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烏と聖女と魔術【1】


 とりあえずクロウが魔術師としても冒険者としても一流ということは痛いほど理解した。

 私は手元の冒険者登録証をじっと見た後で、横を歩くクロウを仰ぎ見る。

 すると彼は相変わらず優し気な眼差しをこちらに向けながら「どうしたの?」とでも言わんばかりに首を傾げてきた。あざとい!


「……私が一般常識に疎いのも悪いんだけどさ、クロウはもうちょっと私に常識の範囲で色々と教えるべきだと思う」

「…………教えてるつもりなんだけど」


 混じりっ気無しの純粋な瞳で返されてはお手上げである。まぁいい。旅は始まったばかりなのだ。クロウの迷惑にならない範囲で自分で色々と学んでいけばいいのだ。うん。

 自分を無理やり納得させつつ鞄にギルドマスター権限で即時発行された()()登録証を仕舞い込んでいると、クロウの足が不意に止まった。


「ステラ、ここで便箋と封筒を買っていこう」


 どうやら雑貨屋のようだ。私は一つ頷くと、クロウの背に続いて店内に入る。

 そして数種類ある中から一番値段の安いシンプルな便箋と封筒を選んだ。


「クロウさん、お手数をお掛けしますが……」

「そもそも俺が連れ出したんだから、お金のことは一切気にしなくていいよ」


 まぁそれはそうなんだけど、奢られている感じは性に合わないのだ。記憶にはないが、たぶん持って生まれた性分というやつだろう。だが実際問題として無一文な私に無い袖は振れない。

 ありがたくクロウの財布にお世話になりながら、店を出て宿へと帰還した。


 そしてさっそく手紙をしたためる。といっても内容は便箋同様に極々シンプルである。



【神殿の皆へ 

 申し訳ありませんが事情により少しの間、留守にします。

 三ヶ月以内には必ず戻りますので心配しないでください。

 聖女エマより】



「よし、出来た!」


 私は満足げにペンを置くと、クロウに「はい」と便箋を差し出す。一瞬、彼は意味が分からなかったのかポカンとした顔をした。しかしほどなく便箋に目を落としたクロウへ、私は言う。


「文面、これで問題ないかな? もし必要なら言ってくれれば書き直すよ」

「……いや、問題はない、けど……」

「? けど?」

「別に俺に内容を確認させる必要なんてないのに」


 どこか困ったような気配に、今度はこちらが眉根を寄せる番だった。


「いやいや、だってクロウは神殿とは距離を置きたいんでしょ? なら、ちゃんと足がつかないようにしないと駄目じゃない?」


 本当は手紙だってクロウに渋られたら諦めるつもりだったし、と付け加えれば。


「……お人好し」


 クロウが呆れたような、でもなんとなく嬉しそうな気配で笑う。

 それから改めて彼は文面を確認し、


「うん。この内容ならまったく問題ないよ」


 太鼓判を押してくれた。なので私はそのまま便箋を封筒に仕舞い、封をする。

 と、そこでふと疑問が生じた。


「ところでこれ、どこに出しに行けばいいの?」

「ん? ああ、俺が直接出すから」

「直接出す???」

「……説明するより見て貰った方が早いかな」


 クロウは私の手から封筒を丁寧に受け取ると、数秒ほど何かを考える様子を見せた後で片眼を瞑った。

 瞑ったのは黒い目の方だ。必然的に赤い瞳を晒しながら、彼は封筒から目を離さず私に問う。


「これ、王都の神殿宛で良いんだよね?」

「うん。封筒にも一応そう書いておいたよ」


 正確には王都神殿のフィクタ様宛と書いておいた。私の保護責任者で一応の婚約者なので。

 すると次の瞬間、封筒を起点に小さな赤い光が奔る。ぱちり、と存外可愛らしい音がした。


送届(libera)


 クロウの声が耳に届いた瞬間、手紙がクロウの手を離れてひとりでに動き出し、窓の外からかなりの速さで飛んで行ってしまった。……本当に便利だなぁ魔術!!!

 私の内心の興奮など知らないクロウは淡々と補足説明をしてくれる。


「……距離から考えると四、五日くらいで神殿に着くと思う」

「分かった、ありがとう! これで心置きなく旅が出来る!」


 実際にはそれなりに罪悪感があるので、心置きなくというのは嘘になるけれど。それでも手紙を出さないで旅を続けるよりも気持ちはかなり軽くなった。

 ――さぁ、泣いても笑っても三ヶ月。

 私は悔いが残らないようにしようと決意を固めながら、


「……ところでクロウ、明日の討伐のことなんだけど――」


 ギルドで話を聞いてから密かに気になっていたことをクロウへと尋ねた。



 ◇◆◇◆◇◆



 一夜明けて、次の日の朝。

 十分な睡眠と朝食のおかげですこぶる体調がいい私はというと、


「……まぁ、もう文句は言うまいよ。うん」


 クロウにお姫様抱っこされながら、ビュンビュンと流れゆく景色をぼんやり眺めていた。


「……ごめん、ちょっと速すぎる? もう少し速度落そうか?」

「ううん、大丈夫……ただちょっと自分のお荷物具合が悲しくなってるだけだから……」


 彼の気遣いに首を振りつつ、こっそりとため息を吐く。

 ――昨日、私はあれからクロウに「出来れば討伐に同行させてほしい」と申し出た。

 役立たずなのは分かっているが、宿で一人お留守番というのも違う気がしたのだ。するとクロウは僅かな逡巡後、同行を許可してくれた。もちろん、自分の指示に必ず従うことを条件にだが。


 ということで、私の足だと日帰り討伐が困難という説明を受けた後、私はクロウに運んで貰いながら目的地を目指しているわけである。なので現状に文句などあるはずもない。ただただ申し訳なさだけがある次第だ。


「あのさ……今更だけどわがまま言ってごめんね。クロウひとりの方がめちゃくちゃ楽だったよねこれ……」

「まぁ、肉体的なことだけ言えばそうだけど。でもステラをひとり置いて行く方が俺の精神的には負担だったから……本音を言うとついてきてくれて嬉しい」


 その言葉に驚いてクロウの顔を覗き込むと、彼の真っ直ぐな視線とぶつかる。ああ、これは本心から言ってるのだと理解して、思わず頬が熱くなった。クロウの言葉や態度は私にはいささかストレートすぎる。


 そうこうするうちに、私たちは目的地――すなわち討伐対象である雷呼熊が現れたという渓流地へと到着した。雷呼熊は魔獣の一種なのだが、戦闘力が高く非常に好戦的とのこと。もちろん、近くに居れば人も襲うし食べるらしい。

 また、魔獣は魔術に似た固有の現象を引き起こすことが知られている。当然ながら雷呼熊も例外ではない。


「雷呼――つまり雷を発生させるんだよ、あの熊」


 そう言ったクロウの視線の先へと目を向ければ、ずんぐりむっくりとした巨体に行き当たる。

 全身を金色の毛で覆われた巨大な熊――雷呼熊。

 ちょうどこちらとは川を挟んだ向こう側に居るため、すぐに襲われるようなことはない。

 だが、結構な距離があるにもかかわらずこれだけ巨大と感じるということは……少なく見積もっても成人男性の数倍はあるサイズ感ということだ。普通の人間が対峙すればひとたまりもないだろう。


 しかも木の陰に隠れているにもかかわらず私たちの存在に気づいているようで、琥珀色の瞳を細めながらジッとこちらの出方を窺っている様子。つまり頭がいいということだ。何と厄介な。

 私が畏怖の念から渋面を作っている横で、クロウは何の気負いもなく立ち上がった。


「……じゃあ、さっさと片付けてくる」

「あ、うんっ! ……き、気を付けてね!」

「俺は大丈夫。それより俺が離れている間に何かあると危ないから……」


 クロウはしゃがんだままの私を冷静に見下ろすと、


「――防壁(obice)


 呟く。瞬間、私の周囲に赤ではなく()()()が奔り――


「これでよし」


 半透明なドーム型の防壁を形成した。私はその内側に入っている状態だ。

 驚きつつも防壁に触れてみる。あ、めちゃくちゃ硬い。


「大抵のものはこれで防げるから、安心して。俺が戻ったらすぐ解除するし」


 言いながら、クロウの視線は既に私ではなく雷呼熊へと向かっていた。熊の方もクロウの視線に何かを察知したのだろう。こちらにビリビリと届くほどの大きな唸り声を上げながら、毛を逆立て放電を開始している。熊の周囲を雷の光がバチバチと行き来する光景は、否応なく近づいた者への死を連想させた。


 だが、クロウはまったく動じていない。

 それどころか、まるで散歩にでも行くような足取りで熊へとひょいひょい近づいていく。


 と、一切怯む様子を見せないクロウが気に食わなかったのか、雷呼熊は一際大きく咆哮すると、勢いよくクロウ目掛けて四足による突進を開始した。クロウとの間に横たわる川の水流など諸ともしない巨体はグングンその速度を上げていき、目を瞬かせている間に猛然と距離を詰めていく。

 雷呼熊が川を渡り終え、衝突まで残り数秒――そんな危機的状況のはずなのに、クロウはあまりにも淡々としていた。

 彼は右手を静かに上げると、それを軽く振り下ろすようにしながら短く詠唱する。


「――(glacies)( hastam)


 まさに一瞬の出来事だった。

 黒い光が空中を奔り無数の氷の槍のようなものが生み出されると同時に、そのすべてが雷呼熊目掛けて殺到する。

 氷の槍はひとつひとつが鋭く、そして人の何倍もある巨体を貫く硬度を持っていた。

 必然、雷呼熊は全身を氷の槍で串刺しにされ、地面へとそのまま縫い止められる。


 死に怯え絶叫する暇すらもなかった。

 雷呼熊の瞳から生者の光がふっと消える――絶命したのだ。

 まさに瞬殺という言葉が相応しい、一方的な蹂躙。白金級と謳われる魔術師(クロウ)の実力。


 私は息をするのも忘れて、ただただその光景に見入っていた。



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