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いばらの庭の乙女たち  作者: f.h
晩春
42/54

42. 女公誕生

 陽が傾きつつある中庭で三人は未だ卓を囲む。

 フラーエン・ノーツァースの話から、ヴァレリー・ハレルド、ミーア・カラベルンと続き、その他様々な令嬢の評価と現在位置が語られた。

 今日の茶会が始まった時に比べると回廊の人だかりはかなり減ったが、中庭に踏み込もうとする者はいなかった。主催者のリリアンは王家に中庭の貸し切りを打診していない。ただ人々が近付かないだけである。

 その中庭に踏み込む、一人目の影が現れる。

 濃く暗い茶色の髪に落ち着いた深みのある青いドレス。その令嬢の名はアレイン・ギース。


 南部総領主ルーベルン家の旗主ギース家。その当主、オルソン・ギースの長女である。四方から向けられる視線を全く感じていないように、アレインはロザリードの元へ歩み寄り、耳元で何かを伝えた。体を傾けてそれを聞いたロザリードは、眉を顰めながらヘレネッサとリリアンの方に向き直る。


「ああ、神々というのは、なんと言ったらいいのか」


 その回りくどい前文句をヘレネッサが煩わしそうに遮る。

「隠す必要はないんじゃない?私達は友人なんでしょ」


 そう言われたロザリードは口を膨らませて驚いたような表情を見せ、アレインに目で合図する。アレインはロザリードに伝えたことをそのままもう一度言った。


「北部の総領主、グレス・クラウセン公が病死しました」


「あら、クラウセン公が?」

「危篤と言われていたものね」

 二人にはそれほど驚いた様子はない。


「ヘレネッサ、さっきあなたが私に聞いた円卓の席の数のことだけど」

 ロザリードは卓に両肘をついて、手の甲にそっと小さい顎を乗せる。


「フラーエンを座らせた椅子に本来座るはずだった者の名を、すぐに王宮で聞くことになりそうだわ」


 リリアンがその名を口にする。

「メイリア・クラウセン」


「そう。メイリア・クラウセン」

 ロザリードはゆっくり頷いた。


 西のギリアート家、東のルガティアス家。南の諸侯を束ねるのはロザリードのルーベルン家。

 そして北。旧ドゥライル領と呼ばれる北部を統治する総領主、それがクラウセン家である。

 メイリア・クラウセンはその長女であり、ロザリードやフラーエン達と同世代の令嬢である。


「父の見解ですが、北部総領主の座を継承するのはメイリア・クラウセンになるかと」

 アレインの言うことにロザリードが頷く。

「そうね。メイリアしかいないでしょうね」


 ヘレネッサも同じように考えた。

「確か叔父君は街道で盗賊に襲われて亡くなり、兄君は馬上槍試合の事故だったかしら?」


 リリアンはグレス公の死よりもまず、ここにやっとアレインが来たことの方が重要だった。庭の端に立つ侍女に合図して、椅子を一脚持って来させる。

「座りなさいなアレイン」


 アレインはロザリードを見て、同じ席に着くことへの許可を確認した。

「主催者の好意よ」

 ロザリードがそう言うと、アレインは運ばれてきた椅子にゆっくりと腰を下ろした。


「メイリアはここに来る?」

 ロザリードの問いにアレインは答える。

「それはまだわかりません。ベルツの鐘が告げたのはクラウセン公の死についてのみ。今回はその急報になります。次の報せは間もなくかと」


 ロザリードはメイリアを明らかに警戒している様子だった。それを見てヘレネッサが言った。

「本当に用心深いわね。クラウセン家など風前の灯でしょ」


「へえ」

 歯を見せて笑いながら、ロザリードは警戒しない理由があるのかとヘレネッサに視線を向ける。


 ヘレネッサは淡々と事実を述べた。

「クラウセン家の肩書きは最早名ばかりだし、当然北部諸侯は誓いなどなかったかのように好き放題しているわ。

 フラーエン達が正にその最たる例よ。メイリアも花のティアラを取りに来ていたというのに、北部令嬢達は忠義立ての素振りすらしていない。

 そしてメイリアの器というのも、あまり過大に見積もる必要を感じられないわ。

 彼女は美しいし、血統には文句の付けようがない。ロザリードあなたより価値を示せるかはともかくとして、彼女はこの機会で北部に秩序を作り直すこともできたはず。でも何もせず北に帰った。それも舞踏会の直前に。父が危篤という理由でね」


 リリアンはともかく、ロザリードとヘレネッサであれば帰らないだろう。例えそれがどんな理由であっても。

 ヘレネッサの言葉を全て聞き終えて、ロザリードはぬるくなった香草茶を飲み干した。代わりに隣に座ったアレインが話す。

「それでも王陛下が選ばれた総領主です。北部で無視できない唯一の家で、力は失えどその格は、あなた方と何ら変わりはしない」


 ヘレネッサが沈黙し、リリアンが小さく頷いた。

「確かにね」

 

 アレインが皮を剥いたイチジクを受け取りながら、ロザリードは小さな声で思考を漏らす。

「敵が剣を捨て跪くか死に絶えるまで、決して目を離しはしないわ。私は絶対に負けたくない」

 その言葉がヘレネッサとリリアンに聞こえるかどうかは、ロザリードにとってはどうでもよかった。


 妙に張り詰めた緊張を解こうと、アレインが話題を転じた。


「そういえば、先日の槍試合の優勝者、ルアン卿の所在がわかったそうです」


 リリアンとヘレネッサが話題に乗る。

「ああ、ルアン・ロチェスター卿だったかしら」

「王妃様のトークンを求めたあの不遜な輩ね」


 三人が視線を向けるが、ロザリードからは何もない。虚空を見つめ、何か考え事の中に沈んでいくようだった。

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