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七章:介抱

 もう八時は過ぎただろうか。暗くなった家路を辿り、ベージュの壁の家に着いた由香。そうして玄関の扉を開く。

「ただいまー」

「お帰り姉ちゃん!」

「ああ章、わざわざ迎えに来てくれたんだね」

 駆け寄ってきた小学生くらいの少年に由香はほっこりした表情を見せる。更に後から由香の母、祥子も嬉しそうな顔でやって来る。

「ようやく帰ってきたのね由香。それで例の義人君の件は大丈夫なの?」

 祥子は娘の幼馴染として義人のことは分かっていた。だからこそ気にかけていたのである。

「うん、怪我もしていない。でもひどく落ち込んでいるみたいで。やっぱりあいつすっごく悩んでいたんだろうね。あたし以外にも自分が好きな子が二人もいたから、その気持ちに応えたくてどうすることも出来なかったのよ」

「あの子らしいんじゃないかしら」

「義人兄ちゃん大丈夫だったんだね。良かった」

 章も遊び相手になってくれる義人のことを心配していたのか、肩の力が抜けた。

「でもまだ元気を取り戻せてないみたい。だから毎日あたしたち三人であいつの面倒を見るって一緒に約束してきたの。あいつには幸せにしてもらわせていたから」

 祥子も由香の思いは分かっていた。それで由香の肩をしっかり掴んでいってあげたのだ。

「ええ、あなたがやりたいのならやりなさい。お母さんもお父さんも仕事は頑張るし、章だって一人でどうにかできはするから」

「そうだね。僕のことも大丈夫だから姉ちゃん頑張って。義人兄ちゃんのこと好きなんでしょ?好きな人のためになら頑張れるんだよね?」

 母と弟の自分を思う言葉を受け、由香の心にはやる気のエネルギーが満ちていく。二人もこう言っているから何も心配することはない。愛する人のために頑張ろうと思えた瞬間だった。

「ありがとうお母さん、章・・・・・」

「さあ、ご飯まだでしょ?あなたの分も用意してあるから」

 祥子にそう言われて由香はダイニングまで連れられたのだった。






 一方こちらも暗くなった中、少しお高く留まったような家までついた千恵。そのまま静かに玄関の扉を開く。

「ただいま戻りました」

 そうして開いた先では淑やかにそして不安そうに正座をしていた着物姿の母敬子と、腕を組んで娘を待ちかねた様子で立っていた父雄三の姿があった。

「おかえりなさい千恵」

「何があったのか連絡は受けていたが遅かったじゃないか」

「すみません、大事な人が大変なことになってしまっていたので」

 縮こまるように千恵は事情を話す。雄三は尚も頑なな表情で千恵に静かに言い渡す。

「それじゃあ明日の予習もまだなんだな?」

「そうです」

「ならすぐにでもやって貰おう。お前のその利発ぶりは私譲りだ。きっと私と同じような立派な名医になれるだろう。そのためにも勉学は疎かにしてはいけないからな」

「お願い千恵、お父さんもあなたを思って言っているのだから。完璧で立派な人になれるようにするためにも」

 雄三の厳かな言い聞かせに敬子の静かな言い聞かせを受け、千恵も真顔で答える。

「分かりました」

 千恵は一切反論しない。厳格な父の前では何も言い返せないのだから。だがあの件だけはどうしても譲れない、皆と約束したから。そうした思いで千恵は更に言い出す。

「それはいいのですがもう一つ」

「何だ?」

 恐る恐る千恵は雄三に伝える。

「友達と約束してその人の面倒を毎日見ることになったのです。その人は私たちのせいで大変なことになってしまって、その責任を果たしたいこともありまして。勿論勉強は疎かにはしません。それでやってもよいというのなら」

 雄三の眉が一瞬ピクリと動き、敬子は冷や汗をかいていた。今まで娘は自分たちに言われたことだけをやっていたのだ。それを父親に自ら申し出をしたのである、こんなことをやらせてくださいと。だからこそその場の空気は張り詰めたのだ。

「もし今度の成績に響くことがあれば、その友達にそのことは断るんだぞ。それでいいならば構わん」

 雄三はそう静かに言い渡してゆっくりと振り返って歩いていく。そこには千恵と驚いた様子の敬子の二人。

「千恵、今のよく言えたわね」

「今約束しましたが、やることはきちんとやります。安心してください」

 そう言って千恵もすぐさま自室へ向かっていった。






 その頃の真美は黄色い家の前に来ていた。そうして玄関の扉を開ける。

「ただいまー」

 その声を聞こえたのか、真美より年上くらいの女性が出てくる。姉の綾だった。その表情は安心した様子だった。

「真美、ようやく帰ってきたのね。例の男の子の件はどうしたの?」

「それがねお姉ちゃん、どこも怪我はしていなかったけれど、今すごく落ち込んでいるの」

「そうなの。あなたも好きだって言っていたし、随分大変だったんだね」

「そうなったのに関しても、私や他の二人の子が原因でもあるし、それで三人で彼を助けようってなったの。毎日彼の様子を見るために一緒に協力しようって」

 真美は少ししょげた仕草で綾に伝える。綾も彼女が自分に似ているところがあるとでも思ったのだろう。明るく声をかける。

「そうなの、それで彼が元気になるといいわね。で、あなたその男の子に何か美味しいものでも作ってあげるつもりかな?」

「そうなの。他の二人はあんまりそういうのやったことないって言うから、私が先導してあげるの」

「それはいいわね。あなたの作るものは皆私が教えてあげたものばかりだし、きっと公表になると思うわよ。家族の皆だって大好きだもん」

 綾はどこか得意げな表情をしていた。彼女の言う通り真美が作る料理は全て綾が教えたものであり、全ては真美が義人に喜んで気に入ってもらえるようにするために仕込んだものであった。出来る女は料理が出来てなんぼ、男の胃袋を掴んでこそ良き妻にもなれる、そんな彼女の教えによるものだった。勿論その限りでないこともあるが、真美としても義人を心から包み込んであげたいという思いもあった故、色々な料理を彼のために作れるようになったのだ。

「今日はお母さんたちまだ仕事?」

「そうみたい。だから今日も私が夕飯作ったの。それじゃあ真美にそのレシピを教えようかしら。蓮根の挟み揚げよ!」

「何だか楽しそう。うん、お願い」

 こうして二人はダイニングまで向かっていった。真美の全てを救わんとする包容力はこの面倒見のいい姉の影響からだろうか。お姉ちゃんのようになりたい、そんな気持ちが真美にはあったのだ。






 翌日、学校へ来た三人だったが、相変わらず義人は休みだった。担任の方からは彼が自殺をしようとしたことは口にせず、只状態が悪いのが続いているだけだと生徒全体に伝えられただけに留まった。

 昼休み、三人はいつもの広場に集まった。三人はかくして義人お世話大作戦を計画することとなった。その場には大きな模造紙が広げられ、そこに色々なことが書かれていく。

「いいですか皆さん。義人君に元気になって貰うためには、彼の体と心、どちらも健全になるようにしなければいけません。食事の栄養管理は勿論、掃除洗濯など、彼の身の回りの世話は欠かさずに行わなければなりませんし、それを限られた時間の中で行うことも重要です」

「そうね、いくら引きこもっているからと言って、お風呂にも入らずに同じ服ばかり着てるんじゃ不潔だし、喚起や日光浴だって必要よね。あたしたちがやってあげないと」

「それから心のケアも忘れないようにしなくちゃ。そのためには少しでも彼に笑って貰えるようなことをするのも忘れずにね。あとそうだねえ、義人君をぎゅうううってしてあげたり、何ならチュってしてもいいかな」

「嫌々流石にそこまでは・・・・・。とはいえ義人が元気になって学校まで来てくれるようになれれば、あたしたちだって手は尽くすわよ。そうでしょ?」

「そうですね。折角彼がハーレムを作ろうって言い出したわけですし、愛する人のためにもここで力を合わせましょう」

 こうして三人は何としてでも義人に元気になって貰おうとああだこうだと意見を出し合い、お世話の方法を模索していた。






 扉も窓もカーテンも閉め、部屋は全体的に薄暗かった。そんな中で義人はただ一人ベッドに横たわったままじっとしていた。その目に見えるのは部屋の天井だけだった。その天井をさっきからずっと眺めていた。けれどもその目に見えるものさえ感じない。耳にも何も感じない。今の俺の心は空っぽだよ。いわゆる上の空という奴だろうか。昨日までの俺は死のうとさえもしたのだから。

 今朝早くから恵に病院へ連れられた義人。今度は内科ではなく精神科だ。風邪の症状こそ無くなったが、今度はそこで鬱病と診断された。そこまで俺は自分を追い詰め過ぎていたのだろうか。我ながらそう思ってしまう義人。今まで頑張り過ぎた。過去のあの過ちに囚われ、それが為にまた女の子たちの期待を裏切ってしまった。その気持ちのままに自身の命を絶とうとした。けれどあの子たちが助けてくれた。そして自分にはっきりと死んでほしくないと言って止めてくれた。今思い返せばまた迷惑をかけてしまったと義人は思う。これからどうしたものか、そんなことを考えるのが精一杯だった。今体は指一本たりとも動かせやしない。今彼の出来ることはそうして物思いに耽ることだけだった。

「義人ー!来たわよー!」

 静寂を破るような声が聞こえる。黄色くて、淀みさえも吹き飛ばす元気な声だ。これは幻聴か、それとも本当に聞こえるだろうか。もし本当に聞こえるものなら嬉しい限りだ。だって昨日もだけど俺のことを気にかけてくれたから。今日も来てくれたんだろうね。でもそれで何をするつもりなのか。こちらとしてもそれは気がかりである。

「義人君、失礼します」

 千恵の声が聞こえ、程なくして千恵や由香、真美が入ってくる。

「来たんだな」

「義人君大丈夫?」

「もう心配いらないわよ。これからアンタの身の回りはあたしたちが見てあげるから」

「さあ一旦起きましょう、これから部屋を喚起して、シーツも服も洗濯しましょう」

「あ、お風呂にも入っていないかな?だったら私が洗ってあげようか」

「もう佐和山さんったら。まあ男の子の扱いなら別に構わないわよ。あたしはそういうの苦手だし」

「そうですね。それぞれ自分の得意分野で彼を助けましょう。そう決めたことですし」

 三人とも甲斐甲斐しく義人を気にかけた。そうして先程まで横になっていた彼を部屋から連れ出していく。






 脱衣所。真美は義人の服を脱がせていた。義人はしばらく風呂にも入る回数も減っていたのか、汗とフケのにおいが僅かにしていた。

「わあすごい匂い!でももう大丈夫だよ、今から三木野さんが洗濯してくれるっていうし、義人君の体は私が綺麗にしてあげるからね」

「わざわざそこまでしなくても・・・・・」

「遠慮しなくていいの。今は義人君何をするのも億劫な状態でしょ?だったら無理はしなくていいんだから。私に任せて」

 そう言われるままに全てを脱がされた義人、そのまま風呂場に連れられて腰掛に座らされる。そして横では真美が水を入れた洗面器に石鹸を入れて泡立てていく。こうして見ると何やら如何わしいお店の接客のように見えてしまうが、真美の方はいたって平然としている。何故ならこれはあくまで介護だから。

 そうして立てた泡をスポンジで掬ってそっと義人の肌に付ける。そのまま車のボディを洗うかの如く、優しくゆっくりと肌を撫でるようにスポンジを動かしていく。

「力加減はどうかな?」

 真美が甲斐甲斐しく義人に聞いてみる。

「・・・・・悪くない」

「ふふ、よかった」

 感情なく答える義人に真美はほっこりした笑みを浮かべる。背中、肩、胸、腕、腹、脚と洗っていく。

「真美、一体どこを・・・・・」

「うふふ、恥ずかしがっちゃダメ。くすぐったいだけかもしれないけれども、男の子も女の子もここだってちゃんと綺麗にしないと」

 何やら少し照れくさくて落ち着きがないような様子を見せてくる義人。それでいて満更でもないようにも見えた。これが何を意味しているのか。先程まで笑うこともなくなっていた義人が次第に感情を取り戻し始めたのである。真美は天然で時に大胆な言動をすることがよくある。そのことを義人が分かっており。戸惑う様子を良く見せていた。それでも彼女が親切でやっていることも分かっていたので、同時に嬉しく思っていたのだ。そうしたいつも通りの感覚を彼は取り戻しつつあり、その様子を見ていた真美も体の底から込み上げてくるものを抑えられず、それが顔に表れて溢れ出しているのだ。こうして真美の神の手ともいえる柔らかい手つきで、義人は身も心も清められていった。






 その頃由香は義人が寝ていたベッドのシーツや毛布、義人が脱いだ服などを一切に抱え込み、洗濯機に入れていた。義人の部屋では千恵は窓を開けて喚起しながらベッドや床に掃除機を掛けている。

 由香はついでに着替え用の服と下着も脱衣所まで持って行ったのである。そして先程の真美と義人の楽しそうにしている声を聞いていた。

「佐和山さんたら義人のこと困らせちゃって、ふふっ」

 そう呟く由香の顔には嫉妬も困惑も籠っておらず、眉を垂らしながらも口角が上がっていた。彼女も嬉しいのだ。誰によってであろうと義人が人間らしさを取り戻しつつある、皆での協力の成果が出てきている。このままいい感じにいけば義人も次第に元気になる。期待に胸が膨らんでいた。

「さてと早速これを洗濯機に入れて・・・・・ん?」

 ふと由香は抱えていた洗濯物が何か気になったのか眺める。何だろう、本当だったらずっと着っぱなしで汚いもののはずなのに、この鼻を優しく包み込むようなこれは何だろう。由香だっていつも義人と一緒だったから分かっていたはずなのに、今まで気付きもしなかったものである。それを嗅いでいると癖になってしまう。そのまま自分を引き付けてくる魅惑、鼻腔を刺激する陶酔、嗅げば嗅ぐほど止められなくなってしまう。

「義人の匂い・・・・・」

 由香には分かる。どんな相手にも手を差し伸べる、そんな優しさに惚れたはずだったのに、何故かそんな彼の全てが愛おしくなる。現に義人が今まともに会話も出来ず人形みたいになってしまったというのに、そんな彼を見捨てられずにいたのだ。だからこそいいところも悪いところもあっても、その彼の全てが好きだ。この匂いだって全部。

「・・・・・何をしているのですか?」

 ハッとして振り返る由香。そこには無表情で見つめている千恵がいた。動揺した様子で由香が答えようとする。

「あ、いや、ちょっとこれは」

 呆れたのか深くため息をつく千恵。

「あまり時間はないので早くやってください」

「そっちこそ何の用なの?」

「三木野さんのことですから洗剤の入れ方は大丈夫なのかと思いましてね」

「それぐらい知っているわよ!ほらこの液体の奴をこうやってカップで・・・・・」

 そう言って注ごうとする由香を千恵は止める。

「ちょっと待って下さい!ちゃんとどれ位の量を入れなくてはいけないのか調べましたか?」

「こんなもの位大体で入れた方が手っ取り早いじゃん」

「いいえ、ちゃんと適切な分量で入れないと汚れ落ちが不完全だったり色落ちしたりしますよ。それは義人君のものじゃないですか。彼のものにそんな杜撰なことをしていいとでも?」

 千恵の言葉は至極全うだった。由香はいつも自分の家でも選択の手伝いはしているのだが、家族の間ではそういう風にやっていた。けれどもここは人様の家で、洗濯するのは人様のものである。郷に入っては郷に従え、そうである以上は不備の無いようにしなくては。

「そうね。あたしったらいつもの癖でやっちゃうところだったわ」

「そしたらラベルの裏側を見てください。そこに書いてあるはずです」

 そうして素直に聞き入れた由香、そこから普段とはまた違って丁寧に教えていく千恵。

 これまでこの両者はいがみ合い牽制しあっていた。けれども今大切な人が大変なことになっている中、少しでもその人に幸せになって貰おうと、手を取り合い支え合って最善を尽くすべく努めている。それはライバル意識から協力関係への変化の表れだった。






 気が付けば六時を回っていた。義人を体中洗い、掃除も済ませ、洗濯物も干すまでに至った三人。その後義人に綺麗な服を着せ、綺麗なシーツと毛布を掛けたベッドでまた寝かせる。

その間に恵は帰っており、三人の出来栄えに感心するばかりだった。

「いくら三人で協力してとはいえ、ここまでやってくれるなんて。あなたたちも大したものね」

「いえ、これも義人君のためです」

「そうですよ。義人を思う三人で協力すれば出来ないことも出来るようになるわけですし」

「お母様のお役にも立てたでしょうか」

「もう十分すぎる位よ。さてと、また義人のためにお粥でも作って・・・・・」

 そう言って調理に取り掛かろうとする恵。しかしそこで真美が制止する。

「ちょっと待って下さい。義人君は具合は悪いからお粥にしようとしていますけれども、食べっぷりはどうでしょうか」

 唐突な問いかけに恵は複雑な顔で答える。

「あんまりいいものだとは・・・・・」

「であれば私から言い提案があります。義人君にはもっと栄養が豊富で味気のあるものを作った方が良いかと。というわけで今日は卵雑炊を作ろうかと」

「へえ雑炊。私あまりそんなもの考えたこともなかったわね。卵が入っているなら確かに栄養のバランスもよさそうだし」

「そうです。それからダシで旨味を付ければ、食欲のなかった彼も匙が進むことかと。何なら私が教えましょうか?」

「本当に?じゃあ見せてもらおうかしら。佐和山さんなら私の知らない料理まで作れそうかも」

 そうして今まで元気が出なかった息子が元気になれることを期待する恵。早速真美と台所に立つ。

「では私も見せてもらいましょうか佐和山さん。栄養が豊富であるなら私もそこは把握した方が良いかと」

「ええどうぞ」

 千恵の申し出にも真美は応じた。そして由香も言い出す。

「あたしにも見せてもらってもいいかな?」

「中々向上心があるのね三木野さん。いいわよ」

 こうして真美のセンス光る台所で、それぞれの愛する存在のために調理が行われる。

「ダシはこれくらいの量で・・・・・」

「佐和山さん、かきたま作るの上手いですね」

「ダシのいい香り、これなら義人も食べてくれそう」

「間違いないですね」

 そこには白いご飯が溶き卵を纏い、薄い茶色の汁に浸かり、白い湯気を立てて鍋の底から顔を覗かせていた。そこから器に盛られ、さらにその上に刻んだ青々とした葱が載せられる。

「彩も栄養も完璧ですね。さすが佐和山さん」

 千恵は真美の方に目を向ける。少しはにかんで真美は答える。

「これ位ならどうってこともないよ」

「それじゃあ早速持って行きましょう」

 恵は匙と一緒にお盆に載せて持って行く。他の三人も同行していく。






 部屋に来てみれば、義人は相変わらず上の空である。

「義人、佐和山さんが卵雑炊作ってくれたわよ。あなたに少しでも元気になってもらいたいって美味しくて栄養のあるものにしてくれたの」

「気に入ってくれるといいな」

「さあ冷めないうちに食べてみてください」

 それでも義人はこっちを向くだけで何も言わない。その方向に歩み寄って気もしない。只の人形のように無機質でぎこちない様子しか見せなかった。

「ちょっと!折角作ってくれたのに食べないっていうの?『雑炊食わぬは男の恥』よ!」

 唐突に由香が放ったその一言に一同は不思議そうな顔で見つめてくる。

「雑炊・・・・・食わぬは・・・・・?」

「三木野さん、それを言うなら『据え膳食わぬは男の恥』ではないでしょうか?」

 真美と千恵に指摘されて、思わずハッとしたように二人の方を向いて慌てて言い返す。

「わ、分かってるわよそれ位は!これは、あれよ!義人を少しでも笑わせるためのジョークよ!」

「ふーん・・・・・」

 何やら冷めた目つきで見つめる千恵。

「何よその目は!あたしより勉強できるからって見下しているわけ!?」

「いいえ、別に」

 取り乱す由香に更に冷めた態度を示す千恵。が、その時そんなわちゃわちゃなやり取りを見ていた義人の口角が僅かに上がって・・・・・。

「・・・・・ふ・・・・・」

 声が漏れた。

「・・・・・義人?笑ってくれたの?」

「私と三木野さんのやり取りがそんなに面白かったのですね」

「すごいよ三木野さん、大成功だよ!」

「え?ああ、まあね」

 無表情だった彼が感情を僅かながら取り戻したことに三人は喜び出す。さらに同じく二人のやり取りを見てクスクスしていた恵も言い出す。

「うふふ、あなたたち本当に義人のことを思ってくれているのね。これなら私達でもどうすることも出来ないことも出来そうかも。これからも義人のために頑張ってくれるかしら?」

 恵は柔らかい表情で三人を見つめる。敏明と夫婦でどうすることも出来なかった義人の問題を今正に三人の少女たちが解決しようとしているのである。その効果が現れ始めていたのだ。そうした信頼の眼差しに三人も答える。

「はい、任せてください。必ず義人を元気にして見せます」

 何やかんやで義人に卵雑炊を食べさせる四人。そうして義人のお腹を満たし、ゆっくり寝かしつけるまで彼の様子を見守ったのだった。遅かれ早かれ義人は必ず元気になってくれる、そう信じて。


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