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いばらの庭の乙女たち  作者: f.h
馬上槍試合
35/54

35. 篝火を囲んで

 並べられた篝火を取り巻いて、男と女が輪になり踊る。

 フラーエンが手を重ねているのは、トークンを授けた若き騎士、ジェレム・カールだった。クロディアに敗れたとは言え善戦し、名を上げた騎士の一人である。

 フラーエンを羨む周囲の目線がわかる。それもあって、暗闇の中で火に照らされた鮮やかなドレスと鎧達が、フラーエンに夢のような時間を感じさせた。


 昼間、騎士達が技と勇気を見せつけあった馬上槍試合の舞台は今、中央の柵が片付けられ、代わりにいくつもの篝火と豪華なご馳走が並べられている。

 馬の嘶きと蹄の音は太陽と共に西へ消え、月と星々が照らす下では楽師達のリュートや太鼓の音が響き合う。


 端に並ぶ卓の白パンを齧りながら、若い貴族の男が言った。

「結局ギリアート家が最強ってことか」

 ベティオル家のコリー、ルーベルン家のジュラン、そしてテードリアン王家のクロディア。それぞれの家が押し出した武の力は、ギリアート家の末端の騎士によって叩き折られた。最強と名高い火牛騎士団がいたのならば仕方ないが、ルアン・ロチェスターはその騎士団ですらない。


 当該の貴族達は祭りを楽しむ気分ではなかった。

 この祭りの全てをルーベルン家が管理しており、故にレイデン・ルーベルンは様々な策謀、小細工を弄した。トーナメント表の調整は当然として、買収できない大物は黒犬騎士団に潰させておく。そして甥のジュラン・ルーベルンを優勝させ、賛辞を述べた王太子とロザリードを踊らせる。これがレイデンの考えていた流れだった。


 王太子と踊る。そうすれば花嫁に選ばれたもの同然。伝統と言うほど重ねられてきたわけではないが、往々にして王妃はそのように決められてきたし、エメルディアの性格はその例に漏れないと見てまず間違いはなかった。

 そして当のエメルディアも、その決めつけが事実になりうるほど、諸侯の認識が共通していることを理解していた。


 正確には準優勝でよかった。決勝で当たるのが王族であれば、負けておいても得られる名誉は変わらない。

 だがジュランは決勝に進むことすらできず、優勝を飾ったのはルアン・ロチェスターという流れ者。そしてそのルアンはどこかに消えてしまい、あろうことか準優勝のクロディア王子の姿も見えない。

 王太子は観覧席から動かず周囲を身内で固めており、今回も立ち上がる気は無い様子。


 ロザリードも席を立たない。レイデンの計画はロザリードの計画であるが、娘はまだ思惑通りに物事が進まないことに慣れていなかった。不貞腐れているとまではいかないが、周囲の者なら不機嫌に気がつく。

 ロザリードの取り巻き達は皆、音楽の誘惑に抗えず下に降りて行った。ロザリードはアレインにも行くことを許可したが、アレインは興味がないと言った。



 篝火の横で立食をしていたリリアンの前に、青ドレスで揃えたロザリードの取り巻き達が現れる。リリアンと談笑していた侍女は、十人近い青ドレスの登上で萎縮してしまう。

  ロザリードの側近の一人、ラーサ・クラーディが挑発的に話しかけた。

「良いご身分ですことリリアン嬢。ルーベルン家のご馳走よ。しっかりと味わってちょうだい」


 食事と音楽の手配においても、槍試合から続けてルーベルン家の主催だった。

「あなたの自慢の騎士団だけど、役に立たなかったとロザリード様はお怒りよ」

「この失態、どう取り返すか考えてますの?」

 青ドレス達は捲し立てた。ラーサはもともと攻撃的な性格だが、それだけでなく全員が自信に満ちた様子でリリアンに詰め寄る。というのもこの行動は、ロザリードの指示によるものだった。

 今日においてはリリアンは穏やかではなかった。優しい笑顔は朝から鳴りを潜めており、一日の疲れもあり苛立ちを隠さない。

「ねえラーサ。私とロザリードとの間のことに、あなた何の関係が?」

 リリアンがそのように振る舞うのをラーサ達は見たことがなく、想定外の返しに面食らう。

「関係ないわよね?」

 ロザリードの前では見せたことのない顔のリリアンに慌てるラーサ達。

「わ、私達はルーベルン家の旗主の娘よ」

 大貴族の威光があることを強調する。それに対しリリアンは、ベティオル家が直接の忠誠を誓う家の名で返す。

「そう。なら私は王家に仕えているわ」

 ラーサの後ろの誰かが小声で言った。

「負け犬」

 勿論リリアンはその声を聞き逃していない。青ドレス達を、端から順に一人ずつ相手が目を逸らすまで見つめていく。

 令嬢達を舞踏に誘おうとしていた男達が躊躇して足を止めるほど、険悪な空気が目に見えていた。



「はぁ〜」

 フラーエンは踊り疲れた。初めはカリネ達と横に並んでいたが、回りながら相手が入れ替わるうちにどこにいるかわからなくなった。

 相手が入れ替わるうちにジェレム卿とも逸れてしまい、一度舞踏の輪から抜けて、端に並べられた卓の飲み物を取りに行く。

 酔わない程度にワインで喉を潤し、その上質な味わいに目を丸め、もう一口をゆっくりとすする。

 すると突然、背後から声がする。

「みんなとっても美味しそうに飲むわね。ウィンザメルのワインは」


 フラーエンはハッとして、声の方を向く。そこにいたのは丸々と太った令嬢。一度見たら忘れないし、何度か挨拶をしたことはあるが、名前がすぐに出てこなかった。少し恥ずかしい姿を見られたと感じ、フラーエンは言葉に詰まる。

「この仔羊もたまらないわ。一頭全部食べてしまいそう。また父上に怒られるのに」

 彼女の前にはすでに空になった皿がいくつも並んでいる。

「ベリシア・ルーサーよ。ベリシアと呼んで」

 そう名乗った令嬢は、指についた油をパンで拭ってそれを口に放り込んだ。

 豪快な食べっぷりに、フラーエンは呆気に取られる。

「あ、ごきげんようベリシア!私はフラーエン・ノーツァース!」

「知ってるわ。有名だもの。あなたは良いわよね。家名はなくても、補って余りあるほど美人で力強い」

 褒められたのか貶されたのかはわからないが、モグモグとずっと何かを頬張っている彼女に悪意は感じられない。

「私に立つ噂なんて、豚に似てる以外一つもないわ」

「そ、そんなこと…。幸せな感じがするわ!」

「いいのよ。本当のことだから、でもやめられないの。だって美味しすぎるんだもの」

 どうやらベリシアも親に言われるがまま、婚姻のために王都に来たらしい。どう考えても選ばれないのにと愚痴りながら、ベリシアは肉の筋まで綺麗に平らげるが、お酒を飲んでいる様子はない。喉を潤しに来ただけなのに何だか面倒臭いのに捕まってしまったと、フラーエンは篝火を囲む舞踏の輪に目を細めた。

「青ドレス達には無視されるし、昨日だってランジー姉妹がこっちを見てくすくすって」

「ベリシア、踊ろうよ!」

 フラーエンは話を遮り、立ち上がって、太ったベリシアに手を伸ばす。

「ダメよ。私なんか笑われるだけだし、一緒にいるとあなたも」

 フラーエンは強引にベリシアの手を掴んで引っ張り上げた。

「じゃああなたはいつ笑うの?美味しいものを食べて、楽しく踊る!まずはそれだけでいいじゃない」

 篝火の炎を背にしたフラーエンの熱い笑顔に、ベリシアは驚きながらも笑顔を見せた。

 フラーエンはベリシアと手を繋いで中央へ歩いた。それだけのことなのに軽い注目の的となり、嘲るような視線が刺さる。彼女の陰気な独り言にさっきはため息をついたが、何故そうなってしまうのかはすぐに理解できた。歩調が小さくなり始めたベリシアの手を、フラーエンはもう一度強く握った。


「あっ、フラーエン!おーい!」

 少し離れたところから呼びかけてきたのはカリネだった。

「やっと見つけたわ。あらベリシアも一緒なの、珍しい組み合わせね。ねえ聞いてよ、やっとアドウォルドを撒けたわ。いつの間にか酔っ払ったみたいで篝火を私だと思って話しかけだしたのよ」

 当然のようにベリシアと顔見知りになっているカリネに、フラーエンは感心する。

「ジェレム卿達はまだそこにいるわよ。まだまだ踊るでしょ?」

 カリネが体を揺らしながらそう言って顔を向けた先には、ジェレム卿が仲間達と談笑していた。

 いや、笑っていた。気のせいかもしれないが、ベリシアを見て笑っているように見えた。フラーエンがそう感じたのなら当のベリシアはどうだろうか。

 そう思って隣を見ると、ベリシアは足元に視線を向けてしまっていた。

 ジェレムは白い歯を見せてフラーエンに笑いかけ、赤いトークンを見せびらかしながらこちらに歩いて来る。

 フラーエンは空いている右手でカリネの手を掴み、ジェレムに背を向けるように歩き出した。

「ちょ、ちょっとフラーエン?」

「あっち行こう!メリアやマイス達も見つけてみんなで踊ろう!」

 フラーエンが何故去ったのかわからないジェレムは、仲間達と顔を見合わせて、次の瞬間には吹き出していた。

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