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烏と聖女と魔術【2】


 クロウは動かなくなった雷呼熊の近くにしゃがみ込むと、何かを探り出した。

 時間にして数十秒ほど。彼はほどなく立ち上がると、特に誇るでもなくいつもの淡々とした表情のまま私のところに戻ってくる。その手に握られていたのは、握り拳ほどのサイズの琥珀色の結晶だった。


「……クロウ、怪我はない……よね?」

「うん、見ての通り」

「良かった……ところで、その宝石みたいなの、何?」


 彼は私を覆う防壁魔術を解除しながら結晶をこちらが見やすいように右手で掲げる。


「雷呼熊の魔核だよ。討伐の証になるから持ち帰る必要があるんだ」

「そうなんだ。結構大きいんだね」

「魔核は魔獣の文字通り心臓だから。巨大な魔獣になればなるほど、魔核も大きいんだよ」


 ちなみに魔核は魔術の媒介としても有用で、魔道具や魔装義肢といった物にも組み込まれる素材なのだとか。そのため、強力な魔獣の魔核はそれだけでも高値で取引されるし、常に需要があるらしい。


「だから魔核は冒険者の主な収入源でもあるんだよ」

「なるほど……じゃあクロウも普段は魔獣を狩って生計を立ててるの?」

「うん。後は野生生物の間引きとか、特殊な素材の採集なんかが多いかな」


 白金等級のクロウが請け負うのだから、おそらくどの依頼も難易度は高いのだろう。それをパーティを組まずに単独で達成してしまう力量。改めて敬服するばかりである。


「さて、依頼によれば後二体は近くに居るはずなんだけど……」


 クロウは辺りを軽く見回しながら、腰元のポーチを探る。

 取り出されたのは小さくて透明な宝石がはめ込まれた銀色のプレートだった。


「それは?」

「魔力反応を探る魔道具。これで雷呼熊の居場所を特定しようかなと」


 クロウがプレートを左手に持ち、琥珀色の魔核をプレートの宝石へ当てる。すると雷のような光がプレートの周囲で小さく爆ぜた。

 次いでプレートの宝石が淡く黄色に発光し、川向こうへと光の線を飛ばした。


「……一体しか引っ掛からないな。まぁ、同時に相手するよりは楽か」


 ぽつりと零したクロウはプレートと魔核を仕舞うと、再び私を丁寧に抱き上げる。何度も繰り返してきたので、そろそろ恥ずかしいという気持ちは薄れてきた。慣れというのは恐ろしい。

 私が素直にクロウの首に腕を回していると、不意にクロウの視線を強く感じた。見上げれば、どこか深刻な面持ちをしている彼が視界に飛び込んでくる。


「……クロウ?」


 私が小首を傾げると、クロウは僅かに躊躇いつつ口を開いた。


「ステラは……俺のこと怖くない?」

「え? なんで?」

「……俺が躊躇なく生き物を殺してるところ、見ただろ? 残酷だとか、そういう風に思われても仕方ないなって……」

「あー……まぁ、確かに全く怖くなかったかと言えば、嘘になるかもしれないけど――」


 私は片手をクロウの首から外し、落ち込んだように目を伏せる彼の頬へそっと当てた。

 驚きから目を瞬かせるその表情に苦笑しながら、えい、と痛くない程度に軽く彼の頬を摘まむ。

 そして、私は出来るだけ自然に見えるように明るく笑ってみせた。


「それが必要なことだって分かってるから、そんなに気を遣わなくても大丈夫だよ?」


 少しでもクロウの憂いが晴れるように。

 余計な罪悪感など覚えずに済むように。


「私はそんなに簡単に、クロウのことを嫌ったりしない。だから、心配しなくていいの」

「――うん」


 私の言葉に安心したのか、クロウが目を細める。

 同時に私を抱く腕に力が篭るのを感じて、少しだけ面映ゆい心持ちになった。態度には出さないけど。


「……よし! それじゃあ残り二体も頑張って討伐しようね! 私は見てるだけだけど!」

「了解」


 クロウはしっかり頷くと、私を抱えたまま川の方へと走り出す。と、そこで今更ながら気づいた。

 見渡す限り、川を渡るための橋が見当たらない。

 水深がどの程度なのかは分からないが、お荷物(わたし)を抱きかかえたまま川を渡るのは流石に無謀なのではないか――……だが、そんな私の懸念は数秒後に泡と消えた。


跳躍(Leap)


 川岸でクロウがそう呟いた瞬間、彼の足元にバチリと大きな赤い光が炸裂。

 思わず目を瞑り、恐る恐る開ければ――私たちは既に川を渡り終えていた。

 もう本当に便利すぎやしないか魔術!?!?! と、私は驚愕半分、羨ましさ半分の気持ちを湧きあがらせていたが、


「――よし、見つけた」


 クロウが短くそう発したことで、すぐさま思考を切り替える。

 確かに彼の視線の先には雷呼熊が居た。しかしまだこちらの存在には気づいていないようだ。熊は林の中の一際大きな木の根元を何やら熱心に掘っている。

 クロウは私を大木がすぐ傍にある地面へ下ろすと、先ほどと同じ防壁の魔術を私に掛けてくれた。


 「行ってくる」の言葉と同時に雷呼熊へと走り出すクロウ。と、そこでようやく熊はクロウに気づき、即座に臨戦態勢を取った。バチバチと周囲の木を燃やしかねない程の雷を纏わせた熊は、クロウへ向けて鋭い雷撃を飛ばす。当たれば絶命は避けられない、が――


防壁(obice)


 クロウは右手を出して防壁を展開し、その雷を正面から防いだ。衝突音が林の中で大きく響き渡り、その余波で周辺に居た鳥や小動物たちが一斉にその場を離れていく。だがクロウも熊も周囲の変化などまるで意に介さない。互いに標的を定めているがゆえに、彼らは一切止まらなかった。

 雷呼熊がその巨体からは想像も出来ないほどの速度で雷を纏わせた巨腕を振り下ろす。それを身体を捻って回避したクロウは、落ち着いた様子で呪文を紡いだ。


(servitus)(catena)


 そうして彼の足元から生み出されたのは無数の黒い鎖。それらが雷呼熊の巨体のあらゆる部分に巻き付いていき、その動きを完全に封じる。


(glacies)( hastam)


 続けて彼は氷の槍を一本、手元に生成すると熊の身体の中心目掛けて放った。

 私の位置からだとクロウの背に隠れて槍自体はよく見えなかったが、ほどなく熊の瞳から精気が抜けていくのが分かり、決着がついたのだと確信する。

 同時にクロウが無事という事実から私がホッと息を吐こうとした刹那――


 ――林の中から突如としてもう一体、雷呼熊が咆哮と共にクロウを強襲した。


「クロウ、後ろッ!!!」


 目を見開き、思わずクロウの名を叫ぶ。

 だが、私の心配を他所にクロウは横から現れた雷呼熊にも冷静に対処した。

 息を吸うように魔術防壁を展開して雷呼熊の鋭い爪と雷撃を躱す。その身のこなしから、やはり彼が実戦慣れしていることが痛いほど伝わってきた。


 クロウは器用に林の中を走りながら新たに現れた雷呼熊と距離を取ろうとする。

 しかしそれは赦さないと言わんばかりに熊はクロウを猛追した。足場とリーチの関係からか、熊の方が速い。このままでは追い付かれるのは時間の問題。

 それでも私はクロウの勝利を信じて疑っていなかった――次の瞬間までは。


 最初に異変を捉えたのは視覚。クロウと雷呼熊が交戦している少し後方の木が激しく揺れた。

 そして木の陰から現れたのは――()()()()()()()

 まるで機会を窺っていたかのように躍り出た巨体が、クロウの背後に迫る。

 二体の雷呼熊による前後からの挟撃。

 共鳴するようにバチバチと雷を激しくまき散らす二体が同時にクロウへと襲い掛かろうとした瞬間、私の頭は真っ白になり――そして、無意識のうちに叫んでいた。



「――――防壁(obice)ッッッ!!!!



 バリン、と硝子が砕けたような音が周囲に鳴り響く。

 それは私を守っていたクロウの防壁が砕けた音だった。パラパラと黒い粒子が舞う中で、私は心臓の辺りをぎゅうっと掴む。身体から熱が急速に抜けていく感覚を必死に繋ぎ止めるように。

 そして、自分の言葉で巻き起こった事象を瞬きも忘れて焼き付ける。


 クロウへ襲い掛かっていた雷呼熊二体は、戸惑ったように動きを止めていた。

 何故なら二体はそれぞれ金色の粒子を纏った半透明の防壁の内側に閉じ込められていたから。

 ――そう、()()()()()()()()()()


 それでも数秒の後に雷呼熊は防壁に体当たりしたり雷撃を放ったりと脱出を試み出す。だが防壁は決して壊れない。それどころか雷撃は熊自身へと跳ね返り、その身体に傷を負わせていく。


 やがて雷呼熊の動きは鈍くなり、疲れたように防壁の内側にだらしなく横たわった。

 それを目の当たりにした瞬間、私の中で緊張の糸が切れたのだろう。

 またしてもバリンという破砕音と共に、熊を覆っていた防壁が粒子となって消えていく。

 突如自由になった二匹の熊は驚いたように顔を上げるが、


「――(glacies)( hastam)


 防壁が消失した瞬間を見計らったかのようにクロウが氷の槍で止めを刺した。

 大した抵抗も出来ず、雷呼熊二体は今度こそ完全に沈黙する。

 クロウはそれを確認すると、一目散に私のもとへと走ってきて、そして――


「怪我はッ!?!?」


 開口一番、私の肩を抱き寄せるようにしながら声を大きく張り上げた。それは初めて聞く類の声だった。不安と、焦燥が入り混じったクロウの切実な声。

 さらに私の肩を掴む彼の掌が微かに震えているのにも気づいて。


 ……ああ、良かった。クロウ、ちゃんと無事だった。


 そう実感したからか――私の意識はそこでぶつりと途絶えた。



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