北を目指す中で【2】
結論から言えば、治癒の魔術というものは存在していないらしい。
魔術の行使に必要な鍵となる呪文――正式名称は起動式というそうだけど。それが発見されていないんだそうだ。とても残念である。
「聖女と言えば回復役って感じなんだけどなぁ……」
私がそう呟くと、何故かクロウが驚いたような表情を浮かべた。
彼にしては珍しいほどの動揺にこちらが逆にびっくりしてしまう。
「えっと……私、何かおかしなこと言った?」
「……いや、なんでもない」
どう見ても何かありそうな表情である。私は深掘りすべきか一瞬迷ったが、そうするとクロウが困ってしまうような気がしたので止めておいた。
そんな日常会話も良い感じに挟みながら、私たちの旅は着実に続いていく。
あれから数日を掛けてやって来たのは、国の西側では二番目に栄えているという交易都市。
今まで通ってきた町や村に比べると圧倒的な人の波を前に、私は内心のワクワクを隠せずにいた。
馬車から見た王都の街並みを思い出す。あの時は眺めるだけで満足だったけれど、やはり自分の足で歩けるというのは格別なのだと実感した。旅の醍醐味というのはこういうものを言うのだろう。
テンションの高さで疲労を相殺している私がキョロキョロと忙しく視線を動かす中、不意にクロウが私の左手を掴んだ。手袋越しの感触に反射で顔を向ければ、クロウが真剣な表情で言う。
「はしゃぐのは構わないけど、俺の手を離さないこと――いい?」
「あ、はしゃぐのは良いんだ?」
「それはまぁ、うん。ステラにはいつも笑ってて欲しいし。どうせなら旅だって楽しめたほうがいいかなって」
「っ……あ、ありがとう……」
面映ゆい気持ちは赤面という形で表情にも出てしまっているだろう。でもいいんだ。実際に嬉しいんだから。
そうしてクロウの優しさに甘えながら、私は賑わう露店を覗いたり気になった品物を手に取ってみたりと散策を大いに楽しむ。時折、見たことのないものをクロウに教えて貰ったり、小腹を満たすために買い食いもしたりして。
私は【名物・果物棒】と掲げられた看板に引き寄せられると、棒に色とりどりの果物が刺さっている美味しそうなお菓子を二つ買い求めた。よく見ると透明な飴が果物をコーティングしている。
「っと……はい! クロウもどうぞ! 甘いの平気だよね?」
「うん、ありがとう」
元を正すとお金の出どころはクロウの財布だが、こういうのは気持ちである。
私たちは道の端に寄って果物棒にかじりついた。
「んー! 甘酸っぱくて美味しい!!」
飴の部分がかなり薄いので歯を立てるとシャリっという音と共に果肉へと辿り着く。面白い食感の中で自然な果汁の甘みがじゅわっと口の中に広がった。しかし初めて食べたのに、なんとなく懐かしい気持ちになるのは何故だろう……?
「ねぇクロウ? クロウはこのお菓子、前にも食べたことある?」
「? ……いや、これは初めて食べたかな」
「そっか」
もしかしたら過去にクロウと一緒に食べたのではないだろうかと思って問えば、どうやらそうではないらしい。それでもなんとなく腑に落ちない私の脳裏にパッと一瞬浮かんだのは、赤くて丸い果物だった。
けど目の前の棒にそんな果物は入っていない。
「やっぱり気のせいか……」
あまり悩んでも仕方がないので私は気持ちを切り替えて果物棒を完食する。
それからさらに歩き回って街の雰囲気を堪能していると、唐突にクロウがその足を止めた。
つられて目を向ければ、少し遠めに豪華な白い建物が見える――あ、神殿。
私は咄嗟にフードの端を持って目深に被り直す。そうする意味はあまりないんだけど、なんとなく。
すると私の行動に気づいたクロウが毒気を抜かれたようにクスリと笑った。
「そういう行動する方が逆に怪しいよ。堂々としていて」
「……まぁそうだよね。ごめん」
「でも気持ちは嬉しいんだ。俺の願いを優先してくれて、ありがとう」
クロウの温かくて柔らかい声が降ってきて、思わず繋いだ手をぎゅっと握り返す。決して離さないように。そして私たちは神殿に背を向け、人出の多い方へと歩き出した。
「どうする? もう少し見て回る?」
「ううん、宿に戻ろうよ。明日も早いうちに出発するんだよね?」
「ステラが疲れてなければ……正直、想像より早いペースで移動出来てるから明日一日ぐらいはここでゆっくりしても大丈夫だよ」
「んー……それほど疲れてないから、予定通りに出発しようよ」
そう言ったのは少しでも見つかるリスクを減らすためだ。可能性はかなり低いが、それでも神殿関係者の中で私の顔を直接知る人間が居るかもしれない。そう思ったら、やはりなるべく早く神殿からは遠ざかりたい。
「わかった。じゃあこのまま宿に向かおう。夕食も宿の食堂で大丈夫?」
「うん、もちろん」
笑顔で返せば、クロウも僅かに頬を緩める。私に気遣っているが、彼だってやはり神殿の近くとあっては居心地は悪いだろう。
「……あ! でもクロウ、宿に戻る前に携帯食料の補充はしておこうよ! 確かここから先は野宿の可能性が増えるって言ってたよね?」
「あー……うん。それじゃあ店に寄って行こう。ついでにステラも日用品とか好きに買い足していいから」
「分かった! 実は私、ちょっと野宿も楽しみだったりするんだよねぇ」
「え、そうなの?」
「うん! 野外で焚火したりご飯食べたりするでしょ? そういうの嫌いじゃないから」
だって神殿に戻ったら野宿する経験なんて絶対に生まれない。
この旅の間だけなのだ。私がこういう非日常的な体験が出来るのは。
それにクロウと一緒ならば、野宿だってきっと楽しい。そう素直に思える。
魔術の訓練をするにも野外の方が何かと都合がいいしね。
「そうと決まれば、早く行こ!」
私の歩幅に合わせてくれているクロウを敢えて引っ張りながら、私は意気揚々と速度を上げた。




