星と烏と旅の始まり【2】
――クロウが左肩より下に装着しているのは魔装義肢というものらしい。
説明によれば魔装義肢とは高度な魔術式を内包する義肢のことで、非常に高価だが通常の義肢よりも性能が格段に良く、定期的なメンテナンスを必要とする以外は生身の部位とそん色ない動作を可能とする。
ちなみにクロウの義肢は師匠である凄腕魔術師が手掛けた逸品とのことで、組み込まれた魔術式により生身の腕よりも圧倒的な膂力を生み出すことが出来るのだとか。
「最初は力のコントロールが上手く出来なくてよく物を壊していたけどね。今はほら、こんな感じ」
まるで本物の指のように滑らかに動く金属製の義肢。関節部分が微かに擦れる音を立てる以外は、確かに動きにまったく淀みはない。それでも私は不安になって思わず尋ねる。
「……痛くは、ないの?」
するとクロウは少し驚いた後で、どこか困ったように笑った。
「あまり酷使すると義肢よりも義肢と接続している生身の部分が痛むくらいかな? でも普通に扱う分には全然痛くないよ」
「本当に?」
「うん。だから……ステラがそんなに気に病むことはないんだ」
気に病んでいる、と言われてようやく腑に落ちた。そう、何故か私はクロウの義肢に対して無意識のうちに負い目を感じている。まるで自分が原因であるかのように。そんな記憶はもちろんない。だけど、漠然とした確信がある。
私はきっと、クロウが義肢になった経緯に関与している。
でなければこんなに胸の奥が痛むはずはない。
「っ……クロウ、私――」
彼に対してどうしようもなく謝りたい衝動に駆られる。
けれどそれをすることが正しいことか分からない。
だって実際には何も覚えていないのだ。
それなのに上辺だけ謝罪してもクロウを徒に困らせるだけ。
……ああ、思い出せないことがこんなにももどかしいだなんて知らなかった。
途端に自分の足元が酷く揺れるような心地になる。三年もの間、神殿という箱庭に居た私。それが少し外に出ただけで見える景色がこんなにも違ってきてしまう。その事実が恐ろしい。
クロウとのことを思い出したい――その気持ちが強くなる一方で、同時に怖いとも感じる。
思い出したら私の中で決定的に何かが変わってしまう。
ならばその時、私は聖女のままでいられるのだろうか――……
「ステラ」
耳朶を打つその優しい声でハッと我に返る。
咄嗟に仰ぎ見た先には、こちらを心配そうに見つめるクロウの顔があって。
「無理に思い出そうとしない方が良い」
そう言って彼は少し躊躇いがちに私の頭をそっと撫でた。左手ではなく右手で。
労わるような甘やかな手つきが、ぐちゃぐちゃになった私の思考を少しずつ宥めていく。
浅くなっていた呼吸も落ち着いていき、私は自然と目を閉じた。
そこへクロウの諭すような声が降り注ぐ。
「……前に師匠が言ってたんだ。聖女の記憶を無理に取り戻そうとするのは禁忌に触れるって」
「――禁忌?」
「そう。だから適切な手順を踏む必要があるんだ……無理に思い出そうとすれば、脳に深刻なダメージを負う可能性もある」
思わず背筋がゾッとした。確かに聖女継承に必要なことだからこそ私は記憶を失っている。
それを取り戻すということは決して簡単なことではないだろうが……それほど深刻とは想定外だ。
「でも、適切な手順って? クロウは、その方法を知っているの?」
「……」
「……そうか、これも言えないんだね……?」
「ごめん……」
またしてもクロウに謝らせてしまった――その事実に、私はこのままではいけないと気持ちを新たにする。こんなところで悩んでいても何も解決しない。ならば進むべきだ。その先に答えがあると信じて。
それに、すぐ隣には心強い案内役だっているのだから……!
「クロウ!」
私はわざと大きな声を出した。気合いを入れるために。
そして驚きから弾かれるように私の頭から手を離した彼を見上げながら宣言する。
「私、しばらくは記憶のことは気にしないようにする! とにかく魔女のところへ行くことだけ考える! それでいいよね!?」
「っ……!! うん、勿論。そうしてくれた方が俺もありがたい」
「じゃあそうする! さっきから何度も足止めしてごめんね……! もう邪魔しないから準備が出来たら出発しよう!」
そうは言っても、私に出来る準備は何もない。なにせ寝間着ワンピース姿で荷物はゼロである。
一方、クロウは指先を鳴らして火柱を一瞬にして消し去る。便利だな魔術。
次に彼は地面に置かれたままの外套を適当にはたくと、ばさりと私の肩に羽織らせた。かなり防寒性が高いのか、羽織るだけでも相当暖かい。正直とても助かる。
「ありがとね、クロウ」
「いや、むしろ薄手のまま連れてきちゃってごめん」
「あー……まぁ、それはそうかも?」
「ちなみにごめんついでにもう一つ、ステラに我慢して欲しいことがある」
「ん? 何を?」
私の疑問には答えず、クロウはおもむろにこちらとの距離を詰める。
そして私の背中と膝裏に素早く手を差し込み――軽々とお姫様抱っこをしてきたのだった。
「ちょ……っ!?」
「ごめん、暴れないで。危ないから」
だったら先に説明してからやりなさいよ!? という私の文句が音になる前に、
「とりあえず森を抜けるまではこの姿勢で移動するから、申し訳ないけど我慢してて」
機先を制したクロウにより移動が開始されてしまう。
ただでさえ暗い上に粘っこい土と露出した木の根で足元の悪い森の中を、クロウは勝手知ったる庭のような速度で駆けていく。
そのあまりの速さに私は口を開いたら確実に舌を噛むことを察したため、
(……クロウめ、あとで絶対に文句言ってやるんだから……!!)
と内心で叫びながらも、身体を安定させるために彼の首元に両腕を回してしがみつく。
聞こえてくる心音は自分のものなのか、はたまたクロウのものなのか――その境界すら曖昧なほど密着していることには極力気づかないふりをして、私はぎゅっと目を瞑った。




