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一章:遭遇

 高井市立蓮堀高等学校。ここでももう既に春が訪れていた。薄いピンクの花びらが散り、そこにいる生徒たちもうきうきしているように見える。そしてそれはとある男女とて例外ではなかった。

 新学期を迎えて早くも一週間が経とうとしていた。それでも新鮮な気持ちは冷め止まない。彼らはその春が訪れようとしている直前に誓いを立て、そのもとに一緒にいようとしていた。新学期を迎え、その想いに運命が寄り添ってくれたのだろうかというイベントが発生したのである。

「本当に良かったな。俺たち四人同じクラスになれたよ」

「マジで信じられないよ。大好きな義人と一緒のクラスだし、他の二人も一緒ならばこれで皆で義人のことを支えていけるし」

「そうですね。これも運命の導きでしょうか。最早私たちの絆は固く、誰であろうと壊すことはできないでしょうね」

「神様からのお告げかしら?私たちのことを祝福しているんだろうね。『お前たちはこれからも一緒に幸せになるんだ』とか言っていたりして」

 放課後の時間、そうして楽しげに話していたのは豊田義人、三木野由香、俵千恵、佐和山真美だった。彼らは前の学期まで一年近くあまりいい関係にはなかったのだ。由香、千恵、真美の三人は義人のことが大好きだった。それがために彼を巡って争い競い合いをしていたのである。義人は三人全員の気持ちに応えようとして全員と付き合う選択肢を取ろうとするも、不誠実にも見える提案を一時は拒否されてしまった。けれども彼が彼女たちをがっかりさせた自分に失望、そのまま我が命を断とうとしたところを三人は助け出したのだ。そして彼の面倒を見ていく内に彼女たちはお互い彼のことが好きなだけで、相手から奪って悲しませたいわけではないことを理解。そのまま彼を好きになった者同士で意気投合したことで、三人全員が義人の彼女になれたのである。

 そんな関係を続けて時が経ち、とうとう彼らは二年生に。一学期を迎えてクラス決めがされた際、何とこの四人全員が同じクラスに入ることになったのである。これは彼らにとっても願ってもいないことであり、それが判明した際には互いに抱き合い、涙まで流しながら喜んでいたのである。

「それにしても源が同じクラスじゃないのはちょっと残念だったかもな」

「別にいいじゃない、アイツに関しては会いたいときにいつでも会いに来るんだし」

「今の義人君は私たちの相手をするので精一杯ですし、彼にはあまりちょっかいを出して貰うと少し困ることがあるかもしれませんし」

「まあまあ、せめて彼が『よう、憎いねえ』とか『お幸せに』位の声掛けをしてきたら、その時はご愛嬌といった感じかしらね」

 そう、今回のクラス決めでも大谷源は義人はおろか、他の三人とも別のクラスになってしまったのだ。それでも四人は残念がりはしながらも、ガッカリするような様子は一切なかった。勿論こんな会話は本人の前ではしないようにと心掛けてはいる。源もああ見えて結構繊細であることは皆分かっているのだ。

 とはいえ、四人も最近源の様子に変化があることは知っていた。月下氷人にはなったけど、そんな彼がしていることはあくまで陰で見守るだけ。こちらから声を掛けてもあまり絡んでくることもなく、それとない言葉を掛けるだけである。やはり彼としても自分なりに気遣いはしているのである。

「それはそうと義人君」

 それもつかの間、千恵が藪から棒に義人に問いかけてくる。

「何だい千恵?」

「義人君は、その・・・・・、胸の大きい女性はお好きですか?」

「え?」

「「え?」」

 突然の質問に義人はおろか由香も真美もきょとんとしてしまう。

「何でそんな質問をするんだ?」

「いえ実は、私聞いたことがあるんです。男性というのは、胸の大きな女性を好む傾向があるのだと」

「いやアンタ一体どこからそんな情報を・・・・・」

 由香も呆れて言う。

「それで思うんです。私の胸、由香さんや真美さんと見比べて小さいような気がするんですが・・・・・」

 そう言って千恵は由香と真美の胸元を見て、その後に自分の胸元を見つめる。義人も由香も真美も見比べてみる。まずは真美。その膨らみは確かに誰がどう見ても目立つ程のものである。そして由香。真美程ではないが、これまた綺麗な真ん丸な形をしている。対して千恵。彼女の膨らみはあるにはある。けれどもそれは確かに他の二人のと比べても・・・・・少し足りない。少し先がツンとしているだけのやや深めの皿型なのである。千恵はこうした由香たちに見劣りする胸のボリュームをずっと気にしていたのだ。いくら自分も義人と付き合った女とは言え、もし彼に気に入られなかったらどうしようと思っていた。けれどもそんな彼女の心配は過剰なものでしかなかった。

「バッカ、何言ってんのよ。確かにあたしや真美に比べれば小さいわよ。でもだからと言って義人がそんなことでアンタを拒絶するとでも?でしょ義人?」

「そうだな、別にそんなことは関係ない。だって俺、自分のことが好きになったお前たちを平等に愛していくって決めたんだし、千恵のそういうところもまた魅力の一つだと思っているから」

「本当ですか・・・・・?なら何よりですよ・・・・・」

それを聞いた千恵は安堵の溜息をつく。

「フフ、千恵ちゃんたらそんなこと気にしていたの?今みたいに突拍子も無いこと言い出しちゃうし、意外に天然で何だか可愛い」

「止めてください、今思い返すと恥ずかしいです」

 千恵は少し顔を赤らめてそっぽを向く。三人の目で見てもその姿もまたどこか可愛らしく見えていたのだ。

「しかしまあ男は胸の大きな女性が好き、か。本当にそんな情報どこで知ったのか。それって医者になるのと何か関係でもあるのかな?」

 義人がそれと無く聞く。

「医者になるのは関係ありませんが、私はいつだって色んな情報を得ることにそつが無いだけです。図書室に立ち寄っては、勉強の合間に色々な情報の本を読んでみているんですよ」

 続いて由香も真美も言う。

「アンタも物好きよねえ優等生ちゃん。あたしにもそれだけの知識を得る意欲があればねえ」

「ねえ、だったらそういう情報が載った本とか紹介してくれないかな?」

「まあいいですよ、それじゃあ図書室に行きましょう」

「やれやれ、ちょっとしたことで一緒に図書室に行くことになるとはねえ」

 義人は少し呆れた様子を見せつつ三人とともにその場から立ち上がって教室を出ていく。こうして一行は図書室に向かっていった。






 図書室。どの学校にも必ずあって当然の部屋。ここにいる生徒は本やその貸し出しを管理する図書委員をはじめ、本を読んだり借りたり、そうでなくとも勉学の場として利用している者もいる。そこの本棚に並んでいる本は勉強に関するものだけではない。時には色々な知識を書き留めたものもある。そしてその中には千恵が呼んだという本もまたある。そのタイトルが・・・・・。

「『男女の心理』・・・・・」

「そうです、これです」

 千恵はその自分が読んだことのあるという本を、義人たちを図書室まで連れて見せているのである。

「この本をお前が読んでいたということはもしかして・・・・・」

「そうです、全てはあの日から義人君の心をどうやって掴むのか、その方法を探りだすためです」

 千恵は淡々と答える。そう、彼女は義人の優しさに触れ、これからも彼と一緒にいたい、自分の男になってほしいと願っていたがためのことなのである。

 彼女は医者になりたいという以前に、こうした得られる知識があればどんなものでも吸収しようとする性が昔からあるようなのである。そのために医者になるために必要な知識以外にもこうした教養を得ることで、その後の人生が豊かになると信じて疑わないのだ。この事実を受け、三人は只々驚く限りだった。

「何か、すごいな千恵。いくら俺に振り向いて貰いたくてとはいえ、そのためにこういうこともいとわないんだな」

「本当にびっくりしちゃった。しかもこの本、ぺージ開いただけでも相当な数の文字が書き綴られているよ。あたしだったらこんなの見ているだけでも目が眩みそう・・・・・」

「千恵ちゃん、正しい知識を得るために頑張ったんだね。けどさっきの胸の大きさで敵わないっていう話なら、義人君のために他にどんな方法を取るつもりだったわけ?それもこの本に載っていること?」

「そうですね。例えば百二十四ページを開いてください」

 言われてページを開いていく。

「ここに書いてあります、『男性はか弱い女性を守りたくなるものだ。』と。あの時だってそうです。義人君、いつもやせ我慢ばかりしていた私に寄り添い、甘えるように言い聞かせてくれたんです。それ以来私は彼にだけ自分の弱い部分をさらけ出すことが出来たんです。その逆パターンとして、ひたすら不安になったり弱音を吐いたりする姿を見せれば、義人君はそんな私をさらに心配して、私のことを守ってくれるに違いないものかと考えたんですよ」

「成程。俺も散々千恵の悩みを聞いたり、困っていることがあれば助けたりしたもん。確かにその時千恵は俺のことをとても頼りにしてくれていたっけ」

「まさかそれも全てアンタが義人の心を掴もうとして取った計算高い行動だったわけなの?随分とあざといじゃん」

「あ、あざといだなんてそんな」

 由香から悔しそうでも冷ややかでもない、少し弄ってくるような、それでいて微笑ましい様子で言われ、千恵はまたもじもじとする。けれどもすぐにいつもの真顔に戻って更に言う。

「とはいえ、私がこういうことをしていたのも全て一つの成功を収めるためだったのです。それは何であろうと同じです。医者になるにしてもその資格を得る必要があります。それも全て正しい知識を身に着け、実践において失敗をしないようにするため。さもなくば取り返しのつかないことになってしまいますから」

 熱弁する千恵の姿を見て義人も静かに答える。

「そうだな、本当に千恵は頑張り屋さんだ。成功と勝利のためなら努力も惜しまない、そのお前なりの努力が勉学なわけだな」

 義人がそう言うと、思いもしないような人物が納得して続けて言う。由香だ。

「何かそれ分かるような気がする。バレンタインのチョコのこと覚えているよね?あの時あたしも義人に気に入られるようなチョコを作るためにどうしたらいいのか、一生懸命チョコのレシピ本を読んだっけ。その時のあたしも義人に気に入られたいって気持ちで一杯だったね」

 続けて真美も言う。

「そうだね。かのアリストテレスもこう言っていたもん、『人は生まれながらにして知ることを欲する』って。私たちは赤ちゃんの頃からどうすれば大人のように二本の脚で立って歩けるようになれるのかって疑問に思って、一生懸命にそうしようとする。そうしてコツを掴んでしっかりと立ったり歩いたり出来て、そして今に至る。そうやって私たちは出来ることを増やしていっているわけだね」

「正にそういうことです。だからこそ私たちもこうして高校に通って勉強しているわけなのですよ。覚えることは色々あります。英語の読み書き、計算の仕方、自然や社会の仕組み、そうして私たちは世を渡っていけるように色んな知識を身に着けているんです」

 千恵はそう言って全てを纏める。そして由香の方を見て改まって言う。

「だからですよ由香さん、あなたも義人君に気に入られて、一緒にいられるようにするためにも、日頃の勉強にもっと打ち込んでもいいのですよ」

「そうだぞ由香。俺だってあの時休んだ遅れは取り戻せたんだから、お前にも頑張って貰わないと」

「こりゃ一杯食わされたわね。でもまあそういうことならあたしも頑張る。二年生になって、後輩になりうる子も入ってきたわけだし、それに恥じないようにしなくちゃね」

 由香は少し照れ臭そうに言い返した。こうして四人はそれぞれ違うタイプの人間同士で交流を行う機会を作ったことで、お互いに自分の世界が広がり、やろうとしなかったことにも挑戦しようとするようになったのだ。これもまたハーレムという集団を作り、協調し合ったことによる結果なのである。この様子を見ている義人は改めてみんなが仲良くしていることを心から祝福しているのだった。

 そんな中、千恵はふとこんなことを言い出す。

「後輩と言えば、新学期が始まって早々に、この図書室の本を利用し始めた子がいました」

「へえ、一体どんな子なんだ?」

「今日も来ているかもしれませんが、たしかあの席にいつも・・・・・」

 千恵はそう言って部屋の隅の方の席に目をやる。他の三人もその方に目をやる。するとどうだろうか、千恵が言った通りその席には一人の少女がポツリと座っていた。体躯は年下らしい由香たちよりも小さなもので、楕円形の優しい丸みを帯びた眼鏡をかけており、長い髪を後ろで縛っている。そしてその手に本を取っており、真剣な眼差しで静かに見つめていた。

「あ、あの子ですね」

「へえ、入学して早々にここの本に手を付けるなんて、物好きもいたものなのね」

「一体どんな内容の本を読んでるのかな?千恵ちゃんと同じ位勉強熱心な子なのかな?」

 由香も真美も興味津々に彼女を見つめる。

「あの子のことはいつも見かけます。いつもああやって一人でいて、物静かで、それでいて寂しそうな雰囲気を出している。やはり周りの空気に馴染めないのでしょうか」

 千恵のその言葉を聞いて義人の中から何かが込み上げてきたのだ。只の読書好きの一年生と言ってしまえばそれまで、しかしその一方で周囲の賑やかな新年度の空気がために彼女は切り離され、頑なにその本の世界に隔離されている。この世界を分かってくれる人がいない。そんな想いを胸に抱いて心を閉ざしているのだろうか。もしこのままずっと一人でいることになったらどうなるんだろう。義人にはそんな想いが募る。それは彼の誰であろうと放っておけない優しさ故のものであるのは明確だ。

「なあ皆、ちょっと彼女に話しかけてみようか」

「「「え?」」」

 突然の義人の提案に三人は一瞬戸惑った。だがそれも彼の性が故のものであることをすぐに理解した。

「やれやれ、それでこそ義人って感じかな」

「そうだね、ああやって寂しそうにしている子がいたら放っておけない。それが義人君だもん」

「私も気になります。彼女が何をああやって夢中にしているのか、それを知って理解すれば、彼女も幸せになれるかもしれません。行ってみましょう」

 こうして四人はアプローチを掛けてみる。






 そうして近づいてみると、その容姿はより一層具体的に四人の目に飛び込んでくる。顔は柔らかみが感じられる位に少し膨らみがある。小さな口と鼻、少し長めの前髪、そして掛けている眼鏡の先には少し瞼が下がって、所謂ジト目の状態なのだが、顔に対して確かに大きめである。あの目が見開いたら相当真ん丸な瞳が見えるはずだろう。手は指の先まで繊細でそれでいてこじんまりしている。そして氏の両手でしっかりと持っているのが本。その本の表紙に架かれている題名を見てみるとこう書かれている。

『詳解システムパフォーマンス』

 そして読んでいるそれのページを覗き込めば、そこには様々なソースコードや暗号のようなコマンド、網の目のように張り巡らされたネットワークの構成図がびっしり並んでいた。これを見ていた義人や由香、真美はおろか千恵さえもその解読が容易ではない内容に静かに圧倒されていた。

 そうして様子を見ている間にも彼女はこっちを見向きもしない。こちらの気配を感じていないのか、相当な集中力で読んでいるのだ。何も外部からの刺激がない限り、彼女は黙々とそれを読んでいる。これが由香のような性格であれば読み始めて一分もしないうちに投げ出してしまうだろう。けれどもそれを彼女はこの時間までずっと読み続けているのである。ましてその内容がとても高校生が理解できるようなものではないのがなおのこと驚きである。一体何が彼女をここまで夢中にさせているのだろうか。四人は次第に気になり始めていた。そして義人が一言。

「なあ、それってITの本みたいじゃないか」

「ひうっ!」

 突然声を掛けられて彼女は猫のように驚いてその場で肩をすくめる。眼鏡越しに大きく丸い瞳が覗き込み、義人の方をじっと見つめる。

「な・・・・・何なんですかいきなり?私はただ本を読んでいただけです」

「そんなことは分かっているよ。只その内容があまりにも複雑そうだからさ。入学して間もない子なのに、良くそんなのが読めるなって感心してみていたんだよ」

 これに続いて由香も千恵も真美も本のページを覗き込んで口々に言い出す。

「本当よ。こんなに文字はおろか数字や記号ばっかでさ、あたしだったら読んでる内に寝ちゃうレベルだよ」

「これはサーバの構築や最適化に関する技術書ですね。基本情報技術者試験どころか、現役のインフラエンジニアが読むようなレベルですよ。あなた、これを理解して読んでいるのですか?私でもさすがに把握し兼ねてしまいますよ」

「いえ、これは・・・・・」

「うふふ、新年度に入学して早々にこんな本読んでいるなんて凄いね。こういうのそこまで好きなのかな?そういうことにここまで熱中できるなんて偉い偉い」

「全くだ。良かったら俺たちにも簡単にでいいから教えてくれないかな?」

「えっと・・・・・、その・・・・・」

 こうして四人に口々に褒められていく。この様子は決して馬鹿にするでも自分を異様な人間として扱うようにも見れない。彼らは心から彼女を尊敬しているのである。たかが高校一年生の女の子がここまで出来ることにひたすら感心するばかりだった。

 けれども彼女はそうした賞賛を受け、自分を偉いように言っていることは彼女のメンタルにはどうしても負荷が掛かってしまう。今まで自分は己が信じていた道を只ひたすら突き進んでやってきたのである。その間にも家族以外でそんな自分のことを理解してくれるものなど到底いなかったのだ。自分のことを普通とは違う人間のようにしか見れず、取っ付きにくくてどうにも扱いづらい。そう言ったことから彼女は心から信じられる友達もろくに作れなかったのであるし、自分も作ろうともしなかった。それがどうだろう。そんな自分のことを心から褒めてくれる人たちが現れたのだ。まして相手はどこにでもいる、集団で和気あいあいとしている関係の者同士の集まりなのである。自分とは程遠い存在の人たちにいきなり声を掛けられ、よもや自分のやっていることを褒めて興味まで示してきたのである。これまで彼女はそういうことなど滅多になく、そうされたときにどうしたらいいものなのか自分でも良く分からなかったのだ。

 こうして彼女は義人たちに褒めちぎられた末に顔中を染め、目も口も開いたまま狼狽していく。そしてこれが相当応えてしまったのだろう。突然その場で読んでいた本をパタンと閉じ、ガタリと立ち上がった。

「す、すみません!そうしたいのもやまやまなんですけど、それでもあなた方にはこの内容は良く分からないかと。この世界のことについて誰だろうと理解できそうもありませんし、そんなものに熱心になっている私のことだって誰も理解してくれませんし、私だって普通とは違う人間ですのであなたたちみたいな人相手にどうしたらいいのか分からないんです!」

 突然のもじもじしていたしゃべりが嘘のような早口に変わる。相当慌てているものと見えた義人たち。

「大丈夫だよ。俺たちだったら真摯に受け止めるし、内容が分からずともそんなことを理解できる君への尊敬は変わりないから。だから・・・・・」

「いえ、もういいです。さようなら!」

「あ、ちょっと待って!」

 顔から火が出る勢いのままに義人の言葉を振り切って彼女は閉じた本を抱えてその場からスタスタと去ってしまう。義人たちはその姿を立ちすくんで只ひたすら眺めていた。

「あーあ、逃げてっちゃった。いつも一人で本を読んでいる子なんでしょ?人とどう接すればいいのか分からなかったんだね」

 由香は少し憐れむような呆れるような表情で彼女が去っていった先をずっと眺めながら言う。

「逃げてしまいましたが、あの表情は別に嫌がっていたような表情ではありませんでしたね。むしろ完全に恥ずかしがっていた表情でした」

 千恵もまた同じ表情をしながら彼女が座っていた席を見つめる。

「うふふ。あんなに褒められて照れちゃうなんて、可愛い後輩ちゃんだね。でも、あんなに一生懸命になれるものがあるなんて、やっぱり放っておけない素敵な子だね」

 真美がほっこりした笑顔で言う。

「しかしまあ困ったものだ。あの子はどうも対人関係に疎いところがあるし、こっちから只近づいたところで逃げてしまうとあったらどうアプローチしたらよいものか」

 義人は考え込む。義人としてはどんな人間であろうと、弱かったり苦しんだり悲しんだり寂しそうにしていたり、そうした者、特に女の子を放っておけない質なのだ。そしてそのことは他の三人も良く理解している。だからこそ義人がどうにかしようとしている想いに応え彼を助けるためにもこのことは人ごとのようには考えようとはしないのである。義人と一緒に三人も考え込んだ。

「それにしてもあの子の勉強していた内容も凄かったな。ネットは日頃から俺たちも利用しているものではあるけど、まさかあそこまで複雑なものだったなんてな」

「そうですね。そうした私たちにとっての当たり前を作っているのが、ITエンジニアなわけですね。あんな複雑なものを知識として身に着け、それを人々の生活を支えるレベルに昇華するだなんて相当なものです」

「ねえ、もしかしたらあの子もそういう人の役に立てることをしたくて勉強していたんじゃないかしら?」

「間違いないよ。そうでなかったらあそこまで一生懸命に真剣になんて出来るわけがないし。その辺りも聞きたいところだよね」

「只俺たちがそれをあの子自身から聞き出すにしてもそのことをどうアピールするかだよ。何かあの子がそういうことを知っていることで、いると助かるとかそういう気持ちを伝えられる何かがあればいいんだけど」

 義人がそう呟く。そう、ITの世界は今となっては世の中のインフラを支えている超が付くほどの重要コンテンツ。何の役にも立たないわけがないのだ。それを勉強している彼女とて同じこと。自分たちだって君のことを必要としているんだと分かって貰うようにしなければならないのである。その話の種が自分たちの生活の中にもある。それでアプローチを掛けられないか。それを四人で考えていた。

「あ、そういえばさ・・・・・」

 ふと由香がハッとしたように何かを言い出す。

「あたし最近スマホで動画見ているときにそれがカクついて見づらいことがあるのよ」

 続いて千恵が言う。

「それを言うなら私のノートパソコンも、新学期からSNS通知設定がおかしいもので」

 更に真美も言う。

「私もブログやっているけれど、今のセキュリティのままだとどうなのか良く分からなくて」

「そうか、そういうことならあの子に聞いてみたらわかるかもしれないな」

 それらを聞いて返す義人。と、ここであることを思いついたのだ。

「そうだ!それならあの子に聞いてみよう。これはあの子に心を開いて貰う絶好のチャンスになるかもしれない」

「それいいわね。自分たちの悩みも解決できるし、一石二鳥だね」

「それなら話題を持ち込むにはいい方法でしょうね。彼女の得意分野であればお互いに幾らでも話は弾むことでしょうし」

「そうだね。それで自分は人から求められていることを理解して貰えれば、あの子も私たちと一緒にいたいと思えるものね」

「よし皆、そうと決まればそうしよう。今回のところは彼女は逃げて言っちゃったし、また明日この時間帯に、それぞれの端末を持って集合だ。いいな?」

「いいわよ!」

「了解しました」

「うん、明日が楽しみだね」

 こうして四人はその場での作戦会議の後、ITを勉強している後輩に少しでも自分たちと仲良くできるようにして貰うための作戦を立て、それに向けてそれぞれが準備をすることとなった。そうして四人は意気揚々と満足したように図書室を後にしていったのである。

 その様子を遠く離れた本棚からオドオドと隠れて眺めていた一つの影が。あの後輩である。

「・・・・・ようやく行った」

 彼女としても本当であれば彼らとは仲良く出来るものならしたかったのである。けれども仲良くなったところでどうしていけば良いのか分からない、そんな今後の心配もあったのだ。先程も本人たちも言ったが、自分がこんなことをしていることを深く感心していた。そして尊敬していた。あの人たちとなら上手くやっていけるかもしれない、心の底ではそう思っているのである。でももしそんな自分が面白くない人間のように見えたらどうしよう、そんな不安もあったのだ。そのことにいつまでも怯え、友達付き合いもまともに出来ずにいる自分が情けない。その事実を彼女は噛みしめ、読んでいた本を強く握りしめながら俯いていたのだった。


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