北を目指す中で【1】
クロウとの出会いから、早くも二週間が経とうとしていた。
肝心の旅はといえば順調そのものである。というのも基本的に旅慣れしたクロウが率先して動いてくれるため、私のすることは思っている以上に少ない。せいぜい体調に気を付けるのと、生活に便利な魔術の行使を率先して請け負うくらいのものだ。
本日も予定していた距離を移動し終え、街道沿いにある小さな宿場町に到着した。
雷呼熊の討伐で懐事情にも余裕があるため、すぐさま宿の確保に動く私たち。
だが、宿の手続きの途中で普段とは違うことが起こった。
「あー、ちょいとお嬢さん。申し訳ないんだが、フードを取って顔を見せていただけますかい?」
宿の受付を務める壮年の男性が、わざわざクロウの後方に控える私の方を見ながらそう口にした。
ここに来るまでにいくつかの宿を経由しているが、こんなことを言われたのは初めてである。
私が反射的にクロウに目線で指示を仰げば、彼は僅かに頷きだけを返した。その意を汲んで私はなるべく緊張を表に出さないようにしながら一歩前へ出てフードを外した。
「はい、これでいいですか?」
フードから零れてぱさりと肩を叩いた琥珀色の髪を手櫛で整えながらにこやかに応じれば、宿屋の男性は安堵の表情を浮かべた後、
「いやぁすみませんねぇ。変なお願いしちまって」
たいそう軽い調子で頭を掻いた。その態度に引っ掛かった私はフードを被り直しながら訊ねる。
「あの、よければ理由をお聞きしても?」
「あー……実はお嬢さんくらいの年齢で、黒髪黒目の女性を捜しているって話が回ってきてるんですわ」
「!? 黒髪黒目……ですか?」
「やっぱり驚きますよねぇ。黒髪黒目といやぁ聖女様の象徴でしょう? まぁ流石に本物は神殿にいらっしゃるはずですし、その女性が何者なのかは分らんのですが……」
男性の言う通り、その特徴は聖女を示すものである。今はクロウの魔装具で髪色も瞳の色も琥珀色に変化しているが、それがなければ一発で特定されていたに違いない。
「……誰がその女性を捜されているんですか?」
「さぁ? 私どものところには詳しい話は……ただ、見つけた場合は丁重に保護するようにとお偉いさんからお達しが出とるんです」
十中八九、神殿が私の保護に動いているとみて間違いないだろう。遠からず捜索の手が回ることを予想はしていたが思ったよりも早い。王都近辺ならまだしも、ここは国内でもかなり地方――つまり田舎である。そんなところまで情報が届いていることからも聖女という存在はこの国にとって重要視されているのが窺える。
やはり手紙くらいでは駄目だったか……と、私が密かに落胆している間にクロウは代金を支払って宿泊手続きを終えていた。部屋は一つでベッドは二つ。いつも通りである。
さっそく今夜の寝床となる部屋に入り、二人きりになったところで私は改めてクロウに話しかけた。
「えっと、こういうことを見越して私に指輪をくれたってことで良いんだよね?」
「うん。黒髪黒目って特徴さえ隠せば神殿関係者がステラを捜し出すのは相当難しい」
分かりやすい特徴だからこそ、そこを軸に捜すのが普通だ。けれどその前提が覆ってしまえば途端に捜すための手掛かりはなくなってしまう。おそらく直接面識のある人間でない限りは、私を聖女と認識することはないだろう。三ヶ月の間ならばきっと発見されまい。よしよし。
と、楽観的に考えつつベッドの上で荷物の整理を始めようとした私へ、
「……ステラ」
「ん?」
クロウが真剣な面持ちでもって告げる。
「言いそびれてたんだけど……実は指輪の効果が切れる可能性がある」
「え!? そうなの!?」
驚いて目を剥く私に、クロウは自分のベッドに腰を掛けながらコクリと頷く。
「……普通にしていれば問題ないと思う。だけどステラが初めて魔術を使った時、指輪の効果が一時的に切れたんだ」
「その、初めて使った時っていうと……」
「雷呼熊に対して使った防壁――無意識に魔力を必要以上に込めたからだと思うけど、あの瞬間、ステラは指輪の効果を強制的に無効化していた」
「えーっと……それって普通にあることなの?」
「通常ならばあり得ないよ。それだけステラの魔力値が異常に高いってこと」
まぁこれでも聖女ですからね。保有魔力量自体はきっと人よりも多いということなのだろう。
「あれ? でも最近よく魔術使ってるけど別に指輪の効果は消えてないよね?」
「それはステラがちゃんと魔力量をコントロール出来ているから。でも咄嗟の時や、防壁を前みたいな規模で展開したらおそらく指輪が機能不全を起こすんじゃないかと……」
曰く、師匠ならばもっと詳しく解析出来るはずだがクロウ自身の知識ではこの推測が精々とのこと。
「うーん……つまり今まで以上に人前で魔術は使わない。特に魔力を大量に使うような魔術には注意するってことでいいのかな?」
野営の際など、もはや魔術を使わないという選択肢は私にはない。だって便利なんだもの。
だけど見つかって連れ戻されるリスクを冒すことは出来ないから、この辺りが妥協点だろう。
私はそんな風に考えたが、クロウは非常に悩ましそうに眉を寄せた。
「基本的にはそれでいいんだけど……」
「けど? 何かほかにも問題が?」
「……もしもの時は、指輪の効果なんか気にせずに魔術を行使して欲しい」
その発言は予想外で、私は目を瞬かせてしまう。
「え、いいの? だって黒髪黒目だってバレたら一発で連れ戻されると思うよ私」
「ステラの安全には代えられないから」
当然のようにクロウは言う。その表情はどこまでも私を案ずるものだ。
そこで改めて理解する。彼にとっての最優先事項は私自身であり、そのためならば自分の不利益になることでも甘んじて受け入れるつもりだということを。
……ああ、いったい過去の私は彼にとってどういう存在だったのだろう。
ここまで献身的に想われるような存在って――普通に考えたら恋人とか、家族とか、そういうごく親しい間柄なんじゃないだろうか。
聞きたい。けど、聞いても答えてくれないことは既に分かっている。
だから余計にもどかしさも募っていく。
クロウとの距離が縮まれば縮まる程、失われた過去のことを気にせずにはいられないから。
私は一度目を伏せた後、この二週間ですっかり見慣れたクロウの姿を改めて瞳に映し込む。
そしてなるべく重たくならないように気を付けながら、へらりと笑ってみせた。
「……わかった! じゃあ危ない時は遠慮なく魔術を使うよ!」
自分を守るためだけじゃなく、クロウを守るためにも。
そう心の中で付け足す。
と同時に、今まで以上に真剣に魔術と向き合いたいと強く強く願う。
そこでせっかくの機会だと、私は今まで疑問に思いつつ聞けていなかったことをクロウへと問うた。
「あのさ、魔術ってすごく便利だけど……治癒の魔術ってないの?」




