六章:懺悔
そうして迎えが来るのを待っており、その間にも色々義人を元気づけようとしていた。
「義人、お腹空いていないかな?これ位しかないけど、あたしキャンディ持っているんだよ」
由香はそう言って差し出すけれども義人はそれを受取ろうとする素振りもないどころか、見向きさえしようとしない。
「今はそううまく彼を元気づけられるものではないでしょう」
「そうだね。今は義人君のご両親が迎えに来るのを待つしかないね」
千恵と真美がそう言い聞かせ、由香は沈んだ表情で出したキャンディを引っ込める。やはり後の面倒は両親に見て貰うしかないだろうと由香も判断したのだ。そうして暫く全員の沈黙が続いていた。
そしてようやく一台の車が駐在所の前に訪れた。止まってエンジンが切れると、敏明と恵が出てきた。そして駐在所に入ってすぐ目に飛び込んだのは、椅子に座って俯いたままじっとしている義人の姿と、それを取り囲んで色々やっていた幼馴染たちを始めとする同級生の男女たち。
「義人!」
「全くここまで心配させるなんて。とにかく見つかったなら何よりだ」
息子の状態を案じる二人。そして周りの全員に目を配る。
「お巡りさん、まさか彼女たちが」
「そうなんです。そこの三人の子たちが息子さんを見つけたんです。それでうちまで連れてきてくれたんですよ」
「それで俺と駐在さんが話していた時に出くわしたんです」
駐在員と源がいきさつを語る。敏明も恵も息子を助けてくれた事実を知り、安堵の溜息をつく。
「そうだったのですか。由香ちゃん、皆、本当にありがとう」
「義人も恵まれているよ、まさか君たちみたいな子に助けられるなんて」
礼を言う敏明と恵に対し由香が申し訳なさそうに答える。
「いえ、こんなことになったのは何と言いますか、私たちに責任がありますし」
「・・・・・まあ義人のことだし、あなたたちとの間に何かあったんでしょうね」
「恋愛の拗れでもあったってことかな?」
分かり切ったような様子で恵も敏明も由香の言葉を受け入れる。
「あの、このまま私たちも一緒にお宅に伺って宜しいでしょうか?詳しい事情をお話します」
千恵がそう二人に提案する。
「是非とも聞かせて貰おう。こうなった以上は親としても状況は確認しておきたいから」
「そうね、自宅には連絡は?」
「しておきました。義人君のことは知っているので了承して貰えました」
「ならば一緒に来て貰おう」
「俺も一緒に行こうか?」
源が唐突に聞くが由香は掌を向ける。
「源はいいよ。アンタも責任は感じているだろうけど、別にアンタは悪くないんだから」
「そうですね。これは私たちの問題、必ず四人でこの関係を解消してみましょう」
「もう遅いから、大谷君はもう帰って大丈夫だよ」
その言葉を受けて源も肩の力が抜けていく。
「そうか、まあ健闘を祈るよ。義人も助かったことだし、俺はこれで」
「気を付けてね源君」
由香たちに見送られて駆け出し、駐輪してあった自転車に乗って源は夜の闇の中へ飛び込んでいった。
こうして二人から承諾されて三人は義人を連れて車に乗っていく。敏明は駐在員と向き合っている。
「あの子たちを保護して下さって本当にありがとうございました」
「いいえ、私は只ここに駐在していただけです。そこに彼女たちが息子さんを見つけて保護してほしいと言ってきたんですよ。本当に強くて優しい子たちです」
「彼女たちにも事情があってのことなのでしょう。それではこれで」
そう言って敏明は駐在員に別れを告げて車に乗る。車はエンジンがかかりそのまま走りだしていく。駐在員はその車が闇の中へ消えていくのをいつまでも見送っていた。
そして豊田家宅に着いた一行、義人に関しては心身共にかなり衰弱していたためにそのまま自室まで連れ込んでいき、ベッドに寝かせておくことにした。
「義人、温め直したお粥ここに置いておくから、お腹が空いたら食べてね」
恵は持ってきたお粥の入った皿を机の上に置いておく。その間にも義人はじっと黙ったままだった。そんな息子を見届けてそのまま恵は静かに部屋を出ていく。
そうして恵がリビングまで来てみると、敏明が座っていて、それに向き合うように由香、真美、千恵が座っていた。テーブルにはみんながお腹が空いているであろうと恵がいろいろ作っておいた大根や里芋の煮物が置いてある。そして五人分の湯気が立つお茶を入れた湯呑も置いてある。しかし敏明からも進められるも、一口も口に入れようとせず、俯いてばかりだった
「義人君は大丈夫でしたか?」
そう聞く千恵に対して恵は答える。
「大丈夫よ。まだ気は沈んだままだけど、それ以外は他に怪我したりしたところはないみたいだから」
「そうですか、良かったですよ」
三人はまた安堵の溜息をつく。そうして恵もまた敏明と並び合って隣に座る。
「さてと、そこまで何か思い悩んでいるなら話してもらおうかしら」
「そうだな、あの子の親二人で聞かせて貰おう。まず、あの子と君達の身に何があったんだ?」
敏明も恵もやんわりと改めて聞いてみる。重々しい表情で顔を上げる三人。最初に口を開いたのは由香だった。
「お二人はあたしたちが義人のことが好きで、そのことで取り合いばかりしているっていう話は聞いていませんよね?」
「そうねえ、あの子ったらいつも自分一人で何かと抱え込んじゃうんだもん。誰にも迷惑を掛けたくないのかもしれないね」
「分かります、義人は昔からそうですもんね。それであたしたち三人に好かれて、それでどうしたらいいのか分からなかったんですよね」
「そうか、それで俺たちにもそれと無い様にあんなことを聞いてきたわけなんだな」
「確かにそうかも、でもまさか今回の件と関係あったなんて」
由香たちから事情を聞き、それに納得したように話し合う敏明と恵。そこから更に千恵がいきさつを説明する。
「そうなんです。それで大谷君からも助言を受けたようなのですが、その助言というのがハーレムを作ることなんです。つまり彼は私たち全員の気持ちに応えようと全員と付き合うと言い出したんです」
この事実を受けて二人は少し目を見開いて黙って彼女たちを見つめていた。しかし程なくして敏明が笑いだす。
「あ・・・・・ハハハ!成程そう来たか。あの子はいつだって断ることが出来ない人のいい奴だから。分かるぞ、そりゃあ誰だろうとあの子は傷つけたくないだろう。けどまさかそういう風に来たとは」
大きく口を開けて笑う。敏明だからこその反応である。義人は出来るだけ多くの相手を幸せにすることを第一に考えている。そうしてときに突拍子もないことを考えて行動しようとすることもあり、時に自分のことを顧みないこともあるのである。それを父親として理解していたのだ。
「そうね、あの子ったらそんな無茶をしようとしていたのね。ハーレムですって、きっとあなたたち三人を本気で幸せにしようとしていたのね」
恵も母親として理解していたのだろう。少し呆れながらもその口角は上がり気味である。やはり義人らしいとでも思っているのだ。
「やっぱりそうですよね。それなのに私たち一人だけを選んでくれなかったことが受け入れられなくて突き放しちゃったんです。それがまさか彼をああするまで自責させることになろうなんて」
真美は静かに話す。けれども年頃の女の子の気持ちは年を重ねた二人には分かっていた。
「まあ受け入れられない気持ちは分かるわよ、男の人には一途になって貰いたいって思いはあるから。女の子は誰だって自分だけ見ていてほしいって思うもの。でもそういうことなら義人だって正にそうだったんじゃないかしら」
「「「え?」」」
突然の恵の言葉に三人はハッと驚く。
「分かるかしら、義人はあなたたち三人に同時に好きだって言われたのよ。そしてあなたたちの付き合ってほしいという願望と期待をどれも裏切りたくなかった。そうしてそれらの気持ちに平等に寄り添いたくてそうした選択肢を取ったんじゃないかしら」
付け加えられた説明に三人は納得した表情を示す。
「みんな平等にですか、それで誰のことも捨てたくないというのなら、確かにそれも一途のもう一つの形だとでも言えましょうね」
顎に手を当て、少し俯いて千恵は答える。
「そうして考えると本当にあたしたちは勘違いしていたかもしれませんね。義人なりに頑張ろうとしていたのかもしれません」
由香は改めて自責するかのように眉を下げて俯く。
「私たちはつくづく固執した考えだけでどうにかしようとしていたのかもしれませんね。そうして常識に囚われないことが問題解決のカギだったのかもしれません」
真美も親二人に向き合って呟く。
「ああそうさ。父親としてあの子にも言ってやったんだ。『自分のその気持ちを大事にすればいい』って。それは君たちだって同じだ。義人のことが好きなんだろ?」
「「「勿論です」」」
敏明の問いかけに三人は口を揃えて同時に答える。
「君たちがそれを信じたからこそ義人のことを助けてあげられたんだから。本当に凄いことだよ。こんないい子たちに恵まれて、あの子もさぞ幸せ者だろうな」
敏明は溌剌とした笑顔でそう言う。いつも義人のことを気に掛けていたからこそ、それと同じくらいに大切に思ってくれる人が家族以外に三人もいる。それだけで嬉しいのだ。そしてそれは恵でも同じだった。
「本当に嬉しいわ。私たちは親として、いつだって誰かのためを思って無茶をするあの子が心配だから」
親二人が息子のことを心配していたからこそ、義人の考えも受け入れられたのだ。そしてここで三人が申し出ようと思っていたことを由香が話し出す。
「あの、それでですね」
他の二人も身構える。
「義人がこんなことになったのはあたしたちのせいでもあるんです。本当にごめんなさい。あたしたちとしても彼にまた元気になって貰いたいし、お二人に対しても心配させた詫びとして、これから暫く彼の面倒を見させてほしいんです」
「はい、私たち決めたんです。私たちが義人君を死にかけにしたんだ、彼の人生を台無しにしようとしてたんだ、だからこそ私たち三人で彼を幸せにすると意に決したんです」
「お二人も何かとお忙しい身ですよね?だからこそ私たちにも協力させてほしいんです。これは私たちと彼の問題ですし、自分たちでも決めたことですから。いいですよね?」
三人は必死に二人に願う。その表情はまっすぐ正面を見ていた。義人の全てを無意識にとはいえ奪おうとした自分たちが責任を持って立て直さなくてはいけない。両親にも悲しい思いをさせたくない。そんな気持ちの表れだった。
「ええいいわよ、あなたたちも義人に似ているところがあるみたいね」
「そうだな、そこまで義人のことが好きで、あの子の気持ちに寄り添おうとしてくれているんだね」
敏明も恵も快く申し出を聞き入れた。
「けどもう今日は遅いわ。それぞれご家族の方も心配していることでしょう」
「ああ、義人に挨拶なりしてきて、今日はもう帰りなさい」
「はい、ありがとうございます」
自分たちの身を案じてくれる二人の言葉を受け、由香はそう言って千恵や真美と共に席を立つ。
その後義人の部屋に立ち寄る。扉を開けると、相変わらず虚ろな目でベッドに横たわっていた。そんな彼に近づき、そっと頬に手を当てて由香は言う。
「大丈夫だよ義人、明日からアンタの面倒はあたしたちが見るから」
「こんなことになったのは私たちのせいです。その責任は取りましょう」
「だから今日は安心して寝て。また明日会いに来るから」
三人はそう静かに声をかける。そして静かに部屋を出ていった。
こうして義人と別れを告げ、三人は今日のところはと家路につくことにした。辺りはすっかり暗くなっており、自分たちの家族が待っていることもあって三人ともやや急ぎ気味で速足で歩いていた。
「親御さんにも了承は得られましたね」
安心したように千恵はぽつりと言う。
「そうだね、これからしばらくあいつの世話をしてあげられる」
「うん、私たちで幸せにしよう。一人で出来ないことも、三人で協力すれば出来ないことも出来る。さっきだってそう決めたもん」
家路について各自別れるまでの間にも三人はそう言い聞かせ合い、この場の全員で結束を再確認していた。
かの毛利元就もまた息子三人に言い聞かせたものである。一本だけの矢では手だけで簡単に折れてしまう。だが三本束にして折ろうとしても中々折ることはできない。そうしてバラバラになっている者たちも力を合わせれば如何なる困難も乗り越えられると諭したのだ。
今だって同じ。これまでこの三人は義人のことが好きだ、義人を自分の男にしたい、そうした独占欲と嫉妬に駆られて彼に関係を迫った。そして彼が全員と付き合うと言い出した時には期待を裏切られた気持ちでいっぱいになり、彼の提案を突き放してしまった。今思えばそんなのが愛があるなどと言えることだろうか。彼女たちは今回の件で義人を大切にする気持ちを思い返し、同じ気持ちの元に協力して彼を助けようと力を合わせる気になれたのだ。
これからの協力関係、果たして彼女たちに何が待ち受けているのか。




