星と烏と旅の始まり【3】
「おおー……」
クロウの外套にすっぽり包まりながら、眼下の光景に思わず感嘆の声を挙げる。
「町だ……すごく田舎って感じの町だ……っ!」
「田舎……まぁ実際そうだけど。それにしてはテンション高いね?」
「だってこれからあの町に入るんでしょ? 町を歩くなんて聖女になってから初めてだもん! 興奮するなって方が無理!」
あの鬱蒼な森を駆け抜けること数時間。
なんとクロウは私を抱えたままほぼ休むことなく、人里まで辿り着いてしまった。どんな体力なんだと驚いて訊いてみれば、どうやら肉体に作用する補助魔術を併用していたらしい。やっぱり便利だな魔術!
と、それはさておき町である。
正確には町が一望出来る小高い丘の上にクロウと二人で立っていた。往来にはチラホラと人の姿も見られるが、全体的に長閑な雰囲気の田舎町のようだ。赤茶けたレンガ造りの平屋が並ぶ姿も慎ましい。
ちなみに空を見上げれば青空が広がっていることから察するに――城を出てからまだ丸一日も経っていない様子。
「町に入る前に、ステラの目と髪の色を偽装しないと」
クロウはそう言いながら腰元のポーチを探る。彼が取り出したのは少し厚みのある銀色の指輪だった。中央に琥珀色の小さな石がはめ込まれており、金属部分には何やら複雑な文様が彫り込まれている。
「それは?」
「魔装具の一種。師匠に監修して貰って俺が作った。ということでステラ――手を出して」
どうやら嵌めてくれるらしい。私は少し迷った末に左手を差し出した。特に意味はない筈なんだけど、なぜかその方が自然なような気がして。
クロウは指輪のサイズ感から判断したのか、するりと私の左手薬指へ指輪を滑らせた。あ、ぴったり。
「はい、確認して」
用意のいいことに手鏡を渡され、自分の姿を映せば――そこに居たのは琥珀色の目と髪をした自分で。
「えー、すごい!! 私じゃないみたい!」
色だけでこんなにも印象が変わるものかと思わず興奮する私をしり目に、クロウは真剣な顔つきで私をぐるりと見回す。そして納得したようにひとつ頷いた。
「ちゃんと全身に効果が及んでるし、魔力干渉の影響もなし……良かった」
そうか、これは彼が作った魔装具だった。動作テストも兼ねていたのか。
私はくるくると横髪を指に巻き付けながらクロウを見上げる。
「異常なし?」
「うん、大丈夫そう。ステラも身体に違和感はない?」
「全然! えへへ~……なんだか新鮮で楽しい! どう? 似合う?」
「良く似合ってる。かわいい」
「っ……!? そ、それは良かった……っ!!」
臆面もなく同意されるとそれはそれで恥ずかしい。私は慌てて微笑みかけてくるクロウから手鏡へと視線を逃がし、乱れた前髪をそそくさと整える。美形の笑顔の破壊力は心臓に悪いよ、ホント。
そんな美形な白い烏は、私の照れ隠しなど意に介した様子もなく穏やかな口調で言う。
「じゃあ、さっそく町に下りようか。まずはステラの服を買って宿を決めないと。それに食事も」
「うん、賛成! ……あ、そういえば町から手紙って出せないかな?」
「手紙って……ああ、神殿に?」
「そうそう。もちろんクロウのことや魔女のことは何も書かないよ? ただ、しばらく留守にするから心配しないでねって伝えようと思って……」
実は内心ほんの少し緊張しながら提案すれば、クロウは拍子抜けするくらいあっさりと首を縦に振った。
「分かった。宿を取ってから手紙も出しに行こう。俺もギルドに顔を出したいし」
「ギルド?」
「うん……説明は町に入ってからするよ。はい、もう一回掴まって」
ごく自然に近づいてきて、クロウがひょいと私を抱き上げる。そう言えば勝手に抱き上げたことを怒るつもりだったのに、町の景色に思考を取られてすっかり忘れてた。私はクロウの首に腕を回しながら、彼を覗き込んで意識的に眉根を寄せる。
「あのさ……今は緊急事態だからお願いするけど、ひょいひょい抱き上げられるとこっちも恥ずかしいんだからね?」
「え……恥ずかしいの?」
「恥ずかしいよ! そもそも私、男の人とこんなに密着したことないもの!」
嫁入り前の聖女を何だと思ってるんだ、と不満全開の顔を向ければ。
「そっか……そうなんだ」
何故か嬉しそうな顔をするクロウ。まったくもって解せない。そもそも男性との接触なんてダンスレッスンとダンスの本番くらいだ。それだって数えるほどもない。自分で言うのもなんだけど、それくらい箱入りの聖女なのだ私は。
「とにかく、靴を買って貰ったらちゃんと自分で歩くからね! 分かった!?」
「分かった。でも本当に危険な場所では俺が抱えて移動するから」
「うっ……それはしょうがない。許可します」
「ありがとう」
ふわりと微笑むクロウはずるい。そんな顔をされたら絶対に嫌とは言えないじゃないか……実際も嫌な訳じゃなくてただ照れくさいだけなんだけど。
そんなやりとりを経て、クロウは私を抱えたまま風のように町を目指して丘を下りていく。
そして速やかに服屋に直行して私の衣装を三セットほど買い揃えた。丈夫な素材と動きやすさ、そして手入れのしやすさを考慮した旅装だ。その中のワンセット――厚手のシャツとベストに膝下丈のスカートを身に付ければ、旅が現実味を帯びてきてワクワクする。
ブーツの具合を確かめた後、私は最後にクロウが選んでくれた機能性重視の黒い外套を羽織った。
店員さんからも似合うとお墨付きを貰って店を出ると、次は宿探し。
といっても、クロウはこの町に詳しいようで迷うことなく二階建ての小さな宿屋へと入っていった。
「おー、クロウ! なんだこの時期にお前さんが来るとは珍しいな!」
中に入ると店主と思しき元気なお爺さんが出迎えてくれる。クロウは懐から銀貨を三枚出すとカウンターへ置いた。
「朝食付きで二泊――あ、ベッドが二つある部屋で頼みます」
「んおお!? よく見りゃクロウお前……女連れか!?」
そこでクロウの背中に隠れていた私に気づいたのだろう。お爺さんがカウンターから身を乗り出してこちらを覗き込もうとする。しかしクロウがすぐさま壁になり、視界を遮ってくれた。
「彼女は人見知りなので、あまり怖がらせないでください」
「ほほぅ……? なんだクロウ、儂にも見せたくねぇくらいにお嬢ちゃんが大事ってわけか?」
「はい」
いや即答!? と私の方が驚いてしまう。逆にお爺さんは豪快に声を挙げて笑った。
「ぶっははは!! そいつぁしょうがねぇな! ほら、部屋は二階の奥を使いな!!」
「感謝します。……さ、行こうか」
振り返って私に手を差し出すクロウと、彼の肩越しに見えるニヤニヤしたお爺さん。
二つの視線が刺さる中で、私は真っ赤になって俯きながらクロウの手を取った。




