンディアだけど、政治にはまるで興味がなかった。それなのに当時、妙に王都を留守にすることがあった。それも多々。
ロヴィリカに行くだのダロンに行くだの言っていたけど、その時から薄々気付いていたわ。
当時エメルディアは六歳。クロディアは二歳でグエルヘンは八歳。ロベンディアはまだ産まれてなかった。
スロンディアの好色は昔から知っていたし、花のティアラを戴くに当たってそれを直して欲しいとも思わなかった。男なんて誰もがそんなものだし、私は王に貞節を期待するような純粋な乙女ではなかったから。
私はあの人に惚れて妃となったのではない。このティアラでルガティアス家に栄光をもたらした。あの時はそれで満足だった。
私とスロンディアは価値観が合っていたと思う。子供が生まて、そして戦に勝った。良き王と良き王妃であり、良き夫と良き妻になったと思っていた。気が付けば私はあの人を愛していたし、愛されていると思えていた。
幸せだったわ。
だからあの人が城を空けるたびに、その行き先が気になるようになっていった。悲しみや不安ではなくて、苛立っていたわ。何も気にしていないふりをしていたけど、信頼できる何人かの者に頼んで、夫の秘密を探らせた。
そしてケイリスがその報せを持ち帰った。
相手はギリアート家の旗主に仕える騎士の娘。名をレミラ・ロチェスター。可憐で麗しい娘だったと、ケイリスは教えてくれた。そしてスロンディアが、とても幸せそうな笑顔でレミラに駆け寄り、赤子を腕に抱いたということも。
帰ってきたスロンディアは、何食わぬ顔であなた達を抱き上げて私にキスをした。本当に政務をしていたかのように、あるいは敵を打ち破って来たかのように。
私は忘れることにした。どんな理由であれスロンディア・テードリアンに反目するなどありえないし、王国の継承者はエメルディアと決まっているのだから。
それから何年か後、オルド帝国が襲来した。スロンディアはそれすらも退けて英雄の名を確固たるものにしたけど、程なくして病を患った。原因不明で、未だにあの塔で眠り続けている病。不調を訴え始めてから半年ほど経つ頃には、最早剣も握れないほどに弱っていた。
帝国との戦いによって、国土はかつてないほどに荒れていた。
本当に大変な時期だったから、私は王国を支えることで精一杯だった。執政会はまとまらず、孤児や難民が溢れ、街道には野盗が頻出。ヴィタールやハルバジアとの小競り合いは続き、北部では反乱が起きた。
それらの問題が落ち着いた頃に、ある日ふと思い出した。レミラ・ロチェスターと、その落とし子の存在を。
王が不在だから、レミラを守る男がいなかったから、私の足は動いていた。
花のティアラを巡り争って、そして私は王妃となり、この王国のために生きてきた。だから許せなかった。くだらない道端の野草が王の目に止まったことに。
一度火がつくと自分でも信じられないほどに、その怒りは燃え盛った。母親も落とし子も当然殺すつもりだった。
殺して来いと命じるだけで全てが意のままになるのに、それができる権力を持っているのに、私は自らの足でその家に向かった。
地獄を見せてやろうと思っていた。オルドの大軍に焼き払われて死ぬ方がまだ幸いだったと思えるような地獄を。スロンディアがドゥライルの王家にしたことより、もっと残酷なことをしてやろうと。
家の扉を蹴破って押し入った時のあの顔を今も覚えているわ。私の顔を見て、すぐに理解したようなあの顔。まるでこんな日が来ることをずっと予感していたように、レミラは私がスロンディアの妻であるとすぐに気付いたようだった。
それがすでに嬉しかった。私が来るずっと前から、この女は私を恐れていたんだ。ずっと怯えながら暮らしていたんだと。
そうであるようにと、心の奥で願っていたから。
まず最初に向かって来たのは使用人の老人。ケイリスが片手で打ち伏せると、その老人は動かなくなった。使用人たちは必死にレミラを守ろうとしたけど、騎士達に敵うはずもない。
外を探したケイリスが子供を抱えて戻って来ると、私は扉の鍵を閉めた。外は空が晴れ渡っていたけど、殺す時は暗闇がよかったから。
息子の身柄を抑えると、それまで不義を認めなかったレミラが許しを乞い始めた。
私は愛されていた。愛し合っていた。そう言っていたのに一転して、どうか息子だけは見逃してください。殺さないでくださいとね。
そしてこの時、私は自分を理解した。私は初めからこの親子を殺しに来たわけではなかったことを。
足元で蹲って、床に額を擦り付けるレミラの姿はとても惨めだった。泣きながら必死に懇願する姿は哀れだった。
自分の子供と同じくらいの歳の子が恐怖に震えているのに、その泣き声も喜びに変わった。
スロンディアが惚れ込んだ美しい顔が、血を滲ませて悲痛に歪んでいて、それが私を勝者の気分にさせた。
「申し訳ございません王妃様。私が王を誘惑しました」
レミラのその言葉で気が付いた。殺したかったのではなく、この光景を見たかったのだと。夫の愛人が自らを淫売と認め、私に許しを乞う言葉が聞きたかったのだと。
あの親子を殺さなかったのは、慈悲の心からなんかじゃない。ただ心が満たされた。本当にそれだけだった。
それから時が経つほどに、私は後悔を覚えた。情けなく、本当に恥ずかしい行いをした。あの時あの扉を閉めたのは、神々に見られたくなかったから。隠し通せなどしないと言うのに。
その巡り合わせがこの決闘裁判なのでしょう。公正な裁きが下されるなら、レミラの潔白は証明され、私は有罪となる。
レミラの自白は、私が強要したもので間違いないのだから。




