三章:決裂
とある本屋、今日もまたあらゆる知識を求めて人々が本を求めていた。そうした中で一人の少女が直立不動で手にしている料理本に目を向けていた。ツーサイドアップの髪が特徴的な彼女の神妙な顔で眺めるその姿は正に知識の探究者、これもすべて自分にそういう知識がないが故のことだ。
う~ん色々悩むわねえ。あいつがどういうのが好きなのかあたしは知っているんだけれども、例えば生チョコレートなんてあいつが好きそうな感触の奴じゃない。いかにも口の中に入れたらとろ~り溶けて病みつきにはなりそうだし。それからあえてガトーショコラなんて言うのもいいね。見た目はケーキなんだけど、中はぎっしり詰まって味も濃厚だし。あとカヌレ。形も面白いし、よく中にチョコレートが入ってて割ったらとろりと出てくるものもあるよね。どれも義人のハートと胃袋を掴むには申し分ないかも。それにしても・・・・・どれもこれも作るのが難しすぎる!そりゃあ、あたし自身滅多に料理しないし、あんまりそういうのが得意じゃないから。やっぱり簡単に作れる奴じゃないとダメかなあ。嫌々諦めるな三木野由香!このあたしが必ずあいつの心を射止めるんだって決意したじゃん。せっかく義人にチャンスも与えてもらったんだから、これをものにしなければ!
由香はそうして思考を巡らせていた。彼女にとってもこれは命がけのことなのだ。何しろ自分は幼馴染、自分こそがヒロイン、そう信じて疑わないのである。勿論それはお話の世界では定番になっているだけで現実的にそうであるという絶対的な確証がないのは当然だが。だからと言って彼女だってこのまま引き下がるわけのにはいかない。恋のライバルが二人もいる。もしそのどちらかに奪われれば、義人はもう自分と一緒にいられなくなるかもしれない。由香はそれが嫌だったのだ。いつまでも自分のそばにいてほしい、これからも仲睦まじくしたい、一度築き上げた絆が壊れるだなんてそんなことはあってはいけない。そうした思いを由香は抱いていたのである。だからこそその思いは誰にも負けないことを証明しなくちゃ。そうした思いで由香は次の料理本に手を伸ばす。
「えっと、そしたらこっちの本に載っているのも見てみようかな。あっ、これはどうかな」
そうして彼女はひたすら義人の好みや自分の技量と相談しながら、最適なレシピを探していく。いかにも彼女らしいやり方だ。由香はとにかく分からなくてもやってみるタイプの人間だ。たとえどんな困難があっても、自分の手で試行錯誤しながら、ようやく納得のいくものにしていく。そうして諦めることなく、泥臭く前に向かって彼女は突き進むのだ。全ては思い人のために。
とあるスーパーマーケット、家族連れから学生までが安くて便利なものを求めて商品棚の商品を眺めながら歩いている。その中にいる一人の少女はパッケージの裏やラベルに書かれている文字を見ていく。黒いボブヘアーの彼女はあらゆる項目を見ながら、頭の中で計算でもしているのだろうか、時折手の指を折ったり、手のひらに指をあてるような動作をしている。
そうですね、何よりも義人君に食べてもらうからには体に良いものを選ぶべきではあるかと。カカオポリフェノールには血圧を下げたり血糖値の上昇を抑制したりする効果があるのですから、これからの義人君の健康寿命のことを考えたら是非とも食べていただきたいですね。カカオ七十パーセント以上が妥当でしょうね。間違っても砂糖など入れ過ぎてはいけません。ミルクも控えめに。砂糖が多いものは血糖値を急上昇させてしまうし、乳脂肪は飽和脂肪酸が多いので取り過ぎは血中コレステロールの増加を招きますね。それからそのチョコレートにトッピングをするならば添加物が多いトッピングや糖分が濃縮されたドライフルーツは避けたいですね。むしろアーモンドや胡桃といったナッツの類を選びましょうか。それらには不飽和脂肪酸やビタミン、ミネラル、食物繊維が多く含まれていますから、きっと義人君の体にも良いでしょうね。私を気遣ってくれたのですから、義人君の体も気遣わなくては。
そうした思考を巡らせる千恵。彼女はまるで栄養士にでも成ったかの如く栄養量の計算をする。彼女はいつだって健康のような後先に関わることを常に考えていた。そのために常に計画を怠らず、それを守るために色々と努力や検討を重ねているのである。それも全ては食べる人、義人のことを思ってのことだ。真面目である性格は元からではあるが、それが時に彼女自身に無理をさせてしまうことがある。それをわざわざ気にかけてくれたのが義人だった。完璧であろうとなかろうと自分を受け入れてくれた。そんな彼に感謝しており、これからも自分のことを受け入れてほしいのだ。そうした思いを伝えるためにもチョコレート作りも一切の妥協は許さない。毎日食べても義人が元気でいられるようなものを作って、他の二人が作るような甘いだけのものと差をつけようとするのが彼女の戦略である。
「よく奥さんが旦那さんの健康に気を使っているのを見るでしょう、今の私が正にそれなのです。って、私ったら何を、そんな夫婦になったわけでもないのに」
自分で言いながらもハッとしてその発言に少し照れて頬に手を当てる千恵。いつもは品行方正で計算高いのだが、ふとこうした天然なところを見せるのも彼女の魅力の一つだろうか。これも義人に対する思いの表れなのだろう。こうして千恵は引き続き材料の調査を続けていたのだった。
とある一室で一人の少女は机に向って何かを書いているように見えた。真っ白な画用紙、その上から丸い形の茶色の何かを描き、その周りに矢印を何本も引いている。カラフルなトッピングを付けたり複雑な形にするにはこうするだの色々書かれている。そうしたこれから作るチョコの計画図を、やわらかいセミロングの彼女はにこにこしながら書いていた。
義人君はいつも私の作る料理を美味しいって食べてくれるからね。今回も腕を振るって作らないと。そうだねぇ、まず見た目が可愛くないと。今回はトリュフに挑戦しようと思うけど、只丸いだけのものばかりじゃ彼だってつまらないよね。もっとこうカラフルなスプレーみたいなのを使ったり、表面にうねりをつけたり、もちろん只のミルクチョコだけを使うのは勿体ないよね。ホワイトチョコやストロベリーチョコを使ったものも試してみようかな。こんな色んな種類のものを用意したら義人君たらどんな反応するのかな?余りにきれいすぎて食べるのが惜しいとか言っちゃったり。ふふっ、義人君は優しい人だから、誰かのためにすぐ無理をしちゃうのよね。あの二人にだってすっかり振り回されちゃって、せっかくの安息のひと時を何度も邪魔されて可哀想。そんな時こそ私がしっかり抱きしめてあげないと。だって彼は私に対してだけ甘えてくれるんだから。
そうして思いを馳せる真美。こうすれば相手は楽しめるんじゃないだろうか。ああすればまた食べたいと思ってくれるのではないだろうか。彼女はこうしていつも義人に世話を焼いている。義人のように頑張り過ぎて身も心も擦り減った人がいればそれを癒してあげるのが彼女の生き甲斐、やり甲斐なのだ。そうした母性や擁護意欲ともいえる大きく温かい器を彼女は持っているのだ。いつも他の二人が同じクラス同士だからいつものように喧嘩ばかりしている。それをわざわざ義人か仲裁に入るものだから、その度に彼は疲れたような様子を見せるのだ。そんな哀れともいえる彼を真美は気にかけてくれる。そうして義人のために美味しいものを食べたり抱きしめたりして元気になってもらおうとしているのである。今回もそうだ。もうあの二人に悩まなくていい、いつまでも自分に癒されてもらうためには自分が彼女になればいいから。
「さて、これ位は作ろうかな。これを食べて義人君がどんな反応するのか楽しみ。それで君が一番だって言ってくれるでしょうね」
穏やかながらも確信したような様子を見せる真美、自分で書いた計画書をまじまじと見つめる。自分こそが彼の心の拠り所なんだ。これからも彼に寄り添い続けるためにも、私がいつまでも彼と一緒にいなくちゃ。そうした聖母のような穏やかでありながら芯のしっかりした思いで臨んでいくのだった。
さていよいよ調理することになった由香。あれから色々考えた末に生チョコレートにすることになった。けれどもいざやってみると結構難しい。
「ええっと、まず生クリームを沸騰寸前まで沸かして、そこに刻んだチョコレートを入れていく。あっ入れるタイミングは湯気が立たなくなった後だったっけ。それから・・・・・」
そうして自宅のキッチンでバタバタしながらも料理本の作り方の工程を順番に着々と確認していきながら調理を進めていく。生クリームを温め、そこにチョコレートを恐る恐る入れていく。あとはバットに入れて冷蔵庫で固めるだけ。慣れないことに挑戦しつつも、大好きな幼馴染のために奮闘する由香であった。
千恵もまた調理を進めていた。けれども由香のものとは少し違う。溶かした高カカオのチョコレートを湯せんで溶かしていく。箆でかき混ぜながらそこに用意したのが、あらかじめ砕いておいたアーモンドや胡桃を入れていく。市販のものにもよくあるようなチョコレートバーのようなものでも作ろうとしているのだろうか。
「食べる彼としてはこれくらい食べやすいようにした方が、手軽ですぐ手を伸ばしたくもなるでしょうね。後はこの形でこれらを固めれば・・・・・」
そうしてチョコレートとナッツの混ぜ合わせを、用意したシリコン製の型の直方体の窪みの中に入れていく。どんなことも計算高いのが彼女のやり方だ。
真美の作ったチョコレートはもはや完成間近である。由香のような泥臭さも、千恵のような堅苦しさもなく。、こには茶色、白、ピンクの小さな丸い物体がいくつも並んでいた。さらには波のように表面がうねっていたり、緑、ピンク、黄色と言った色とりどりの小さなトッピングがちりばめられていたり、ココアパウダーや粉砂糖が振りかけられていたり、黒や白のチョコレートの縞模様が描かれていたりと、見るだけで楽しめそうなものばかりだった。
「これだけ色々種類を揃えればきっと義人君も喜ぶこと間違いなしだね。そしたら容器もお洒落なものにしないと」
そうして全てを包み込まん笑顔で彼女は仕切り入りの箱を用意する。
そして迎えた二月十四日、いよいよその時が来た。義人は相変わらずの学校生活を送っていたが、今回は違う。
これから迎える昼休みのことを考える。頭の中で音楽が流れたかのように、組んでいた足がリズムを刻むように動いてしまう。そう、遂に彼女たちの努力の成果を見せる時なのだ。何しろ三人とも本気で俺のことを思っているからな。一体その気持ちをどのような形で俺に示してくれることやら。
キーンコーン、カーンコーン
校舎中に鳴り響くチャイムの音、昼休みの時間を知らせる合図だ。この時を待っていた。たった今までの授業が終わり、すぐさま真美は声をかけてくれる。
「義人君、そろそろいいかな?」
「そうだな、場所は確か・・・・・」
「屋上。さあ行きましょ」
こうして約束の場所まで向かう。その間にも義人の足取りは軽い。
「随分うれしそうだね」
「まあね、楽しみにしてるぞ、君たち全員!」
その声はいつになく溌剌としていた。聞いていた真美も安堵の息を漏らす。もし彼が自分や他の二人のだれを選ぼうと、ようやくこれまでの状況にけりが付くわけなのだ。
屋上、そこで待っていたのは由香と千恵だった。直立不動だったり、その場を落ち着きなくうろうろしていたりしていたのだ。
「義人、来たんだね!」
「待っていましたよ」
二人は義人の姿を見て、光が差すように笑みを浮かべる。
「よしそれじゃあ見せてもらおうか、みんなの気持ちの表れを」
そして三人は満面の微笑みで義人の前に待ってましたと整列する。
「じゃあまずはあたしから」
そう言って由香は用意していた箱を差し出す。その箱の上面は丁度透明なフィルム張りになっており、中身が見える。その先に見えたのは、四角く切られてココアパウダーを塗したチョコレートの姿が。
「これは何かな?」
義人が聞くと由香はもじもじしながら答える。
「これは・・・・・あれよ。生チョコ。あたしあれから色々考えたんだけど、結局こんな簡単なものしか作れなかったの。でもアンタに少しでも気に入ってもらおうって思いだけは本物よ。それでもし受け取ってくれるならあたし、嬉しい」
そう言いながら顔を赤くして俯いている。自分への好意を恥ずかしそうに伝えてくる彼女の様子を義人は可愛く見ていた。フィルム越しに見てみると、一見四角形に切られているように見えて、実際には断面が歪な形になっていたり、等間隔とは言えないサイズに切り分けられていたり、塗したココアパウダーに斑があったりと、料理が得意ではない由香らしい部分が所々に見られる。それでも彼女が自分のことを思ってこれを作ったと考えるだけで義人は愛おしくなる。
「次は私ですね」
そう言って千恵は透明な袋を差し出す。勿論中身はよく見える。中には一口で食べられる大きさの直方体のチョコレートが入っていた。普通のチョコレートよりも色は濃く、その茶色の壁からほんの僅かに顔を覗かせているのは白にキャラメル色や狐色を思わせる色の薄皮を纏った何かだった。
「この色、それにこの中に入っているのってもしかして」
何か気が付いたように義人は言うと、千恵は少し得意な表情で答える。
「はいそうです。これはカカオ七十二パーセントのチョコレートを使っています。それから中に入っているのは砕いたアーモンドと胡桃です。こうしたものは体に良いんですよ。義人君に食べていただくのであれば、そのお体に優しいものの方が良いと考えましてね」
そのいつもの硬い表情から一転して見せる彼女の自信に満ちた微笑みに義人は感心する。そうだよな、俺のことを思っているならば、砂糖だらけの体に悪いものよりも健康に良いものを食べさせたい。それに形を見てみても、ちゃんとすぐに口に入れやすいような手軽な形になっているのも評価できる。そうして彼女のとにかく計算しつくされたその贈り物と、自分にしか見せないような表情を義人は優しい目で見る。
「最後は私~」
そういった真美はこれまた上面が透明の箱を差し出す。勿論中身はよく見える。中には仕切りが入っており、その一つ一つに収まるようにいくつもの丸いチョコレートが入っていた。それも茶色、白、ピンクと色とりどりで、上に乗っているトッピングもカラフルだったりチョコレートの模様だったりと色々だった。
「わあ、真美よくできているね」
驚いたように義人が言うと真美も笑いながら答える。
「そう言ってくれると思った。真美特製のトリュフだよ!色々な見た目のものをたくさん作っちゃった。可愛いでしょ?義人君が見て楽しんでくれるように色々頑張っちゃった。勿論食べてくれるに越したことはないけど、気に入ってくれるといいなあ」
弾けるようなふわふわした表情で笑う真美。そんな彼女の心が洗われるような無邪気さに義人の口元は緩む。真美はそうしてその場にいるだけで心が和むし、やること成すこと全てにほっこりしてしまう。さらには料理も上手で、作るものはいつだって美味しいし、工夫を凝らしたものまで作ってしまうものなのだ。そうした家庭的で気遣いの行き届いた彼女の気配りに、義人の心は和らいでいた。
「でも待ってよ」
そう言って和みの雰囲気を破ったのは由香だった。
「こんなに沢山用意したからって義人が喜ぶものだとでも?それじゃああたしの努力はどうなるのよ?」
「由香、それとこれとは違うじゃないか」
「佐和山さんのと比べて私のが地味に見えてしまうのですが」
千恵もちょっとむっとした表情になる。
「千恵は千恵で俺のことは考えているよ」
そうして義人は各々をフォローする。そうして三人は改まって義人に言い渡す。
「それじゃあ、アンタは誰の贈り物を、誰のことを気に入ったのよ」
「そうですね、ここで決めてもらいましょう」
「いったい誰と付き合ったりするのかな?」
そうして返答を求める三人。いよいよだ、義人はそんな気持ちで咳払いをして整える。
「それじゃあまず言わせてもらおう」
三人も息を飲んで静かに聞こうとする。
「三人ともよく頑張った。まさか俺のことが好きだって気持ちを自分なりに良く表現できたと思っている。どれもこれも三人の個性がよく表れているよ」
そして真剣な顔で、まずは由香に目を向け、淡々と言い渡す。
「由香、お前は中学の頃から一緒だった。その間にも俺のことを見ているから俺がどいう奴なのかはよく分かっているだろう。これからも一緒にいたい、離れたくない、その気持ちは俺も分かっているんだ。お前の努力はその気持ち故なんだろ」
そしてそのまま千恵に顔を向ける。
「千恵、君はいつだってどんなことも真面目に完璧にこなそうとしていた。それ故に表情まで硬くなっているけれど俺と一緒にいるときだけは甘えたり笑顔になってくれるだろ?そうして俺を心から信頼してくれて俺は嬉しかったし、真面目さも誰かを思ってのことだっていうのは俺もよく分かるよ」
最後に真美に目を向ける。
「真美、君は俺にとって心の拠り所になっていたし、君自身もそれが生き甲斐なんだよね?疲れている人、困っている人、そうした人たちを放っておけない気持ちは俺だって一緒だ。何かと世話を焼いてくれる君のその気持ちは無駄にせず、これからも大切にしていきたいんだよ」
「・・・・・で、義人君はいったいだれを選んでくれるの?」
真美が少し困った顔で聞く。他の二人もうんうんと頷く。
「決まっているじゃないか。みんな違ってみんないい、それぞれにはそれぞれの魅力があるし、俺としては自分のことを好きになった以上は、その全員の気持ちを踏みにじらずに大切にしたいんだ」
そして声を上げて言い放つ。
「だから俺は、三人全員と付き合おう!全員の贈り物も受け取ろう!」
自信満々に言い渡した。そうだよ、これが俺の答えだ。自分のことが好きならその全ての気持ちに応えればいい。そうしてみんなで仲良くしていけば、もう自分を取り合うようなことはする必要はない。全ては救済と平和を願ってのことだった。
けれども言い渡された党の三人は様子がおかしい。義人の声に唖然とし、しばらく何も言えずにいたのだ。そして念を押して由香が聞く。
「全員・・・・・と?」
「そう、三人全員だ」
更に真美が聞く。
「それって私たちとハーレムを作ろうってこと?一人の男性が複数の女性と結ばれるようにするってことだよね?」
「そういうことだ」
最後に千恵が少し堅苦しく話す。
「つまり私たち三人が仲良くすることを条件に、義人君が私たちと平等にお付き合いをするということですか?」
「この流れで言うと、まあそういうことだな」
千恵の質問には少しこめかみをかきながら答える義人。
だけれども何だか三人は少し納得のいかないような表情だった。ハーレム、そんなことなど考えもしなかった。恋愛は男女が一対一で行うのが普通である。それは相手がいつまでもそのたった一人だけを愛し続ける一途な思いの表れなのである。それを義人はわざわざ複数の女の子を相手しようとしているのだ。もしかしたら自分たちがこれだけ必死で彼と結ばれようとしているのに、別に誰であろうと変わらないだろうとでも思っているのだろうか。そんな不誠実ささえ感じていたのだ。そうして三人は眉を顰めて一斉に義人に問い詰めていく。
「何よ、こういうのはどっちか一人だけを選ぶのが普通なんじゃないの?どうして全員とそうしようだなんて?折角みんな覚悟を決めてきたのに」
「そうだよ、皆義人君に気持ちをはっきりしてもらおうって思っていたんだよ。よもやそんなどっちつかずな返事をするなんて」
「そもそもお付き合いならまだしも、その後のこと、例えば婚姻の件はどうなるんですか?重婚罪にでもなったらこの行為は法に抵触することになりますし、世間がどういう風に見るのやら。それを承知の上で?」
けれども義人の気持ちに揺るぎはない。尚も表情を変えずに言い続ける。
「そんなことは百も承知さ。けど皆には俺を巡って取り合いの喧嘩をしてほしくないんだよ。だからこそ誰も不平を抱かないようにするんだ。皆俺にとって大事な存在だから・・・・・」
「いい加減にして!」
義人の熱弁を破るように由香が叫ぶ。思わず義人はその場で声が出なくなってしまった。
「あたしたち全員本気なのに、どうしてアンタはいつもそうなの!?今までだってあたしたちの気持ちに適当な返事ばかりしてきたけれど、そこまでどっちつかずなことを言い渡すなんて、それで受け入れられるものとでも!?いくらアンタのことが好きだからって馬鹿にするのも大概にしてほしいわよ!」
目を固く閉じ、今にも泣きそうな表情で由香は言い放つ。
「馬鹿にするだなんて、むしろその好意を分かっていたからこそ・・・・・」
必死に弁解の言葉を述べる義人。だが、
「それで誰のことも傷つけたくなかったんですか?だから相手へのご機嫌取り程度で全員と付き合おうと?そんなことをすれば全てがうまくいくとでも思っているのなら、おめでたいものですね。幻滅しましたよ。誰のことも、傷つけて嫌われるのが怖いだけじゃないですか」
冷ややかな目で見つめながら千恵は低めの冷徹な声で言い放つ。
「そうだ、だって俺は・・・・・」
それで自分がそういう心境でいる理由を述べようとするが・・・・・。
「誰も傷つけたくないって、そんなこと言いながら結局ずるい形で傷つくこと言うんだから。何を考えているのかも分かっているんだよ。『こいつらと恋仲になるつもりはないけど、こいつらがそう思っているなら仕方なくそうなってやろう』って。そんないい加減なことされる位なら、はっきりと誰とも付き合わないって言ってくれた方がよっぽどましだよ」
真美が目を細め、眉を垂れ下げて沈んだ声で言い放つ。
「俺だってそんなことでいいのだろうかって、あれから悩んだんだ。その末に覚悟を決めたんだぞ。だから三人も・・・・・」
必死で彼女たちに説得しようとするが、彼女たちはその言葉を聞き終えないままその場から黙って立ち去っていく。手にはプレゼントしようとしていたものが握られたまま。開いた屋上の出入口の扉を通っていき、そのままギィッと重厚な音を響かせて扉は閉まってしまった。その場には三人に置いて行かれ、呆然とする義人が一人。
そんな、俺だって覚悟を決めたのに、真剣に向き合ったのに、全てを否定されてしまった。三人とも俺に一途になってもらいたかったのだろう。それであんなことを言い出して、たった一人だけを大切にしていこうという固い意志がないという風に捉えられてしまったのだ。俺はそうして誰のことも傷つけたくない一心で、結局全員の心を傷つけてしまったんだ。俺は何をしても誰かを幸せにしてあげられないだろうか。父さんや母さん、源にさえ背中を押されて思い切ったというのに、どのみち俺はこういうことになる運命なのだろうか。俺の思いは何の価値もないだろうか、誰かが俺に関わる度にその人を不幸にするような罪深い奴なのだろうか・・・・・。
こうして義人は胸の奥でそんな思いを巡らせていた。少女三人が去り、一人の少年だけが佇んでいる屋上、その遥か上空の真っ青だった空はいつの間にか灰色の厚く広い雲に覆われ始めていたのだった。
その後に申し訳程度で昼食を済ませて午後の授業に臨む義人、ずっと向こうの方で真美が座っている。けれども目を合わせられない、向けたくもない。授業こそは聞いていながらもそれ以上に心も体も重く感じる。このまま早く今日の授業が終わらないかと何かから逃げたいような思いを、義人はそれからずっと抱いていたのだった。
俺なんていなければいいんだ、そうすればきっと・・・・・。




