烏と聖女と魔術【3】
目を覚ませば、そこは宿のベッドの上だった。
全身に僅かな気だるさを覚えつつ、気合いで上半身を起こせば、
「っ――まだ寝ていた方が良い」
私の挙動に気づいたクロウが慌てた様子で駆け寄ってきた。その手には水差しとコップ。
途端に喉の渇きを実感し、私はクロウに「お水、ちょうだい」と素直に強請った。
そうして無事に喉も潤すと思考が少しずつクリアになっていく。
「……私、倒れたんだよね?」
確かめるように目を向ければ、クロウがやや遠慮がちに首肯した。
「そっか……迷惑かけてごめん」
「いや、ステラが謝る必要なんかない。俺が――」
「待って。それこそクロウが謝ることなんてないよ。私が同行したいって言いだしたんだもん。それより、私自身も何が起こったのかちゃんと把握出来てないから、分かる範囲で説明してくれる?」
そう促すと、クロウはひとつ溜息を吐いてから近くの椅子に腰かけた。
「……雷呼熊との戦闘中、四匹目が出たのは覚えてる?」
「うん。それで私、気が動転して……クロウが危ないって思って、それで」
咄嗟に叫んだのは、その日何度も聞いた魔術を使うための呪文。
「防壁……あの時、ステラは無意識のうちに魔術を行使したんだと思う」
「私が……魔術を? え、ホントに?」
「そうじゃないと説明が付かない。そもそも黄金の魔力なんて俺は初めて見たし……状況的にステラの固有魔力光の可能性が非常に高いんだ」
「固有魔力光?」
聞き慣れない単語に反応すれば、クロウが説明を加える。
「魔術を扱う際には必ず魔力を消費する。基本的には自身の魔力だったり、魔核から引き出したりするものなんだ」
「ああ! クロウが魔術を使うときに出る赤い光や黒い光が、固有魔力光ってこと?」
「……うん。金色は俺の魔力光じゃないし雷呼熊も違う。とすると、残るはステラの魔力光ってことになる」
「なるほどねぇ……あ! ということは……私も魔術が使えるってこと、だよね……!?」
「…………そういうことになる、かな」
何故か躊躇いがちなクロウに反して、私は思わず両腕を大きく振り上げた。
「やったー! それなら、私も何か役に立てるかも!!」
この二日ほどの間で魔術の便利さをまざまざと見せつけられてきた身としては、俄然期待が高まる。だが、クロウの返答は私の高揚感に残念ながら水を差すものだった。
「……申し訳ないけど、俺はステラにはあまり魔術を使って欲しくない」
「えっ!? な、なんで!?」
「倒れたから」
「あ」
非常に間抜けな声が出た。そりゃそうだ。今私はベッドの住人。ここまで運んでくれたのはクロウ。
そして倒れた原因はおそらく魔術の行使である。クロウの立場ではおいそれと許可出来るわけがない。
しかし魔術行使の可能性をすぐに諦められるほど、私の聞き分けは良くなかった。
「ど、どうしても駄目……? ホントに?」
「……ステラは、そんなに魔術が使いたいの?」
「そりゃあ勿論! だって役に立つもの!」
少なくとも自分の身の安全を確保出来るようになれば、クロウの負担は一気に軽減するはず。
たぶん性格的に攻撃したりすることには向いていないが……防御や生活に便利な魔術なら使えるだけお得だ。
私の勢いにクロウは何かを深く考えるように俯いて眉間を揉み込んでいる。一思いに否定しない辺り、この人は出来る限り私の要望を組もうとしてくれているのだろう。それが自分にとっては嫌なことでも。
その行動理念はありがたくもあるけれど、少しだけ胸が痛む。クロウを徒に困らせたいわけではないから。でも、今回ばかりは発言を撤回したくなかった。
旅は一蓮托生。お荷物で過ごすのは本当は嫌だ。むしろ私はクロウの荷物を分けて貰えるような存在でありたい。
――だって私は、聖女なのだから。
しばしの沈黙の後、クロウは何か決意を固めたような雰囲気を纏いながら顔を上げた。
「……分かった。とりあえず、検証してみよう」
「検証?」
「本当にステラが魔術を使えるかどうか」
クロウは立ち上がると、先ほど片付けたばかりのコップを手に取った。
それを私の手に持たせると、
「発音をよく聞いてて――創水」
以前にも見せてくれた水を作り出す呪文を行使する。ちょうどコップの半分くらい水が生み出された。
「呪文、覚えられた?」
「たぶん大丈夫」
「じゃあ、コップの中に水を注ぐイメージをしながら呪文を唱えてみてほしい」
「ん、やってみる」
呼吸を調えて、私はコップの中を覗き込みながらイメージする。
さっき見たクロウの魔術を再現するように――
「創水」
刹那、コップを基点に金色の光の粒子がぶわりと広がった。これが固有魔力光。やっぱり、私の魔力光だったんだ! っと、いけない集中集中!
私は集中力を切らさないように注意しながら、コップの中を水で満たす状態を脳裏に思い描く。
するとその妄想に反応するように、コップの中の水がその嵩を増し出した――って、え、ちょ、早っ!? やばいどんどん溢れちゃう!!!
「わーーーーっっ!! ストップストップッ!!!!」
「ステラ、落ち着いて。水を止めるイメージを」
「うっうんっ!? あ、水、止め、止まれー!」
情けなくも慌てて叫びながら、私はコップに念を飛ばす。すると水は勢いを無くし、すぐに止まった。
しかし私の膝の上とベッドの一部がびしゃびしゃの大惨事である。
まぁ水だから乾けば大した問題じゃないけど……と大きく溜息を吐けば、
「乾燥」
「っおお~~~~!!!」
なんとクロウが魔術で乾かしてくれた! やっぱり超便利だよ魔術!!!!
密かに感動していると、クロウが唐突に私の顔を覗き込んできた。近いが、その表情の真剣さから茶化すことは出来ない。
「……具合は? 気持ち悪いとか、極度に疲れたとか無い?」
言われてハッとする。そうだこれは検証だ。私は冷静になって改めて自身の状態を確認する。
「うん……大丈夫! 全然元気!」
ニコニコ顔の私が力強く頷けば、クロウは少し距離を取って私の全身を眺める。
「今は指輪に不具合も出てないし、このくらいであれば問題はないのか……いや、でも……」
口もとに手を添え思案するように何かを呟くクロウ。
その後、私は彼の指示の下いくつかの魔術を行使することになった。
小枝に火を点けたり、風を起こしたり、物を浮かせたり。
それで分かったのは、魔術を使うたびにほんの少し自分の身体から何かが抜ける感覚があることと、私の魔力光が間違いなく金色であることだった。
前者は魔術を使う際の魔力消費であるとクロウは断言する。なので普通のことらしい。
以上のことからクロウが出した結論は、
「……簡単な魔術なら、使っても問題なさそう」
「や、やったー!!!」
かくして、私こと聖女はお祈り以外の魔術が使えるようになったのだった。




