四章:真相
高井市立蓮堀高等学校。今日もまたいつものように生徒たちが明るく登校してくる。今日一日の学校生活に思いを馳せながら。けれどもそこにいた一人の少年はズンと重苦しい雰囲気でやってきていた。義人である。
あのSNSの投稿のことでこの上ない緊張感と不安が巡っていたのである。あいつらがあんな返信をしてきたというのなら、俺のことは少しでも疑っているような節はあるはずだ。それをどうやって和らげて疑惑を解いて貰えるようにするものか。俺のアカウントが悪用されているのならばそうである証拠が必要だ。けれどもそういうことが出来る人物で思い当たる者なんて一人しか考えられない。あいつに限ってそんなことするわけがない。そのことはいったいどう説明を付けたものなのか。そう考えながら校舎に入っていく。
「義人・・・・・」
程なく玄関で由香の声を聞いた。聞こえた方に目をやれば、そこにはいつもの四人の姿が。由香、千恵、真美、そして陽鞠、その表情は困っているような悲しんでいるような表情だった。やはり義人があんなことを書き込むなど到底信じられないのだろう。
「皆・・・・・」
義人は半ば気まずそうに、しかし顔を合わせる。義人としても不安はあるものの、きちんと彼女たちとはしっかり話はしたいところなのだから。
「皆、あのSNSの投稿は見た通りだな」
「そうだよ。あれって本当に義人がやったことなのかな?」
義人も由香も取り乱したり感情的になったりしない、極めて冷静に会話をする。
「勿論俺はあんな投稿なんて身に覚えは無いさ」
「そうですか、そうだろうと信じてはいました。念のためあなたに改めて直接確認してみただけです」
千恵も義人の返答を聞いて静かに言い渡す。
「どうやら誰かが俺のアカウントを勝手に使ってやったものらしい。あの写真も明らかに第三者が遠くから撮ったもののようにしか見えないし。俺もまさか夜中にあんなことが起こっていたなんて思いもしなかったよ」
「けどそういうことなら一体誰がどうやって義人君のアカウントにログインしてそういうことをやったかだよね。問題はその方法と動機・・・・・」
真美は義人の弁解の言葉を受け、今の問題がどういうものなのかを整理して告げる。義人の様子を見ても決して嘘をついているようにも見えないし、今義人が説明したようにあの投稿が明らかに義人視点ではなく客観的過ぎるものでしかないことは目に見え、本当に彼がやったものなのか疑問に思っていたのだ。そこから五人全員があれが義人に成りすました誰かのせいであることは明らかだった。けれどもここではっきりと分からないのがその犯人が誰なのかである。
「実は俺、自分の他に誰が自分のアカウントにログインできるか心当たりのある人物がいるんだ」
「えっと、誰なのそれ」
本当は言いたくない、自分でも信じられない、そんな思いから義人の唇はその事実を打ち明けるのを妨げるが如く重くなっていた。けれども問題解決のためにもここで言わなければ、その想いで告げる。
「・・・・・源だよ」
「何ですって?」
由香たちは信じられないとでも言わんばかりに目を見開く。
「俺がずっと家で引きこもっていた時期があっただろ?その時に俺の代わりに何かしらやり取りして貰おうと源に俺のアカウントに入るためのIDとパスワードを教えておいたんだ。多分今でもあいつはその気になれば俺のアカウントに入れると思うよ」
「それではこんなことをしたのは源君だというのですか?」
千恵が問う。千恵たちは義人が源を疑っているように捉えているかもしれない。けど違う、違うんだ。あいつに限ってあんなことするわけ無いし、そうする動機が見当たらない。俺はそう信じたいんだ。そんな思惑の中、義人は答える。
「いや、俺はそんなことが信じられないんだ。あいつは中学の頃からの親友だぞ。今だって俺たちに気を使って、陰ながら応援してくれているんだ。それを今更壊そうだなんて・・・・・」
義人は項垂れて呟く。それに答えるように由香も言う。
「そうね。あたしもあいつと幼馴染みだから分かるよ。あいついつだって義人のことを気に掛けてくれていたから」
それもまた彼女が源と長い付き合いをしているからこその事だった。けれどもどうにも説明がつかない。あんなことをアカウントの入り方を知っている源以外に誰がそういうことが出来るというのだろうか。疑念は深まるばかりである。
「とりあえず今は教室に向かおう。急がないとホームルームに間に合わなくなるぞ」
義人はどこか沈んだような、それでいて張り詰めた声で四人に告げる。
「そ、そうだね。この話はまた昼休みにでもしようか」
「はい、それなら時間はありますし」
「それじゃあ、またいつもの広場に集合しようか」
「はい・・・・・よろしくお願いします」
そうして五人はそれぞれの教室に向かっていく。義人たちは陽鞠の教室の前で分かれ、自分たちの教室へ向かわんと廊下を歩き、階段を上っていく。だがそうしている間に周りから聞こえてくる声は耳を疑うような内容だった。
「あ、見てよ。あれが例の」
「あいつら今朝もまた一緒になっているのか」
「あんなのあの男が女四人を垂らし込んでいるから、ああやって一緒にいるに決まっているじゃないか」
「ホント女を何だと思っているのかしら?『女奴隷』ですって、サイテー」
「あんな奴にたぶらかされたり言いなりになったりしてホイホイついていく女も女だ。よほどの弱みを握られて脅されているんだろきっと」
「あの子たちホント可哀想」
それは言うまでもなく昨夜の何者かによるなりすましの投稿の内容を受けての言葉だった。本当は義人がやったものではない、それなのに彼がわざわざ言い触らしたものであるのだと皆が思っている。更にはその最低男の取り巻きになっている由香たちまで変な噂が飛び火している。
「もしかしたらあの子たち、彼に媚びているんじゃないのかな?彼のご機嫌を取れば貢物でもして貰えるものとでも思ってわざわざあんなことしているんじゃない?」
「あの女どもにも下心があるわけか?だとしたらあいつらだって褒められたものじゃないじゃんかよ」
「男と女の仲ってかくも複雑で不純で拗れているものなのね。何だかどっちも憎たらしくも可哀想にも思えてくるわよ」
その話を教室に向かう間も義人たちは聞いていた。何の事情も知らずに言いたい放題している周りの人間に四人は憤りを催していた。
「何なのよ皆して。義人がそういうことする男だと思っているわけなの?根も葉もないこと好き放題言って、ホントむかつく」
「皆さん、彼が本当にああいうメッセージを彼が送ったものだと思い込んでいますからね。この誤解を解くのはそう簡単なことではなさそうです」
「大丈夫義人君?あの人たちにあんなこと言われても、私たちだけは義人君のことを信じているから。心配しないで」
由香たちのフォローの言葉を受けて、それでも義人の胸中には懸念があったのだ。
「ありがとう皆、けど・・・・・」
そう言い出して更に言い出す。
「みんなが俺のためを思って、俺が提案したハーレムに付き合ってくれていることは分かっている。けれどもそれがために自分はおろか皆の事さえこんなことに巻き込んじゃって、また俺迷惑かけているみたいだ。本当にごめん皆・・・・・」
それは嘗て自分が自暴自棄に陥り、自分がいなくなれば彼女たちは今度こそ幸せになれると命を絶とうとした義人が、それがためにまた彼女たちに面倒を掛けてしまったあの時とまた同じことになってしまったという自責の言葉だった。自分の思いに寄り添ってくれたのはありがたいが、そのために何の罪もない彼女たちをまたこういうことに巻き込んでしまった。そんな思いを抱いているのである。
「何よ、そんなことぐらい気にすることないじゃない。あたしたち約束したじゃん、アンタを世界で一番幸せにするって」
「そうですよ。義人君のハーレム計画は常人からすれば異常とも言えるものですし、世間からこうも反応を受ける覚悟はしていましたとも」
「例えどんな逆境が襲い掛かることになろうとも、私たちで協力し合いさえすれば、必ず突破口は開けるから」
由香たちは温かい言葉を義人に投げ掛ける。それはあの日義人を一生かけて幸せにすると誓い合った時のあの柔らかい表情を伴っての言葉だった。義人もこれを受けて実感する、自分は彼女たちに心から愛されていると。だからさっきも自分のことを信じてああいう言葉を口にしてくれたわけだし、こんな状況になっても自分の元から離れていくことも無い。義人にとってこれほど喜ばしいことは他に無いのである。
「・・・・・ありがとう皆」
そうして一行は自分たちの教室に向かっていった。
「これで本当に良かったんだろうか・・・・・」
そんな不安の言葉を漏らし、今の状況に対して肩を落とす源の姿がそこにあった。いくら寂しさと嫉妬のままにとはいえ、こんな学校中を騒がせるまでの事態になってしまった。あいつ今頃どうしているんだろう。もしかしたらつらいんだろうか。由香たちからも理不尽に怒りを買ってしまっているだろうか。そこを自分が彼女たちをおこぼれとして頂く。そんなことはいけないと思っていた、そのはずだったのに何で自分は・・・・・。
「まだ悔やんでいるのか?」
声を掛けられ、目を向ければ的場がいる。
「俺にアカウントの入り方を教えた以上お前も共犯なんだぞ。もう後戻りは出来ないだろ?今更自分の選択を悔いているなんてことは無いだろうな?」
図星を突かれた。けれども源は誤魔化す。
「そ、そんなわけないだろ。これであいつが戻ってくれるのならば・・・・・」
「そう来ないとな」
源が覚悟を決めていると見て的場もニヤリとする。源としても覚悟はしていたのだ。もう後戻りは出来ない。これからのあいつとの関係はどうするんだろう。あいつの親友として振る舞っておき、裏で傷ついた由香たちを慰め、「俺がお前たちの心の支えになる」とでも言って彼女たちに気に入って貰って秘密の関係を築くことになるのか。しかしそのようなことになると考えると、源は胸を締め付けられる思いがしてならない。もし万が一義人にばれたらどうしよう、そんな不安と罪悪感を伴って日々を過ごすことになるのである。
陽鞠は一人教室で考え込んでいた。
義人先輩・・・・・こんな私に対してもあんなにも優しく真剣な態度で話しかけて、私の子の能力をあんなにも褒めてくれた。そんな人が悪意のあるSNSでのなりすましの書き込みのせいで理不尽な目に遭っている。
そんな中、陽鞠は嘗ての祖母が受けた詐欺の被害の件を思い出す。また自分の身近な人が最先端の技術の悪用のせいでひどい目に遭わされている。私は誓ったはず、そうした人を助けるって。相手が誰だろうと構わない、必ずやその悪事を暴いて然るべき裁きを受けて貰うようにしなければ。そうすれば義人先輩だって報われる。大切な人を守りたい。
そんな想いを巡らせ、先程の投稿を開く。そう、この投稿が誰によるものなのかは解き明かすことが出来る。先輩を助けないと。先輩はご友人のことだって信用していた、「あいつがそんなことするわけない」って。その信じる心が正しかったと分かるようにして、少しでもあの人を安心させないと。その想いで解析を始め出す。
昼休みが訪れた。ようやく義人たち五人は例の件についてじっくり話をすることが出来る。いつもの広場に集まって皆で今回のようなことをした犯人の話をしていた。その場でもまた真美が皆のお腹を満たすためにも、そして不安を和らげるためにも、今回はバケットのサンドイッチを作って食べさせていた。その中で陽鞠は自分があの投稿を解析したというのだ。
「本当なのか?」
義人が食べかけのサンドイッチを片手に陽鞠に問う。
「はい、あの程度ならば私の手を以ってすれば何てことはありません」
その言葉に義人たちの目の前はパッと明るくなった感覚を覚えた。
「凄いじゃん陽鞠!流石未来のトッププログラマー!いや、ハッカーだった」
由香も大喜び。千恵も真美も安堵の笑みを浮かべている。彼女たちとしても変な噂のせいで義人や自分たちが悪く言われることは耐え難かったのだ。
「それでは陽鞠さん、早速そのことの真相を教えていただきましょう」
「分かりました。皆さんには分からないものでしょうが、まずこれをご覧ください」
そうして持ち出していたノートパソコンに映し出したのは複雑なプログラムの言語の羅列だった。
「何だこれは?」
「これはこの投稿がどのようなプロセスを経て載せられたのかのコマンドです。ここからこの投稿がどの端末から開いた誰のアカウントによって行われたものなのかを割り出すことが出来ます」
「これまたあたしたちには理解不能なものね」
「そうですね。けれどもわざわざこんなものを開かずとも、先輩たちでも誰の端末がアカウントを開いたのか確認する方法があります。義人先輩、スマホを」
「ああ、ほら」
そう言って義人が取り出したスマートフォンを受け取り、陽鞠はサクサクと操作を始め出した。
「まずいつも使っているSNSを開きます。そしたらこの設定のアイコンを開き、アカウント、セキュリティ、ログイン中の端末の順番に開いていきます」
そう説明しながら義人たちにその操作を義人たちに見せていく。すると数多くの端末名と型式、識別番号などが並べられた欄が四列出てきた。
「はい出てきました。では義人先輩、この中で覚えの無いものはありますか?」
陽鞠に質問され、義人は一つ一つ確認していく。
「そうだなぁ。これは今捜査しているこのスマホのものだし、これは俺のパソコンだ。それからこれは源のスマホだな。何だけど・・・・・ほら、これだけ身に覚えの無いものがある」
そう言って指さした列、陽鞠はパソコンに映し出したコマンドとそれを照らし合わせる。
「ビンゴです・・・・・。この端末の持ち主がアカウントを悪用しています」
「それじゃあこの投稿は源のものじゃないってことか」
義人も他の三人も安堵の溜息が漏れる。ひとまずこの投稿が源によるものではないことは証明されたのだ。けれども陽鞠の話は終わらない。
「けれども問題なのはこの人がどのようにして義人先輩のアカウントにログインしたかです。見てください、ちゃんとIDとパスワードを入力しています」
「本当だ!でもそんな情報どこから・・・・・」
「それに関しても調べました」
その言葉を受け、義人はおろか他の三人も驚く。
「え?陽鞠さんはそんなことも分かるのですか?」
「はい、所謂ハッキングを行いました」
「陽鞠ったらマジモンのハッカーじゃん!」
「それで何をどう調べたらその個人情報をどうやって受け取ったのかが分かったの?」
「今お見せします」
そう言って陽鞠はパソコン上にまた別のコマンドを開いた。そこには例の端末を用いたメールのアプリ上のやり取りを反映していた。その中の一つに陽鞠が注目する。
「このアプリ内のこのメールでのやり取り、この中に例のIDとパスワードを文面に書き込んだものがあります。コマンドにも書いてありますからはっきりと分かりますね。そしてこのメールの送り主から誰から受け取ったものなのかが分かります。こちらです」
そう言われて義人たちはそのメールアドレスを確認する。だがそうした途端に義人は真っ青になる。そして由香も同様だった。それは彼らにとっても馴染みのアドレスだった。
「え?まさかそんな・・・・・」
「嘘でしょ・・・・・」
「義人君、由香さん、どうしたんですか?」
「これ、二人には見覚えのあるものなの?」
千恵や真美に言われ、二人は複雑な顔つきで振り返り答える。
「覚えがあるも何も・・・・・」
「うん、アンタも知っているよね」
「そうこれは・・・・・」
「「・・・・・源のメールアドレスだよ」」
二人の口から放たれたその言葉はその場の全員を凍り付かせ、硬直させた。あの自分たちを助けてくれ、陰で応援していた源がよもや知らない誰かに義人の個人情報を漏らしていたのである。あまりに衝撃的な事実が判明し、全員がその場で目を見開いた。
「え・・・・・噓でしょ?あの源君が?義人君のIDとパスワードを勝手に誰かに教えたってわけなの?」
「お二人が身に覚えがあるのならばその通りでしょうね。しかしどうして源君が・・・・・」
五人はその場で沈黙する。義人が親友として信頼していた源が無断でこのようなことをしたのが信じられないのである。まして自分たちに色々気を使っていたことからも自分たちの幸せを第一に考えてくれていたから尚更このような事態は考えもしていなかったのである。彼らにはこの行為に至った動機が何も思い当たらないのである。そこが不思議でならなかったのだ。
「これで目星がついたことは確かです。どうしますか先輩?その人には色々聞きたいことがあるはずです」
陽鞠が改めて義人たちに語る。義人はしばらく噛み締めていた唇をそっと開き出す。
「・・・・・やるべきことは分かっている。本人に直接聞くんだ。あいつなりに何か考えがあってこんなことしたんだろうな。何かの試練のつもりか、それとも・・・・・」
義人は信じていた。源がこのようなことをしたのには事情があると。もしかしたらあいつ表向きであんなことを言いながらも、嫉妬でもしていたのか、あるいは寂しがっていたのか、そんな複雑な感情が奥深くに宿っていたのだろう。何よりも人にこんなことを易々と教えた以上、あいつが能動的にやったことではないだろう。もし今すぐにでもあいつの心に寄り添って、しっかりと腹を割って話が出来ていたら、こんなことにだってならなかったかもしれない。そんな後悔と案ずる気持ちが入り混じったものを今義人は抱えているのである。
「そうだね。この事態を収めるためにも、源には心の内を明かして貰わないと」
「決まりですね。もうじき昼休みも終わりますし、また放課後に彼に聞きに行ってみましょう」
「お疲れ様陽鞠ちゃん。また放課後に会いましょう」
「はい。今度は私が先輩たちの教室まで向かいますので、よろしくお願いします」
五人は互いの顔を見つめ合い、しっかりとした顔つきで頷き合った。こうして一同は昼休み終了間近で一区切りつけ、再び落ち合うよう約束し合って解散したのだった。
源は静かに教室から立ち去ろうとしていたところだった。そのまま校舎を出て、今すぐにでも校門から出ていきたい気分だった。速足で歩いていき、時折辺りをキョロキョロして再び早歩きをし出す。その行動は端から見れば不審者のそれであり、場合によっては自分のやった悪いことにオドオドしながら逃げていく者のそれである。そう、今の源はオドオドしているのだ。自分がやったことがどういうことなのかを自覚し、それによって今正に友人たちが大変なことになっているという事実を目の当たりにしてきているから。
もしあのまま思いとどまってあいつの申し出を断りでもしていたらこんなことは起こりなどしなかっただろう。こんなことになって、あいつらどうしているんだろう。周りの心無い噂話で深く傷ついているだろうか、あんな投稿を自分のアカウントで勝手に行ったことに憤慨しているだろうか。俺しかログインの仕方を知っていないことは分かっているから、そこから俺がやったものだと問い詰めてくるはずだ。実際は俺があいつにログインの方法を教えただけで、投稿自体はあいつがやった。けどそれでもあいつの個人情報を勝手に漏らした以上、自分が悪いことをしたことには変わりはない。もしそのことであいつに責められたら?事の真相を正直に話すしかないだろう。勿論自分が寂しさ故に衝動でこんなことをやったっていう動機も説明したいところだ。けれどそんなことをしたことで自分がやったことが許されるわけがない。もし何かしらの報いを受けることがあったら、一生あいつらから白い目で睨まれることになったら・・・・・。
考えれば考える程不安になり、そうしたことから逃避したい思いも募っていく。
「おい源!」
コソコソと去っていこうとしていたその矢先に後ろから突然声を掛けられ、源はびくりとする。聞こえた声は聞き覚えのあるものだ。その場で立ち止まり、恐る恐る後ろを振り返れば、その先の視界には彼らがいた。
「・・・・・義人・・・・・皆・・・・・」
そこには義人は直立不動で立っている。その後ろにいる少女四人、由香、千恵、真美、そして一年の陽鞠の姿もある。源は息を飲んだ。これから五人が自分にする事なんて分かっている。こんなことは出来るものなら避けたかったが、こうまで来たらそう覚悟を決めるしかない。
「な、何なんだ一体?」
「源、お前知らない奴に俺のSNSのアカウントの入り方を教えただろ」
源はハッとした。自分の仕業であることはバレるのは分かっていたが、まさかそこまでとは源も予想だにしていなかったのである。
「どうしてそんなことまで・・・・・」
源の言葉に義人は陽鞠の方に目を向けて答える。
「陽鞠が教えてくれたんだ。最高の天才ハッカーにね」
更に陽鞠が眼鏡を持ち上げて告げる。
「運が悪かったですね。ITの知識を蓄えたこの私が先輩方の仲間に加わった後に、あのようなことをしたのがあなたの失敗でした」
その言葉を述べる陽鞠の姿はいつものもじもじしたのとは全く正反対の自信に満ちたものだった。背筋が伸び、肩が開き、胸を張って相手をまっすぐに見据えている。これも義人たちに自分の特技を褒められたことによるものなのだ。そして何よりもネットワークの技術を悪用されたことで大好きな先輩が困っている、だから助けたい、そんな強い思いがあっての事でもあるのだ。
「陽鞠が色々調べてこの事実が判明したんだ。なあ、お前どうしてこんなことしたんだ?俺たち親友なんだろ?俺のハーレムを応援してくれていたんだろ?それなのにどうして・・・・・」
義人は眉を顰め、悲しげな表情で源をまっすぐ見据えて改まって問い詰める。その間にも源は義人をじっと見つめていた。源の胸の奥から罪悪の喘ぎが聞こえてきた。最早こうなっては源も言い逃れは出来なかった。この場から逃げればさらに彼らに疑惑を持たせてしまう。ここで真相を教えなくては。例えそれで自分のことを許せなくても、話せば自分の心境を知って貰える。源は覚悟を決めた。
「・・・・・寂しかったんだ」
その言葉がぽつりと源の口から漏れる。義人や他の四人も固唾を飲んで源の言葉を聞く。
「俺、お前のアカウントの入り方を、同じクラスの的場って奴に教えたんだ。あいつが言い出したんだよ。またお前と楽しい日々を過ごせるようにしてやるって。あわよくば俺も義人みたいに女の子たちと仲良くできるようにしてやるって」
「何だって?」
義人たちもその事実を受け止めて驚愕する。源が能動的にやったことではなく、的場と言う者に促されてやったことだった。義人たちは源のことを信じていた、何か事情があると確信していた、だからこそそのことを聞かされて一種の安心感を覚えたのだが、それと同時に馴染みのある人物がそうした悪意の魔の手に晒されたことから強い驚異を覚えたのである。そしてそんな彼らに向かってさらに源は述べる。
「お前を救いたくてハーレムを提案したのに、気づいたらお前はそこの四人の相手をするのに精一杯になっていて、俺の入る隙間なんてどこにも無くなっていた!俺を差し置いてこんなにも大勢の女の子に囲まれているお前のことが羨まい想いもあって、ならなかったんだ!また昔みたいに、お前と馬鹿やっていたい気持ちもあったし、お前みたいに俺もこんな可愛い女の子たちと楽しくしたい気持ちもあったんだ!そういう想いがあったものだから、あいつの申し出につい衝動的に応えちまって・・・・・」
そう事情を語りながら源はその場に両膝をつき、続いて両手をついて頭を垂れ、固く閉じた目から涙を滲ませて、叫ぶように更に言い渡す。
「馬鹿だよ、俺って奴はホントに馬鹿だよ!お前のためを思ってやったことなのに、それが巡り巡って自分で最後に壊すようなことするなんて。おかげでお前たちにもこんなひどい目に遭わせちまった!・・・・・ごめん・・・・・ホントにごめんよ・・・・・」
源の言葉を一同は静かに聞き入っていた。その後悔と罪悪の念は、その姿を見ている義人にも他の四人にも良く伝わっていた。親友を救ったはずの自分の提案が、自分自身を孤独にしていたという残酷な真実。それを目の当たりにして彼らは息を飲んでいた。
そうか、やっぱりこいつ寂しかったんだな。それだけでなくこいつは女の子に囲まれている俺のことを羨ましく思っていたりもしていたんだな。俺はずっとこいつらの相手をするのに精一杯で、全然こいつに何もやったり言ったりしていなかったな。それにこいつは前々からお調子者で女たらしなところもあったな。そう考えれば俺のこの境遇を羨ましがったりするのも無理もない。俺、やっぱりこいつのこと、放っておけないよ。
義人としても、やはり源が幼馴染の親友だということもあり、今回やったことに対して責め立てる気が起こらないのである。まして自分のせいでその親友を寂しい思いをさせてしまったとあらばそこから更に罪悪を感じてしまう。ここから自分がどうすべきか、その時の彼にはそれが良く分かっていた。
「源・・・・・」
そう源に言い出す義人。
「俺の方こそごめん」
「・・・・・義人?」
突然の言葉に源はゆっくりと顔を上げ、義人の顔を見つめる。由香たちも静かにそれを見守る。
「折角お前がこの集団の立役者になってくれたのに、俺たちお前に何の感謝の行為もせず、お前を差し置いて幸せそうにして。随分と恩知らずなもんだ。お前がそういう気持ちになるのも無理もない。そうだろ?」
義人は源のことを分かっているように言い聞かせる。そうして源を安心させようとしている。そんな彼のひたむきな言動を見守り、最初に言い出したのは由香だった。
「そうだよ。あたしたちったらすっかりアンタの事おざなりにしちゃっていたよ。アンタのお陰でこう出来ているっていうのに・・・・・」
その時の由香は両手の人差し指をツンツンと合わせて申し訳なさそうな様子をしていた。更に真美も告げる。その表情は心配そうながらもどこか柔らかく包容力のあるものだった。
「ねえ源君。そんなに寂しかったなら、あなたも私たちの仲間に加わってもいいよ。もう二度とこういうことが出来ないように、いつでもわたしたちのそばにいられるようにしてあげるから」
そして千恵もまた源に言い渡す。その表情は凛としながらも僅かな微笑みが出ていた。
「人の個人情報を流出させた以上は、あなたのやったことは決して許されるものではないでしょう。けれども今回の件を反省しているというのであれば、その償いのためにもあなたには私たちの活動に協力して貰います。覚悟は出来ていますね?」
そして義人が皆の方を見渡して言う。
「俺たちのハーレムは、誰かを仲間外れにするための場所じゃない。みんなで支え合うための場所だ。お前も一緒に、飯食ったり馬鹿を話したりすればいい。陽鞠、君だって異論はないよな?」
陽鞠の方を向いてそう問う。その時に陽鞠が見た義人の姿はいつにも増して崇高で気高いものだった。例えどんな悪事を働いた者だとしても、相手を一人の人間として扱い、迎え入れる。そうした受容の精神に陽鞠は感銘を受けるばかりだった。そして先程までの源への冷徹な視線が和らぎ、にこりとして義人の問い掛けに答える。
「ええ、それでこそ義人先輩です。そうした態度でいてくれなければ今頃私も皆さんの輪の中に入っていなかったことでしょうし、他の皆さんが迎え入れるというのであれば私もそうせざるを得ません。私のこの技術を源先輩のためにも使いたいですし」
そうした五人の言葉を受け、源はゆっくりと立ち上がり、涙を拭う。
「ありがとう皆。もしこのハーレムで俺に出来ることがあるならば、どんなことでもやろう。それが唯一の罪滅ぼしになるから」
こうして源の心の蟠りは消え、義人にしたことへの謝罪の元に彼らとの和解を果たしたのだった。
「なあ陽鞠、こう来たら後はやるべきことは一つだな」
「はい。源先輩のためにもここで一つケリをつけなくては」
義人に言われ、陽鞠もしっかりと決意を固めた。今こそ裁きの鉄槌が振り下ろされる、その瞬間だった。




