41. 北からの訃報
回廊に集まった者達の中には、すぐ近くにフラーエンがいることに気が付いてひそひそと囁き合う者もいた。露骨な冷笑である。
カリネがフラーエンの代わりに視線を返しながら言った。
「なんか嫌な感じ。私みたいな端っこにお呼ばれしただけの娘があの一回限りなのはわかるとして、同じ卓にいたあんたをこんな仲間外れみたいに扱うなんて」
フラーエンは胸が痛むのを感じていたが、この状況が不自然であると主張できるほど、自分に自信を持てなかった。
「そ、それはどうかなあ。今日は三人の気分だったんじゃ」
「そんなわけないでしょ。こんな大勢が見るところでわざわざやるのは。見せつけてるのよ」
カリネは自分がフラーエンの邪魔をしてしまったと感じていた。ロザリードが開いた大茶会の翌日、一階の談話室での出来事である。
あの日、朝早くから満席の談話室で、後から来たロザリード達のために何人かの令嬢が席を開けた。そしてロザリードはフラーエンだけに、隣に座る機会を与えた。
ロザリードのその意図はよくわからなかったし、一緒にいたカリネはまるで視界に入っていないとでも言うような振る舞いをされた。だが家を大きくしたいという想いのフラーエンにとって、あれは間違いなく好機だった。
もしもカリネがフラーエンと逆の立場だったなら、招かれた席に座ったかも知れない。
だがフラーエンはその甘い誘いに応じなかった。理由はとても明瞭で、見る者によってはそれは愚かでさえあった。
「ヴァレリーとミーアは自分から距離を取ってた印象があるけど、あんたはそうじゃないじゃない。なんて趣味が悪いのかしら。一言言ってやらなきゃ気が済まないわ」
「ちょっとカリネ、いいよそんなの。もともと家格がずっと違うんだし」
「当たり前よ!言えるわけないでしょ!」
そう言って二人で肩を落とす。
当然のことだが、フラーエンは居心地の悪さを強く感じている。それを察したカリネが何か気の利いたことを言おうと考えた時、二人の後ろから声がかかった。
「フラーエン、カリネ」
振り返ると、一人の令嬢が立っていた。
「シリエン・ソルラットよ。話があるの。いい?」
自己紹介をしてくれたが、当然知った仲ではある。あまり親しくはないが二人にとってはどこか心が落ち着く存在、同郷北部の令嬢である。
カリネが中庭に目を移す。
「いや、今ちょっと…」
だがシリエンは、真面目な面持ちで二人に用事があることを伝えた。
「私達にとっては、この茶会よりもっと重要なことが起こったわ」
「重要なこと?」
「今リーシーがティタを呼びに行ってるの。来て、あなた達のためよ」
リーシー・ハウダントンとティタ・ランテル。その二人もまた北部の名前である。
北部からの令嬢は舞踏会の日には九人いたそうだが、ロザリードの茶会以降はこの五人だけが残っていた。
場所が変わって王城の裏側。兵舎や訓練場より少し手前の召使い達が行き交う区域。
その隅にある小さい庭。大量の薪が積まれた小屋の陰で、五人の娘達が集まった。
北部と言ってもいくつかの定義があり、クレアデイン河以北のことを指すこともあるが、誰もが思い浮かべる北部というのは、それよりもう少し北を境界とする旧ドゥライル王国の領土である。
フラーエンとカリネの他に、ティタ・ランテルという背の低い大人しそうな娘が、ドゥライル打倒後に貴族となった新興家。熊の親子の紋章を付けた騎士の娘である。
この北部令嬢たちに声掛けをしたシリエン・ソルラットは、少し影のある表情だが理知的な顔立ちの娘。ドゥライル戦争以前から貴族であり、戦での功績により大きな領地を賜り北部貴族となった。もう一人のリーシー・ハウダントンも同じく領地替えの貴族であり、この二人の家にはそれなりの歴史がある。
貴族とは格である。
最も古くから貴族として王国に仕えているソルラット家のシリエンが、集めた令嬢達に事態を伝えた。
「グレス・クラウセン公が亡くなったわ」
その言葉に、四人は同時に目を見開いた。
「病気だとは聞いていたけど…」
「容態は悪いと言われていたものね…」
「祈らなきゃ」
そう言ってティタが目を閉じる。フラーエンも同じように続こうとした時に、シリエンがそれを止めた。
「どういうことかわかってるの?祈るのは後よ」
貴族とは格であり、誓いによる主従である。
今この場ではソルラット家が最も古いが、領土が広いのはノーツァース家、裕福なのはステンサー家。ここにいる者達に明確な序列はない。
ただ一つだけ、家々を束ねる長として上に立つ家がある。ドゥライル打倒後に王が任じ、全ての北部諸侯が忠誠を誓った家。
家名をクラウセン、北部の総領主である。
シリエンは続けた。
「クラウセン家にもう男児は残ってない。後を継ぐのはメイリア様よ」
「あぁ、まただ…」
小さな声でそっと呟き、フラーエンの表情が陰る。それは総領主の死に対する悲しさからではない。グレス・クラウセンが死んだこと、そしてメイリア・クラウセンが後を継ぐことにどのような意味があり、ここに五人が集まった理由とどう繋がるのか、すぐにわからないことへの自己嫌悪であった。
ロザリードやヘレネッサに近付けるはずがない。牧歌的な暮らししか知らないあまりにも未熟な田舎者。それが自分だと、フラーエンは唇を噛んだ。




