閑話 彼らの思惑
「では、そのように手配いたします。他にご用命があれば何なりとお申し付けください」
「こちらこそ陛下のご助力に神殿として感謝を」
王都の中央神殿にある応接間にて。
フィクタの言葉に王城より遣わされた騎士は深々と一礼をしてから部屋を後にした。
誰もいなくなった部屋の中でフィクタはソファーに沈み込み、目頭を押さえながら軽く揉む。蓄積した疲労は澱のように溜まっているが、今は休んでいる場合ではない。
――聖女が姿を消してから、七日。
特殊な魔術経由で届けられた聖女からの手紙の真偽はともかくとして、フィクタの指揮の下、本格的な聖女捜索の手筈はすべて調った。神殿関係者のみならず、王家直轄である騎士団も動員しての大規模な捜索である。
しかしそれも仕方のないことだ。インぺリウム王国全土に人員を割く都合上、神殿関係者だけではどうしても手が足りない。また神殿関係者はそもそも人の捜索に関しては素人だ。必然的に捜索任務の経験値が高い騎士団を頼ることは避けられない。
現状、神殿側として王家に借りを作ることは出来れば避けたい事柄である。
しかし背に腹は代えられない。それほどまでに聖女の存在価値はこの国において優先されるのだ。
この三年間、何事もなさ過ぎて油断していたことは否めない。
だからこそ同じ轍は二度と踏まない。打てる手段はすべて講じる。
フィクタは脳裏に聖女のあどけない笑顔を思い描きながら、ぎゅっと強く目を瞑った――ちょうど、その時。
「よう、邪魔するぜ?」
飄々と室内に入って来たのは、どこか楽し気な気配を纏うリヴェルタス王子だった。
フィクタは露骨に顔を顰めながらも彼の無断入室を咎めることはしない。言っても無駄だという諦めが半分。そしてもう半分は、今この時ばかりは目の前の男の機嫌を損ねることが己の不利益になると判断しているからだ。
「……何か私に用でも?」
「んだよ、冷てぇなぁ。用がなければ来ちゃいけねぇのかよ?」
「用がないならば出て行ってくれないか。流石に貴様の相手をするほどの余裕はない」
フィクタが偽りなく本心を吐露すれば、リヴェルタスの口角がさらに吊り上がる。
「そう邪険にすんなよ。用なら一応あるんだぜ? ……今回の作戦の人員配置についてちょっとな」
「……何か問題でも?」
有識者を交え何度も思案を重ねて下した配置だが、まだ見落としがあるとすれば看過出来ない。フィクタが続く言葉を目線でも強く促せば、リヴェルタスも応じるように表情を引き締めた。
「国内全土に通達と部隊を出して聖女を捕まえようとすんのは非効率だがまぁ、分かる。王家も乗り気だしな。だがお前自らがわざわざオレの部隊に加わるのはどういう魂胆だ?」
リヴェルタスの指摘は当然のものだった。今回の捜索指揮の責任者であるフィクタ自身が捜索部隊に交って直接聖女を捜すメリットは薄い。それよりもここ中央で情報が入ってくるのを待ち、適宜指示を出す方がよほど理に適っている。
やはり意外と頭は回る男だな、とフィクタは目の前の野性味溢れる美丈夫を冷静に評価する。神殿の者などは特に疑問も持たず「フィクタ様のご随意に」としか言わなかったから余計にそう感じるのかもしれない。
フィクタはふっと小さく息を吐いてから、未だ立ったまま腕組みをするリヴェルタスを仰いだ。
「なんてことはない。今回の捜索は貴様の部隊が本命だ。他の部隊で情報が引っ掛かるようなら早晩、彼女は我らのもとへお戻りになるだろう」
「ふぅん? その根拠は?」
「貴様の話が真実であるならば、今回の一件には一流の魔術師が絡んでいる。であれば彼女の外見的特徴を何らかの手段で偽装することは想像に難くない」
「まぁ……それはそうだな。黒髪黒目なんて特徴をそのままにしてたらオレらに見つけてくださいって言ってるようなもんだ」
「だが、それでも我々が聖女様を捜す手がかりは十代後半の黒髪黒目の少女というほかにはない」
普段は神殿の奥に囲い込まれているからこそ、聖女の外見を知る者はあまりにも少ない。
それこそ神殿関係者か高位貴族、城の警備に当たっていた近衛騎士の一部くらいなものだろう。
神官の中で絵心のある者に描かせた姿絵もあるにはあるが、正直なところ黒髪黒目の色彩の印象が強すぎるので当てに出来るかといえば期待は薄い。
「他のめぼしい手がかりは、貴様が気づいた赤い固有魔力光くらいなものだろう? そして貴様は独自の情報網から魔術師の痕跡を追う手段を持っている」
そこまで言って、フィクタはソファーから立ち上がるとリヴェルタスの正面に対峙した。そしてこの状況をどこか面白がるように器用に片眉を上げる男へ、厳かに告げる。
「今の私に手段を選ぶ余裕など微塵もない。すべては私の聖女を取り戻すために……貴様の力が必要なのだ」
「へぇ? そのためなら大嫌いなオレにもその頭を下げると?」
「貴様が望むならいくらでも。言っただろう、手段を選んでいる余裕などないと」
それで彼女を取り戻せるのであれば安いものだ。たとえ己の矜持に傷がついたとしても些末事。
フィクタには覚悟がある。聖女をこの手に収めるためならば泥水すらも啜ってやるという覚悟が。
そんなこちらの確固たる意志をどう受け取ったのかは分からない。だが、リヴェルタスはフィクタの言葉を嗤わなかった。代わりに、彼はにしては珍しく淡々とした口調で言った。
「オレも大概、拗らせてる方だって自覚あるんだけどよ……お前よりは遥かにマシだな」
何とでも言えばいい、と逆にフィクタは心の中で嗤った。




