依頼完了と移動開始
「雷呼熊三体の討伐完了手続きお願いします。魔核はこれです」
「……あの~、魔核が四つありますが……?」
「襲われたのでついでに倒しました」
「あ、あー、ついで……ついでですかぁ! それはまぁ……流石なことで……」
さも当然といった様子のクロウに対し、ギルド職員のお兄さんは引きつった笑みでもって応じた。
私の体調を慮り、一日休息に当てての翌日。
私たちは朝からギルドを訪れ、依頼完了手続きを取っていた。
冒険者登録証と依頼書の控え、そして討伐の証拠となる魔核を提出するクロウにギルド内に居た他の冒険者たちも羨望の眼差しを向けている。
「ええっと、はい。確認いたしました。依頼完了です。報酬の受け取りはどうなさいますか?」
「半金はこの場で清算を。残り半金は――」
クロウはこちらを見ると、おもむろに手を差し出す。
「ステラ、登録証出して」
「え? あ、うん……?」
言われるままに鞄から一昨日発行されたばかりの冒険者登録証のカードを取り出す。
彼は私から受け取ると、それをカウンターに置いた。
「残り半金はこの口座に振り込んでおいてください」
「!?」
「かしこまりました。準備いたしますので少々お預かりしますね」
私が驚いている間に職員のお兄さんがカードを手に取って奥へと引っ込んでしまった。仕方なく私はクロウの外套をぐいぐい引っ張りながら背伸びをして彼の耳元へ唇を寄せる。
「ちょっとちょっとクロウ! どういうこと!?」
「? 非常時にまとまったお金は必要でしょ?」
「それはそうだけど! クロウが稼いだお金なのに私の口座に入れるのはおかしいでしょっ」
「別におかしくないけど? あ、後で手持ち用の現金も渡しておくから」
さらりと言われて私は愕然とする。確かに私は無一文。手持ちがあることに越したことはない。しかし元をたどればそれはクロウのお金なのだ。ただでそれ受け取るのに抵抗があるのはおかしいことだろうか?
私が渋面のままぐぬぬと唸っていると、クロウが宥めるようにフード越しの頭を柔らかく撫でてくる。
「じゃあ、これは俺からステラへの依頼の前払いってことにしよう」
「……依頼の前払い?」
「そう。三ヶ月も付き合わせることになるんだから、受け取って当然の権利だと思うけど?」
……なるほど。私の旅の同行は確かにクロウの願いによるもの。それを叶える対価としての報酬と考えれば幾分か抵抗感は薄れる。
「分かった。じゃあ、余ったら返すけど今は素直に受け取っておく」
「ん。それでステラの気が済むなら」
そう言うクロウの方がどこか満足げな声色をしているように感じて、私はなんとなく恥ずかしさから俯いてしまう。この人が私に向けてくる感情は優しく、とても甘やかだ。まだまだ短い付き合いなのに、惜しみなく与えられるその心地よさが嬉しく、同時にとても怖い。
彼の存在が自分の中で大きくなればなるほど、今までの自分と乖離してしまう気がするから。
「大変お待たせいたしました。ではこちらが現金化したものになります。残りはこちらに」
戻ってきたお兄さんは大きな布袋をクロウの方へ、カードを私の方へとそれぞれ差し出した。
受け取って何気なくカードの裏面を見れば、二百五十万という記載が目に飛び込んできた。
以前に神殿で得た知識が正しければ、この金額は家族が数ヶ月は暮らせるほどの金額だったはず……しかもこれは報酬の半金のはずなので――
「……クロウって本当に凄いんだね……」
「? ……ありがとう?」
良く分かってなさそうな返事に内心で呆れの溜息を吐きつつ、私はカードを鞄の奥底に仕舞い込んだ。何はともあれこれでギルドでの用事は完了。クロウの説明では簡単な買い物をしたらすぐに次の街へと移動を開始するとのことなので、私たちは建物から出ようと踵を返す。
だが、その背中に待ったの声が掛かった。
「ま、待ってクロウ!」
顔を見なくても分かった。この声はギルドで最初に声を掛けてきたお姉さんのものだ。
私たちがほぼ同時に振り返れば、やはりあの時のお姉さんがどこか切羽詰まった顔をしながらこちらへと小走りで近づいてくる。彼女はチラリと私に視線を寄越した後で、
「……こ、このあと、少し時間取れないかな? 二人きりで話したいことがあるの……っ!」
それは、切実なお誘いだった。私は思わず数歩下がってクロウの背中側にまわり、二人の視界に入らないようにする。真剣な想いの邪魔をしてはいけない。そう思ったから。
クロウは私を少し気にする素振りを見せた後、一拍置いてからお姉さんの方をじっと見据えた。そして、
「――すみません。もう街を出ないといけないので」
簡潔に。だけど明確に。彼は拒絶の言葉を口にした。
お姉さんのグッと息が詰まる音が耳に届く。しかし、すぐにそれは明るい音に上書きされた。
「っ、こっちこそ無理言ってごめんね? じゃあ、その、気を付けて……!」
「……はい。ありがとうございます」
淡々としていたクロウの声が、その時だけは僅かに丸くなったのを感じた。
と同時に、私の胸の奥にざらりとした、今まで知覚したことのない何かが芽生える。
……いや、違う。本当は知っている。私はこれを、この感情をどこかで経験している。でも、どこで?
その答えを知るのが、何故かとても恐ろしいことのように思えて。
私はクロウがこちらへ振り返るのを待たずにギルドの出口へと足を動かした。すると即座に気づいた彼が私の後を追ってくる。すぐに横に並ばれて、言葉はなくても気配で「どうしたの?」と心配されているのが分かった。だから私も言葉ではなく表情だけで、何でもないよと伝えるべくへらりと笑う。
そうすることで、何かを誤魔化した自分に見てみないふりをして。
その日の午後、私たちは予定通り街を出発し――本格的な北への旅路が幕を開けたのだった。




