51. 一族
王族の御所の一室に、テードリアン王家と王妃の生家ルガティアス家が集まった。
急いで駆け付けたセレナリスの父、内務卿のグエリオ・ルガティアスが動揺しながら娘を抱きしめる。
「何があった。どういうことなのだセレナリス」
頭を抱えて思案していたハウゼンが部屋の隅から戻って来る。そして指を振りながら何かを言おうとして、一度口を噤む。幼いセリタがいることを気にしてのことだった。
大人達の視線が一身に注がれて、セリタは肩が縮こまった。許嫁のセルディアに促されると、逆らうことなく部屋を出た。
ハウゼンは娘が遠ざかったことを確認してから扉を閉じて、部屋の中央にいるセレナリスに向き直る。
「姉上。あの男を殺して全て無かったことにしましょう。それしかありません」
エメルディアの指先がぴくりと震える。だが動揺する素振りを見せたのはエメルディア一人だけで、第二王子クロディアがハウゼンに続いた。
「同意する。たかが騎士が一人消えるだけだ」
それに対し王弟アドメルディアが反対の意見を述べる。
「いやそれは無理だろう」
エメルディアは安堵した。いきなり殺すなどという話が出て、とてもついていけそうになかった。だが叔父の反対意見は、エメルディアと同じ良心の呵責によるものではなかった。
「証人があまりに多過ぎる上に、あの男はたかが一人の騎士ではない。やつは馬上槍試合の優勝者。名はすでに王都中の民が知っており、この告発も今日のうちに誰もが知る事実となる」
ハウゼンは目を伏せ、クロディアは片眉を上げて小さく頷く。アドメルディアは短く続けた。
「最早隠蔽は不可能だ」
「だがそれ以外ないでしょう。王権で握り潰すのです!」
効率と確実性だけで論じるならばハウゼンの意見にも一理はある。だが今回においてはそれは下策であった。姉を想うが故に、ハウゼンがいつもの冷静さを欠いていることは明らかだった。
「ただ現れて告発するだけなら、我々は真実が何であれ闇に葬り去ることはできた。王の力でな。だが人が集まり過ぎた。やつにとって槍試合は注目を集めるための手段だったのだ」
アドメルディアの言葉が正しい。王家がいかに陰謀を駆使しても、今からルアンを消してしまえば決闘裁判を嫌がったことが誰の目にも明白になる。
そしてそれは神々への冒涜となる。
「元はと言えば陛下が!」
「やめなさいハウゼン!」
言いかけたハウゼンをセレナリスが制止する。少しの沈黙の後、セレナリスはか細い声で切り出した。
「こんなことになってしまって、本当にごめんなさい」
決闘裁判に応じなければならない。それ以外に道はなかった。
馬上槍試合で実際にルアンと戦ったクロディアが言う。
「やつは強いぞ」
アドメルディアが尋ねる。
「クロディアよ、ルアンはどれほどのものなのだ」
「万全の状態であっても必ず勝てるとは言い切れない」
また沈黙となる。ルアンは自身の腕に相当な自信を持って王都は来たと、槍試合を見ていた全ての者の見解は一致している。
少しの沈黙を破ったのはグエリオだった。
「ヴィタールとの国境問題はどうなってる。アフィルド卿であれば」
ハウゼンとアドメルディアが顔を上げて頷く。
「ああそうだ。王権を行使するならば、王国最強の騎士を代理に立てればいいのです」
「それしかあるまい。裁判はアフィルド卿が戻ってからだ。彼なら戦ってくれるだろう」
道筋に光が見えたように一同の意見が一致する中で、エメルディアが小さく呟いた。
「何なのですかこれは…」
しかしその声に気が付いたのは、沈黙しているセレナリスだけだった。
「アフィルド卿が負ける姿は想像できない」
「しかし神殿はそれを許すでしょうか」
「それくらいは待たせるのだ。こちらは王家だぞ」
燭台の蝋燭の揺らめきが小刻みに早くなる。
「何なのですかこれは!」
声を荒げたのはエメルディアだった。全員が会話を止める。穏やかなエメルディアには珍しい姿だった。
「話が見えません。母上、一体何を隠しているのですか」
窓から差す陽は赤く染まり、宵が静かに迫っている。
「重要なのは真実ではありません殿下。これから起こる事実です」
ハウゼンがそう言うが、エメルディアは母から視線を動かさない。
それまで目を伏せていたセレナリスは覚悟を決めたように息を吐き、ゆっくりと顔を上げた。
「誰にも語らずに墓まで持って行くつもりだった。そうできると思っていた」
静かに歩き始めるセレナリス。艶やかな赤いドレスが炎の光を受けて、金色の刺繍が踊るように妖しく光る。
「この裁判は、王家の名を汚すことになる。醜い女の嫉妬の話よ」
エメルディアは胸が痛むのを感じた。
中庭の回廊では、令嬢達が囁き合っていた。事件の話は早速城中に広がっており、蜂の巣を突いたような大騒ぎだった。
「大変なことになったわ」
「王妃様に決闘裁判だなんて、あの騎士は何を考えてるのかしら」
「お優しい王妃様に、何の恨みがあるっていうの」
「槍試合の決勝で、ルアン卿とクロディア殿下が切り結んだ光景を覚えてる?あれは只者じゃないわ」
「王妃様、どうするんだろう」
「誰かが戦うのよ。これは神々の決定。もう誰にも止められないわ」
軍務卿リガード・ベティオルの執務室では、黒犬騎士団のコリーが主人に提言していた。
「王妃様の代理戦士に私を推挙してください!私が勝てば、リリアン様が王太子妃に選ばれるかも」
「槍試合と斬り合いが違うことはよくわかっておるがな。お前は一度あのルアンに負けているのだ。推挙したところで王家はお前を使わぬであろう。それにルーベルン家との取り決めもある」
「そのルーベルンにリリアン様が屈していることが我慢ならないのです」
「くどいぞコリー!この裁判は傍観する。わかったな!」
財務卿の執務室では、レイデン・ルーベルンが騎士達を並ばせ話をしていた。
「危ないところだったな。お前達がルアンを見つけるのがもう少し早く、もし仮に登用が成功していれば我らは反逆罪だ」
ジュラン・ルーベルンが尋ねる。
「どうするのですか叔父上」
「恩を売りたいところだが、今回我々にできることは何もない。相手が神々である以上はな」
セレナリスの足音が静寂に響く。
「十九年前、ドゥライル王国との戦いの最中に出会っていたのだと思う」
語り始めた母の言葉をエメルディアは思わず遮る。
「出会ったって、一体誰が」
そう問われたセレナリスは、暖炉の火を背にゆっくりと振り返った。
「ルアンの母、レミラ・ロチェスターと、あなたの父スロンディアよ」
「それは、つまり」
「陛下は不義を?」
「ルアンの父はスロンディア・テードリアン。彼は王の落とし子よ」




