星と烏と旅の始まり【4】
長らく連載が止まってしまってすみませんでした。本日より再開いたします。
毎日更新は難しいかもしれませんが、出来る限り定期的に交信できればと思いますので、よろしければ引き続きお付き合いいただけますと幸いです。
宿が無事に確保出来たところで、時刻はちょうどお昼ごろ。
当然のようにお腹の虫が空腹を訴えてきたので、私たちは荷物を下ろすと再び町へと繰り出した。
「ステラ、食べたいものある?」
「んー……あ、この町の名物とかあればそういうのがいいかな?」
たぶん――いや、絶対に。こんな風に旅をする機会は二度と訪れない。
聖女としては失格かもしれないけれど、せっかくなので私はこの旅を一生分の休暇の前借にしようと密かに思っていた。ちゃんと旅が終わったら神殿に篭って祈りを捧げ続ける生涯を送る。それが聖女である私の務めだから。
でも、だからこそ今だけは。
長くともこの三ヶ月間だけは――どうか我儘を赦して欲しい。
そんな気持ちを隠しながら私が笑って希望を伝えれば、クロウは柔らかな眼差しで軽く頷き返した。
「それなら三角羊のシチューにしようか」
「三角羊?」
「うん。この辺りで牧畜されてる羊なんだけどクセがなくて美味しいよ」
「へぇ! それは楽しみ!」
クロウの案内で町一番だという食堂に入れば、中は昼時とあって大いに活気づいていた。パタパタと走り回る店員さんに席へ連れられ、二人揃って三角羊のシチューを注文する。ただしクロウは私の量の三倍を頼んでいた。よく食べるなぁ。
「パンはおかわり自由だよ! ゆっくりしてって!」
人懐っこい笑顔と共に出されたシチューはホカホカと湯気を立たせており、ミルクの香りだけで食欲をそそる。セットの丸パンも焼きたてのようで触れると温かかった。
「いただきます」
何気なくクロウが手を合わせてそう呟いたので、私も同じように食材と作り手に感謝し、いざ実食!
木匙で小さめなお肉を掬って口へ入れれば、しっかり煮込まれて味が染みているのに適度な歯ごたえを残したお肉が噛めば噛むほど旨みを舌へと届けてくれる。控えめに言ってとても、とても美味しい!
ミルクベースの優しいスープも胃がホッとする温かさで、芋や野菜もゴロゴロ入っている。
流石はクロウが薦めてくれるだけある、納得の逸品だった。
「どう? ……って、聞くまでもないかな」
私の表情から満足度を測ったのか、クロウがどこか嬉しそうに破顔する。私はコクコクと頷き返しながら食べることに集中していた。思えば夜会から碌に食事をしていなかったのだ。自分が思うよりもお腹が減っていたらしい。
食べる手を止めることなく、私は不意に神殿での食事について思い返す。
神殿での暮らしは規則正しさが何よりも優先されていて、食事の時間も量もメニューもすべて決まっている。もちろん出される料理自体は美味しいと感じるけれど、常に一人で食べていたので、心のどこかでは味気なさを感じていたのかもしれない。
誰かと一緒に食べる料理は美味しい。
クロウとの食事はその実感を抱かせるには十分で。
そういうちょっとした気づきも、この旅がなければ気づくことはなかったのかもしれない。
私は向かい側で淡々と食事をするクロウを見ながら、小さいけれど確かな発見に胸を疼かせる。
「ステラ、パンのおかわり貰う?」
「あ、うん! せっかくだから一つ貰おうかな?」
「分かった。もし気になるメニューがあったら追加で頼んでいいから」
「ありがとう」
こんなにも心身ともに満たされた食事は、この三年間の記憶にはない。
なので私は旅の間はこんな風にクロウと楽しく食事が出来るのだという事実を純粋に喜びながら――同時に、いつか必ず終わりが来ることへの落胆を覚えずにはいられなかった。
そうして大満足の食事を終えた後、私たちが向かった先は――
「ここがギルド……」
そう、クロウが寄りたいと言っていたギルドである。赤茶けたレンガ造りの立派な建物は、町の中心部に存在していた。
道すがらの説明によれば、正しくは冒険者ギルドという名前らしい。国内外を問わず支部を置くこの組織は、冒険者への仕事仲介や情報提供、仲間の斡旋、魔獣から取れる素材の買い取りなど、冒険者にとって必要なことを大体賄っているという。
「つまり、クロウも冒険者ってこと? 魔術師なんじゃないの?」
「俺は冒険者登録をしている魔術師だから。フリーランスだから仕事を受けるときは大体ギルド経由」
「仕事って、例えばどんな?」
「そうだな……色々あるけど大体は――」
ギルドの玄関口である木製の重厚なドアを潜りながら私たちがそんな会話を繰り広げていると、
「えっ!? やだ、クロウじゃない!! どうしたの珍しいっ!」
唐突に、明らかに喜色が滲んだ可愛らしい女性の声が室内で大きく響いた。
驚いて私が視線をクロウから声の方へ向けると、受付カウンターから一人の女性が出てきて小走りにこちらへ駆け寄ってくる。小柄で綺麗な人だった。たぶん私よりいくつか年上だろう。
対するクロウは宿屋の時と同じように一歩前に出て私を背中に隠すように立つと、女性に軽く頭を下げた。
「……どうも。今日は仕事の仲介と手紙をお願いしたいんですけど」
「もちろん大歓迎よ! いつも雪の時期にしか来ないのに、どういう風の吹きまわ……し……?」
彼女の語尾が揺れたのは私と目が合ったからだろう。
フードを深めに被ったまま軽く会釈をすれば、途端に獲物を見定めるような鋭い視線が無遠慮に突き刺さる。
「……初めての方、ですよね? クロウとお知り合いかしら?」
どういうわけか完全に値踏みされている。私はどうしたらいいか分からずクロウの背中越しにとりあえず頷き返した。すると彼女は「へー、ふーん、ほーん」とでも音になりそうな表情をした後で、パッと華やかな笑みを浮かべながらクロウに向き直る。
「ねぇクロウ、この人って――」
「俺の大事な人」
「――ぇええっ!?!?」
素っ頓狂な彼女の声にちょっとしたデジャブを覚えながら。
私はニヤケそうになる口もとを咄嗟に押さえ、空いた方の手でクロウの外套を軽く摘まんだ。




