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14.橋の下に暮らす。

ホームレスの朝は早い。


明かりのない生活をしていると夜は寝るくらいしかすることがないので、どうしても朝早くに目が覚めてしまうのだ。


日の入りとともに眠って日の出とともに起きる。

ほんの150年ほど前までの日本では当たり前のだった生活サイクルを、路上生活者になってから今さらになって追体験させられるというのも、なんだか奇妙な話である。


そうして薄暗いうちに起き出した私と『篤史くん』は、段ボールを何重にも敷いた寝床の上に毛布を畳んで、手元に置いた2リットルのペットボトルに詰めた公園の水道水を口に含み、くちゅくちゅガラガラとうがいをする。

本当は歯磨きをしたいのだが、歯ブラシより先に買うものが色々あるので今はこれで我慢している。

けれども下着だとか洗剤だとかいった先に必要なものは揃いつつあるので、次に買うのは絶対歯ブラシだと決めている。

こんな底辺の路上生活でも、少しづつお金を貯めてちょっとづつ生活を良くしていけるのだ。

人間、どんな場所でも生きるためにやることは一緒なのだ。

少しづつ工夫して、少しづつ生活水準を上げていく。

きっと何千年も前から人類はそうやって生活圏を広げていったのに違いない。


さて、朝から無駄にご立派な妄想を広げつつも、私はシゲさんのところへ向かう。

シゲさんは昨日は古い知り合いという人が遊びに来ていて、安い酒で遅くまで酒盛りなんかをしていたようだからまだ寝ているかと思ったら、もうすでに起きていた。


シゲさんは私が近づくと、いつもと同じように菓子パンを一つ渡してくれる。私ははじめのうちは遠慮していたのだが、とにかく「食え食え」と言われるので今では当たり前のようにこれを受け取ってぱくぱくと食べてしまう。


少し前まで甘いものは好きでもなんでもなかったのだが、この生活を始めてからとにかく腹が減って疲れることが多くなり、自然と甘い菓子パンは大好物になってしまった。

エネルギーを直接腹の中に押し込んでいる感じがなんとも心地よいのである。


「ごちそうさまでした。」私がそう言ってぺこりと頭を下げると、シゲさんはにこりともせずに少しだけ頷いて、それから二人してリアカーにとりつき、ゴロゴロとこれを引っ張りながら移動を開始する。


今日は少し川上に向かったあたりに不法投棄された家電製品のいくつかを回収し、スクラップ屋に持ち込んでお金にする予定との事だった。


ところでこのリアカーだが、もともとはシゲさんの持ち物だったそうだが、年を取るにつれ一人で引きずるのがしんどくなり、知り合いに譲ってしまったものなのだそうだ。ただリアカーは重いので、この知り合いも普段はあまり使っていなかったらしい。

今回私という若い戦力が手に入ったので一時的にリアカーを返してもらい、これを使ってあちこちに転がった鉄くずやらジャンク品やらアルミ缶やらを大量に回収してリサイクル業者に持ち込んで買い取ってもらうのが、今の生業となっていた。


シゲさんは見かけによらずたいへん活動的で、普段からあちこちを歩き回っては「どこに廃品の不法投棄がある」とか「どこの地域のビンカンのゴミ捨て日は何曜日だ」だとか「どの地域の自治体はうるさいので勝手に持っていくとまずい」といった情報を常に集めている。それで今回『篤史くん』という若い労力を手に入れたことで、今まではも回収できなかった少し大きめの廃品や、少し遠い場所にある回収スポットまで足を運んでまとめてリアカーで集めることが出来るようになった。こうして集めた金属を専門業者に持ち込むと結構バカにならないお金になるのだ。

それこそ数千円程度は簡単に手に入る。


この間などはアルミで出来た車のタイヤホイールが4つ丸ごと不法投棄されていて、普段は無表情のシゲさんが珍しくニヤリとしていたので何事かと思ったら、すごい金額で買い取ってくれたので二人して大笑いしてしまった。


例えば現在のアルミ買取価格は1kgで100円ちょっと。数年前までもう少し高かったらしい。

そこでアルミの空き缶をそれなりに集めて売りに出すだけで1000~2000円くらいの収入になる。


※作者懺悔:2019年当時の価格がはっきり分かる情報がなかったので、おおよそで110円から120円という計算にしてしまいました。

ちなみに今(2021年11月現在)は金属全般は大値上がりして、アルミ缶でも1Kg200円超えてるみたいですね。それでも金属が足りなくて現場は四苦八苦しているという話を聞きました。コロナ不況やべぇ……!


前々からアルミ缶を大量に集めている浮浪者がいることはなんとなく目に入っていたが、どういう風にお金にしているか分からずに不思議に思っていた。

それが今回自分でやってみてどういう仕組みになっているかよく分かった。


ただ正直、アルミ缶はあまりお金にならないのだそうだ。

というのもそもそも回収できる場所が意外に少ない。ビンカンの回収日に勝手にアルミ缶だけ持っていくと市区町村の条例違反で最悪捕まる可能性もあるし、自動販売機脇のゴミ箱の缶も勝手に持っていくと怒られる場合もあるそうだ。

おまけに人気の回収スポットは同じ路上生活者同士の縄張り争いになっているところもあり、とかく面倒が多いのだそうだ。

不法投棄の粗大ごみの方がよっぽどお金にしやすいそうなので、体力と持ち運び手段があるならそっちを狙った方がよっぽど儲かるようであった。


路上生活者にもいろいろあるのだと、シゲさんに色々教わるようになってから毎日が勉強の連続であった。


その日は日が高くなるころには廃材の売りも済み、二人で6000円ほどの稼ぎになった。すごい!


午後からはシゲさんと洗濯ものの束を抱えコインランドリーでまとめて洗濯機にぶち込みつつ、銭湯に向かって二人でお風呂に入る。

シゲさんは意外と身だしなみには気を遣うタイプで、衣類もきちっとこまめに着替え、風呂にも数日おきに銭湯などを使って入る。

付き合う我々も奇麗な衣類と数日おきの風呂のおかげで、思いのほか清潔な生活をすることが出来た。

これがとてもありがたかった!


おまけに食事についても、スーパーのお弁当半額セールなどを狙って買えば、思いのほか文明的なご飯にありつけることが出来た。

ただ、食事については本当は自炊がしたいというのが『篤史くん』と私の本音ではある。

野菜をもっとバランスよく沢山食べたいし、食材を極限まで切り詰めれば、もっと安く栄養価の高い食事をすることが出来るのだ。

しかしこれには超えるべきいくつものハードルがある。路上生活者が自炊をするには、火の管理やら調理器具の調達など、準備に必要なアイテムが山のようにある。


私はふと、実家の倉庫に眠るキャンプ用品の数々を思い出した。半分以上義姉に売り飛ばされたとはいえ、まだかなりのアイテムが色々残っていたはずだ。あれらが手に入れば自炊に必要な道具が殆ど揃うのでは?

『篤史くん』も私の心の中で「それはいい考えだ!」と声を上げてくれた。


今度こっそり戻って必要な物品を漁ってこようかしら?

私はそんな事を考えるだけの心の余裕が出来ていた。


私とシゲさんは二人並んで銭湯から出て、コインランドリーで乾いた衣類を回収しつつ、今日のご飯をどうしようかなどと他愛もない話をしながら橋の下の拠点へと戻る。


私はシゲさんに思い切って実家のキャンプ用品の話をぶつけてみた。

道具さえあればうんと安く自炊が出来る。私の実家にはそれがある。

何より私はシゲさんに『篤史くん』の作る極上の料理を食べてほしい。


そんな話を矢継ぎ早にシゲさんにぶつけると、シゲさんは眉をひそめ、「ううむ。」唸り声を上げるだけで終わってしまった。


どうもこの話はシゲさんにはあまり面白くもない話だったようだ。少しばかり不機嫌になったシゲさんに、これ以上の話は出来なかった。


なぜ?


疑問は尽きなかったが、ともかく私とシゲさんは近所のスーパーで安くなった弁当やら菓子パンやらを買い込んで帰路につく。

通り過ぎた青果コーナーに積まれた野菜が少しばかり恨めしかった。

『篤史くん』の手にかかれば、これらの食材こそが宝の山なのに。


だがまあ今は贅沢は言うまい。

シゲさんに助けてもらっておんぶにだっこの生活なのだから、まずはシゲさんに従って生きていくしかない。


あれこれ不満はあるものの、不思議と楽しい毎日だった。シゲさんと二人であちこち回り、ゴミや廃材を集めてはリサイクル業者に持ち込んでお金にする。

晴耕雨読ではないけれど、雨の日は出歩いてもろくなことにならないので一日何もせずぼーっとして過ごす。


明日は何をするのだろう?

期待を込めてその日も夜が更ける前に寝床についた。

遠くに見える荒川の水面が街灯に揺れてキラキラと輝いていた。



そうやって二週間もたったころだろうか。

橋の下でくつろぐシゲさんと私のもとに、ある日「こんちわーっ!」と身なりの小ぎれいな中年の男性が明るい声で話しかけてきた。

「おう。」シゲさんも男に声を返す。


「これ、よければ差し入れです。」

男性が小脇に抱えた大きな手提げ袋から、袋に入った菓子パンをシゲさんに手渡ししてくる。


シゲさんと親しげな男性の様子にこの人もホームレスなのかと一瞬思ったが、足元を見てすぐに違うと分かった。

ホームレスと一般人を見分ける一番の違いは靴だ。衣類はコインランドリーなどで洗濯すればそれなりに身ぎれいに出来るのだが、靴だけはずっと履きっぱなしな上になかなか代わりが手に入らないのでドロドロに汚れてしまうのだ。

男性は奇麗なスニーカーを履いていたから、堅気の人間だとすぐに分かった。


いったい一般の人がシゲさんとどういう関係なのだろう?


不思議に思っていると、男性の方から身の上を明かしてくれた。


「僕はボランティアで路上生活の人達の見回りとか炊き出しとかやってるヤマネっていうものなんだけど、もしかして君は新人さん? 若いね。良ければパン食べる?」

そう言いながら、手提げ袋から菓子パンの袋をもう一つ取り出してみせる。


そんなヤマネさんと私の間に割り込むようにして、ずいっとシゲさんが間に入ってくる。


「こいつ、たぶん未成年だ。なんか親と揉めて行くとこねぇらしい。あんたんとこで何とかしてやってくれ。」


「え……?」ヤマネさんが困惑した様子で固まってしまう。


私も状況が分からずに固まってしまった。


そんな私達


「こいつはこんなとこにいたらよくねぇよ。あんたならなんとか出来んだろ? 頼む、何とかしてやってくれ。」


「いや……。」ヤマネさんが苦しそうに言葉を返す。「僕はホームレスの支援のボランティアで、未成年の保護とか管轄外なんです。」

「そんな事言わねえで頼む!」深々と頭を下げるシゲさん。


待ってくれシゲさん! 私にはそんなつもりはないんだ! このままシゲさんのもとでコツコツとお金を貯めて、それでいずれは部屋を借りて仕事に就く未来を思い描いているんだ!

私も『篤史くん』もあなたがいいんだ! それじゃあ駄目なのか!?


だがシゲさんはヤマネさんに頭を下げるばかりで、私のほうなど見向きもしない。

私はなんだか裏切られた気分になった。


「どうか頼む!」シゲさんの重ねての懇願に、ヤマネさんが折れた。

「分かりました。とりあえず警察に通報するくらいしか出来ないですけど、それでいいですか?」


警察!


私は飛び上がりそうになった。警察は困る! そのまま母親のもとに返されるようでは元の木阿弥だ!


思わずその場から逃げ出そうとすると、シゲさんの手が伸びてきて私の腕を強く掴んできた。


「バカ野郎! 逃げようなんて考えるんじゃねぇっ!」

この時のシゲさんの声は本気だった。本気で怒鳴り声を上げて、恐ろしさのあまり私も一瞬身がすくんでしまった。


隣に立つヤマネさんも目を白黒させている。


ややあってからシゲさんは私の腕を強く掴んだまま、

「頼む! 警察以外で何とかしてやってくれ!」

再びヤマネさんへ深々と頭を下げる。


「……分かりました。何かないか確認してみます。」


それからヤマネさんは少し離れてからスマホを取り出し、どこかへ電話を掛け始める。


「……ええ、そうなんです。橋の下で……。」

「未成年の男の子です。事情があるようなんですが、警察に通報されるのを酷く恐れている様子で……。ええ、ええ。」


なにやら誰かと相談が始まった。


シゲさんが「あのヤマネってやつは信用出来る奴だ。おめぇの事も悪いようにはしねぇと思う。」そんなふうに言ってきた。


「ぼ、ぼくはシゲさんとずっといっしょがいいです……!」


「ダメだ!」シゲさんは強い口調で否定した。


それからこんこんと諭すように語り出す。今はまだいいが、夏になると暑くて大変だし、冬は寒さに凍えて死にそうになる。それに怪我や病気になったときに酷く大変な思いをする。路上生活などは子供がしていいものではないと。


「で、でも……! シゲさんが一緒なら……!」なおも追いすがろうとする私に「バカ野郎!」再びシゲさんが声を荒げた。


「頼るべき相手を間違えるんじゃねぇ!」シゲさんは睨みつけてくる。

「オレじゃおめぇを助けられねぇ! オレじゃおめえを死なせちまう! それじゃあ駄目なんだ!」

シゲさんは鬼の形相になってそう吐き捨てるように言った。


それで私は分かってしまった。この老人は先ほどから自分に腹を立てているのだ。自分では『篤史くん』を助けられないから、それで自分が情けなくて怒っているのだ。

それはとてもよく分かる感情だった。何故なら私自身が今の自分に対して全く同じ憤りを覚えているのだから。


だから私はこの老人に従うことにした。この老人を信じるからこそ、突然やってきたヤマネさんという男性にも従う事にした。

私は本質的に他人を信じられない質の人間であるという自覚があるが、それでも今この瞬間だけはシゲさんという老人の事を信じたいと、なぜだか強くそうに思えた。



それから程なくして、あちこちに電話をしていたヤマネさんが戻ってきた。

「■〇の児童相談所と話がつきました。一時保護もしてくれるようです。」開口一番、そんなふうに状況を説明してくれるヤマネさん。

「そうか。」シゲさんはそう言うと、私の腕を引っ張るようにしてヤマネさんの前に突き出す。

「よろしく頼む。」シゲさんは深々と頭を下げた。


ヤマネさんはそんなシゲさんに対して「分かりました。」と一声かけてから、「行こうか。」と私に向かってそう言ってきた。


シゲさんが私の手を離し、ぐいっと後ろから背中を押す。

そして「もう二度とこんなとこくんじゃねーぞ。」とぼそりとつぶやいた。


それで慌ててヤマネさんの方へと駆け寄る。

ヤマネさんは無言で歩き出した。私は何度もシゲさんの方を振り返りながらも、とにかくヤマネさんの後へとついていく。

ヤマネさんは私に合わせてときどき立ち止まりながらも土手の上へと向かってゆっくりと足を進め、私達は少しづつ橋の下から離れていく。

何度振り返ってもシゲさんはじっとこちらを見ていた。土手の上へ登り切って最後に振り返ったその瞬間も、シゲさんはこちらを見ていた。


そこからちょっと歩いて、もう一度振り返ってもそこには土手の上を生い茂る雑草しかなく、橋のたもとに佇んでいるだろうシゲさんの青いジャケットはもう見えなかった。


私と『篤史くん』はどうしようもなく悲しくなってしまい、ボロボロと涙があふれてきてしまった。

『篤史くん』が泣いてしまう理由はよく分かる。シゲさんはどこか『篤史くん』のお父さんに似ている雰囲気があった。

そんなシゲさんが、口は悪くともすごく『篤史くん』の事を思ってくれてとてもやさしくしてくれたことが、どうしようもなく『篤史くん』の心に染みたのだ。

だから『篤史くん』はこんなにもシゲさんとの別れを悲しんでいる。

その気持ちはよく分かる。


けれどもどうして私もこんなに悲しいんだろう。

私は自分の心がよく分からなかった。どこから来たのかも分からない、いったい何者かも定かではない『私』。そんな私の心を揺さぶられる何かがシゲさんの中にはあったのだ。

けれどもそれがなんだか分からない私は、初めて自分がとても気持ちの悪い存在であるような気がしてきた。


私は『篤史くん』を助けるために彼に憑依した人間であるはずなのに、今の私はやることなすこと全て駄目で、この瞬間もどうすればいいかも分からずにただシゲさんに命じられたまま、ヤマネさんという男性の後をついていくしか出来ることがない。

こんなに惨めでみっともない存在は他にないだろう。


これではいったい私は何のために『篤史くん』に憑りついたのだ!


いっそのことこのままさらに逃げ出してしまおうか?

そんな悪い考えが浮かんでくるが、即座に『篤史くん』に否定されてしまった。シゲさんが「悪い人じゃない」といったヤマネさん。そのヤマネさんは、泣き出してしまった『篤史くん』を慮って、今はじっと待ってくれている。

ヘンに声を掛けずに静かに待ってくれているのは、このヤマネさんという人の優しさだと伝わってくる。鈍感な私でもそれくらいの事は分かる。

仮に逃げ出すにしてもそれは今じゃない。今はシゲさんと、シゲさんが託したヤマネさんという人に従うべき時だ。


分かってる。分かってるよ『篤史くん』。君の言う通りだ。

今はこの人についていこう。それでいいんだろう?


私の中の『篤史くん』がこくりと頷いた。


涙が落ち着いた私達に対し、ヤマネさんが話しかけてくる。

「もう少しばかり歩くけど大丈夫?」

「だ、大丈夫です。お、お騒がせしました。」私がそう返事すると、ヤマネさんは「そう?」と小さく言ってからまたゆっくりと歩き始める。


道すがらヤマネさんがぽつぽつと話をしてくれた。


それはシゲさんの事だった。

シゲさんは、あの橋の下近辺ではそれなりのまとめ役で、行く場所がなくなってしまった人達に声を掛けては色々相談に乗ったり、時には社会復帰の世話までしたりしているようだった。


対するヤマネさんは4、5年ほど前からボランティアで路上生活者の自立支援の活動を始め、シゲさんとは自然と仲良くなり、協力して路上生活者の手助けをしたり、住む場所や仕事探しなどを手伝ったりしているのだそうだ。


シゲさんとヤマネさんで助けてきた人はこれまでに10人以上いるらしい。

「さすがに未成年の保護をしたのは今回が初めてだよ。」とヤマネさんは笑った。

恐らく『篤史くん』の事も最初からヤマネさんに面倒を見させようと一時的に預かっていたのではないかとのヤマネさんの見立てに、不思議と腑に落ちるものがあった。


それから、「本当はシゲさん自身にもきちんとした住処と仕事のお世話がしたいんだけれど、あの人頑固だから……。」と、これまた笑いながらヤマネさんはそう話してくれた。


これは少し後になって分かったことだが、2020年の東京オリンピックを迎えるにあたって、路上生活者撲滅運動とでもいうべき活動があちこちで展開されていたらしい。

それで首都圏の路上生活者はすごい勢いで数が減って、その裏ではヤマネさんのような活動をしている大勢の人達がいるようであった。


私は何にも知らなかった。世の中の仕組みについて偉そうに分かっているふりをしていて、実際には無知で愚かな人間だった。


そうこう話をしているうちに、児童相談所だという施設の前まで辿りついた。

私はこれからおこる未来が全く予測できない恐怖を腹に飲み込みながら、ヤマネさんの後を追って施設のドアをくぐった。



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