43. 来たる戦のため
王妃セレナリスが放った一言は、執政会の面々を沈黙させた。
「聞こえなかったのクロディア?もう一度言うわよ。ベルツに行ってメイリア・クラウセンに求婚しなさい」
それは政略結婚の命令であった。突然のことに戸惑ったクロディアは、反抗的な目を母に向ける。
「何のためです」
セレナリスは短く答えた。
「北部が不安定だからよ」
そんな説明だけで、気の強いクロディアが首を縦に振るはずがないが、母は王族の義務を説いた。
「何故俺なのです」
「務めでしょ。王家に生まれた」
レイデン・ルーベルンはその様子を静かに見守っていた。
ロザリードを王太子妃にするための支持を得る見返りとして、ルーベルン家がベルクレイン家と交わした密約。それは第二王子クロディアの妃にヘレネッサを推すことだった。
ヘレネッサの父、ヴィル・ベルクレインはわかりやすく動揺が顔に出ておりレイデンの方をちらちら見ている。だがレイデンに焦りはない。第二王子が王妃に返す答えはわかりきっているからである。
「断る。何故俺が北部などに」
「断る?務めを果たしなさい」
「お言葉だが母上、俺に命令できるのは王だけだ。そうだよな兄上」
兄エメルディアは議会の長として、落ち着いた様子で穏やかに言う。
「ああその通り。だが今は王が不在、制度に則り議会の採決を取ろう。誰か異議がある者は?」
そう言われてしまった以上クロディアは何も言えない。不服そうに諸侯を見回した。
レイデンがゆっくりと口を開く。
「アフィルド卿がおられませんし、いささか性急すぎるのでは」
それに対して王妃が返す。
「クラウセン公の死が唐突なのだから仕方ないでしょう。少女が領主では収まりがつかなくなる」
「恐れながら。北部の混乱は今に始まったことではありません。グレス・クラウセン公の存命時から、これ以上悪くなることがありましょうか」
レイデンが賛成ではないという意見を示したことに、クロディアの頬が緩む。
「メイリア・クラウセンは健康で、統治に意欲的と聞きます。何も王家の血、それも第二王子殿下を差し出すことはないのでは」
レイデンの意見に、ベルクレインとベティオルの両当主も追従した。
「レイデン公の言う通りだ」
「言葉をあえて選ばずに言えば、クラウセンには勿体ないでしょう」
ルーベルン、ベティオル、ベルクレイン。賛同しない三つの家の当主を順に見つめ、セレナリスは頷き微笑む。
「楽観的ね。齢二十にも至らない女公が、一度忠誠の揺らいだ諸侯を束ねるのに一体何年かかるかしら。敵はそれを待ってはくれないでしょうし、来たる戦のためには、北部の力は不可欠よ」
セレナリスの言う敵とは、勿論オルド帝国のことである。
レイデンは第二王子の縁談が決まることを阻止せねばならない。そのためにできることは限られていた。
「無論、王妃様の仰る通りでございます。支援を惜しむ道理はない。クラウセンが北部を統治できるようになるまで、執政会で協力するのはいかがでしょう」
セレナリスはそれ以上の議論を続けることはせず、議長である息子を見た。エメルディアはその視線を受け取る。
「レイデン公。そなたがそう言うなら依存はない。だがそれでは負担が大きくないか」
「必要な経費でございます」
「なるほどわかった。ではクロディアの縁談は延期、もしくは無しだ」
解散後、王族の御所の廊下で、クロディアが二人を呼び止めた。
「母上と兄上、二人で企み事か。俺を餌に使って」
「クロディア。お前はわかりやすいから、素の反応が欲しかったんだ」
「ふん、気に入らん」
「悪かったよ。でもどうだ。これで北部に金を回せるぞ。誰もあの地には興味がないからな」
二人の息子を横目に、セレナリスは思案していた。王妃にとってこの話の目的は財務卿からの資金捻出だけではなかった。反目し合っていたあの三人が意見を合わせ、ロザリードを王太子妃にという空気を宮廷中に作っている。その同盟のような関係構築の一つに、暗黙の取り決めがあるのだろう。そしてそれは恐らく、王家の血の分かち合いを意味している。
つまり、ヘレネッサかリリアンのどちらかがクロディアの妃となるよう意見を合わせており、今日の反応から見て、それはヘレネッサで間違いない。ということはリリアンの相手は三男のロベンディアだろうか。
この三家の結託は無視できるものではなく、ここにさらなる勢力を加えれば、王家と並び得る力を持つかも知れない。
「あくまで利害。血の結びつきではない」
ぼそりと溢したセレナリスにエメルディアが気が付いて尋ねる。
「何か言いましたか母上?」
とっくの昔に背丈を追い越された二人の息子を見て、セレナリスは眉尻を落としながらも微笑んだ。
「何でもないわ」
その日の午後。財務卿の執務室に、ルーベルン家の旗主、オルソン・ギースが呼ばれた。アレインの父である。
「お呼びでしょうかレイデン公」
丸めた羊皮紙に封蝋を押したレイデンは、紋章のない印象を置くとゆっくり顔を上げた。
「クラウセン家を支援することとなった。北へ行けオルソン」
「クラウセンを、ですか…」
「詳細はここに書き記した。読んだら燃やすのだ。いいな?」
「承知致しました」
「ああそれと」
退室しようとするオルソンをレイデンが呼び止める。
「レイザを連れて行け」
それはレイデンの一人息子、ロザリードの弟のことである。オルソンは一瞬驚いたが、すぐに意図を理解し頷いて見せた。
「殿下」
エメルディアの部屋を訪ねてきたのは、内務卿の末息子、ハウゼン・ルガティアスだった。
「ハウゼン。どうした」
「僭越ながら諫言をしに参りました。執政会での話を父上から聞いたのですが、北部とクラウセンの件。少々強引過ぎるのでは?」
「確かにそうかも知れないが、必要なことだ」
「さすがに金を使わせすぎです。もっと踏み込んだ言い方をすれば、忠誠を示す機会を与えすぎです。報いる方法は次第に限られてきます」
「わかってる。だが北部なくしては戦に備えられないだろう」
「ルーベルンなくしては王家は何もできない。諸侯の目にはそう映りますよ」
エメルディアが目線を窓の外に逸らす。ハウゼンはそのまま続けた。
「レイデン公は足場を固めました。ルーベルン、ベティオル、ベルクレイン。最早立派な第二勢力です。ロザリード嬢を選ばなければ、レイデン公は怒りをあらわにするやも知れません」
エメルディアはゆっくりと振り向いて、首を傾けながら頷く。
「わかっている。全て踏まえた上での決定だ」




