星と烏と旅の始まり【5】
クロウの「大事な人」発言を受け、動揺しているギルド職員と思しき女性。
すると私たちの前方から非常に大柄な男性が大股で歩いてきて、背を向けていた彼女の頭を勢いよくガシッと掴んだ。
「ちょっ!? ギルマス!?!? やめてよ髪が乱れるでしょ!!」
「その前にお前の発言でギルドの風紀が乱れてんだよ馬鹿野郎。……クロウの担当はオレがやるから、お前は持ち場に戻れ」
「ちっ……! はぁい、わかりましたぁ~~」
あからさまに不服そうな態度。だが立場的に男性には逆らえないのか、女性はくるりと踵を返してカウンターの中へと入っていく。一方、男性はクロウを一瞥した後で私の方を物珍しそうに見つめてきた。その何とも言えない好奇の視線に戸惑っていると、途端に彼は口角をニッと上げてくる。
「さっきはうちの職員が失礼したな、お嬢さん。見たところクロウの連れのようだが……?」
「あ、はい。えっと……はじめまして、私は――」
女性とは打って変わって友好的な態度にホッとしながら自己紹介をしようとした私だが、
「ギルドマスター」
それを何故かクロウが明確に遮った。
私と男性が虚を突かれ目を瞬かせている間に、クロウは淡々と言葉を重ねる。
「一番短期間で一番報酬が高い討伐系の仕事を見繕って欲しい。出来れば明日から着手出来るものを」
「……いやぁ、本当に珍しいな? お前さんがそんな無茶な要求をしてくるとは」
どうやら普段の態度とは違うらしいクロウに、男性は含みを持たせた笑みを漏らす。さっきクロウがギルドマスターと呼んでいたことから鑑みるに、この男性がこの組織のトップということだろう。
「仕事が無ければそれでもいい、他を当たるから」
そんな大物を相手にしながらも、クロウの受け答えは対等以上の関係性を伺わせる。
返答次第では本当にすぐにでもこの場を去ってしまいそうな雰囲気を醸し出すクロウに、男性は呆れ混じりの苦笑いを浮かべた。
「おいおい、せっかちは損だぜ? ……ここだけの話だが、おあつらえ向きの仕事がある。説明するから奥に移動するぞ」
その言葉にコクリと頷き返すクロウ。しかしここにきて彼は唐突に私の方へと視線を落とす。見上げていたので自然と目が合えば、クロウは何故か悪いことをして叱られることを察した子犬のような、少々情けない顔をしていた。
不思議に思っていると、やや言いづらそうに彼の唇が動く。
「……ごめんステラ。勝手に話進めて」
何かと思えばそんなことを気にしていたのか。律儀な。
「私はギルドについて何も分からないし、クロウの思うとおりに進めてくれて全然構わないけど……なんで私の言葉をあえて遮ったの? 何かマズいことした?」
唯一、気になっていた点について問えば、クロウが軽く首を横に振った。
「ステラは悪くないよ。俺が……あまり他の男とステラに会話して欲しくなかっただけ」
「…………そ、れは」
どういう感情から来る発言なんですかねクロウさん!?
と、私が返す言葉を詰まらせている間に、クロウが視線をわざと切ってギルドマスターの背を追って歩き出す。どうやら彼としてもこの話を深掘りして欲しくないらしい。そのまま置いて行かれてはマズいので、少々モヤモヤしつつも私は慌ててクロウの後に続いた。
――男性ことギルドマスターに通された部屋は小ぢんまりとしているものの、趣のある応接室という感じだった。
「依頼内容は雷呼熊三体の討伐だ。ほい、これが資料」
向かい側のソファーに座ったギルドマスターが数枚の紙束をクロウの方にテーブルを介して滑らせる。
クロウは黙々とそれに目を通しながら、
「……場所も遠くないし、この内容なら明日中に片付けられると思う」
ポツリとそう呟いた。
するとギルドマスターが目を輝かせながら思わずといった様子で口笛を吹く。
「さっすがはクロウ!! 本来なら単独での討伐とか自殺行為なんだがなぁ……ホント魔術師様は規格外っつーか……」
「俺が受けなければどうするつもりだったんだ?」
「近隣に応援要請して金等級以上のパーティを寄越して貰おうと思ってたところだ。うちの拠点にはこの難易度の仕事を気軽に請け負える手練れはほぼ居ないし」
「……貴方が引き受けても良かったのでは?」
「馬鹿野郎、オレはもう隠居の身だっつの。まぁ……最終手段としては視野に入れてはいたがな」
二人の会話を横で聞きながら、私はクロウが相当の凄腕なのだと改めて理解する。
少なくともギルドマスターはクロウが引き受けてくれれば安泰という様子だ。私にはこの仕事の難易度はさっぱり分からないが、単独では自殺行為というくらいなのだから相当に危険なのだろう。
クロウのことを信頼していないわけではないが、心配は心配である。
私はクロウの袖を軽く引きながら小声で尋ねた。
「ねぇクロウ、本当に大丈夫? ひとりだと危険な仕事なんじゃないの?」
すると私を安心させるためかクロウが目を柔らかく細めながら言う。
「心配してくれてありがとう、ステラ。でも大丈夫。これでも俺、それなりに腕は立つから」
「それなら良いんだけど……あー、私も魔術が使えたらなぁ」
言いながら、私は目線を自分の掌へと向ける。聖女であることから、私の中には膨大な魔力があることは間違いない。だけどその利用方法は神殿でのお祈り一択。今までは特に疑問にも思っていなかったが、こうなってくると魔術の一つでも使えればと考えてしまう。
「そう言うってことは、お嬢さんは魔術師ではないんだな? だとするとクロウとはどういう――」
「俺の大事な人だから。余計な詮索は止めて欲しい」
「……りょーかい。クロウの機嫌を損ねて良いことはねぇしな」
両手を上げて降参のポーズを取ったギルドマスターは、それでも私への強い興味の視線を隠そうとはしなかった。まぁ明らかに怪しいもんね私。どう見ても冒険者らしくはないだろうし。
だがクロウの手前、それ以上何か話しかけてくることはなく。
「そんじゃまぁ、仕事の方は任せたからな。他には何か用はあるか?」
話題転換したギルドマスターに、クロウは僅かに目線を下げて思案顔になる。
さらにチラリと私の方を見た後で、彼は口を開いた。
「それじゃあ、彼女の冒険者登録を。身元保証人は俺で」
一瞬、思考が停止した。
「……ぼうけんしゃ……? え、わ、私が!?!?」
「――おいおい、なんでお嬢さんがめちゃくちゃ驚いてるんだよ」
いや寝耳に水だからですけど!? と私は呆れるギルドマスターを横に説明を求めてクロウの顔をフード越しに覗き込む。
「どういうことなのクロウ! 私、本当に戦闘能力皆無のお荷物だよ!? それが冒険者だなんて無理があるでしょ!」
「大丈夫。戦闘力がなくても冒険者登録は出来る」
「え、そ、そうなの?」
「うん。それに登録しておけば何かと便利だから。困ったことがあってもギルドに行けば相談に乗ってくれるし」
それなら確かに登録しておいた方がお得なのかも……と、私がクロウの言葉に納得しかけていると、
「本来はそんなにホイホイ登録出来るもんじゃねぇんだけどなぁ……」
どこか疲れたような声でギルドマスターが大きく溜息を吐いた。
私は視線をギルドマスターへと向ける。
「そうなんですか?」
「ああ。冒険者登録の際には登録料が必要な他に実力を測る簡単なテストや、犯罪歴がないかの確認なんかが必須事項なんだよ。最低でも数日は掛かる……が、まぁ例外ってのはどこにでもあるわけで」
「……身元保証人?」
「御明察。なかなか頭は回るようだな、お嬢さん」
説明によれば、身元保証人を引き受ける人物の等級が高いと審査は諸々免除になるらしい。
それだけ高等級の冒険者はギルドにおいて信頼されている証ということだ。
「ちなみに……クロウの等級って」
「こいつは白金等級――この国に十人と居ない最上位等級だよ」
……うん、まぁなんとなく想像はしていたのだけれど。
「クロウはさぁ……ちょっと色々と、説明が足りないと思うの……」
私がやや恨めし気な視線を寄越せば、クロウは「そう?」と小首を傾げた。あざとい。




