第五話 初戦はドラゴン?
「じゃ、早速鍛錬に移るぞ。 すぐ動けるよう準備しとけ」
そう言って一人だけ前に進むスカー。
充分に距離を取った後、天をなぞるように魔力を垂れ流す。
暗雲。
晴天から絞り出された薄暗い雲が、やがてその青空から色を奪った。
そして、
「《龍を呼ぶ声》」
詠唱とともに一閃の雷が大地を穿つ。
立ち込める粉塵は竜巻を成し、その中で一匹の怪物が産声を上げた。
「おい、あれって…」
そう漏らす慎吾の頬には冷たい汗が流れている。
魚の鱗のような肌。
蛇のように長い尻尾。
短い四肢には人一人を優に超える鉤爪が三本ずつ生えており、背には翼、口の中には鋭い牙が顔を見せていた。
「武力値3000、魔力値1000で作ったドラゴンだ。 一時間凌いでみろ」
「「「「武力値3000!?」」」」
慎吾たちは思わず声を上げる。
「ちょっと待てよ! あんたさっき俺らを守るのが役目とか言ってたじゃんか!!」
「うるせぇなぁ。 即死の攻撃だけは最悪防いでやる。 だからつべこべ言わずやりやがれ」
「即死の攻撃って…、私と苳也さんは戦闘要員ですらありません! 慎吾さんたちだってまともに受ければ死んでしまいま………」
「黙れぇ!!!」
突如声を荒げるスカー。
その勢いに体がびくりと震える。
「テメェらは戦場でもウダウダ言うつもりか!! テメェらにとってこの一ヶ月はなんだったんだ!!」
明らかに怒りからくる声だった。
しかし、美久の言葉は正論そのもの。
一ヶ月鍛えたといっても彼らはまだまだ素人同然。
つい先日あった定期制のステータス鑑定でも、トップの慎吾や蓮ですら実戦値で2000にやっと届く程度だった。
それを考えれば武力・魔力の合計値4000など戦っていい相手とは思えない。
しかし、それでもスカーは強制した。
「グォォォォォ!!!」
響き渡る咆哮。
赤い光を口内に宿し、慎吾たちへ照準を合わせる。
「広範囲の火炎放射……! みんな逃げて!!」
そう苳也が言い切ると同時に解き放たれるドラゴンの炎。
一瞬で距離がゼロになるほどの速度。
彼らのシルエットを丸々飲み込む炎の嵐が迫る。
「クソッ、《水流領域》!!!」
逃げられない。
真っ先にそう割り切った蓮は刀を地面に突き立て、周囲に水の領域を展開した。
しかし、
「重…すぎる……!!」
耐え切れるはずがなかった。
どれだけ踏ん張っても突き刺さった刀ごと後ろへ、さらに後ろへ押されていく。
「苳也さん! 蓮さんに魔力を!!」
「う、うん!」
美久たちが蓮の背に手を当てありったけの魔力を流し込む。
だがそれでも足りない。
「慎吾さんも早く!!」
呆然と立ち尽くす慎吾。
そんな彼に向かって美久は死に物狂いで呼びかけた。
やっと我に帰った慎吾も急いで蓮の背に手を当てる。
ところが、
「え…。 な、なんで!?」
どれだけ振り絞っても蓮の体に魔力が流れていかない。
それどころかその背と自分の手のひらの間で、漏れ出た魔力が火花を散らしていた。
「熱ッ! 慎吾、真面目にやれってマジで!!」
「真面目にやってるって!!」
無論慎吾は蓮を攻撃しようとして魔力を放ったのではない。
自分の体を巡るのと同じように、ただ魔力を流そうとしただけだ。
なのに、うまくいかない。
「どうなってんだよ…」
いや、こんな状況で悩んでも仕方がない。
慎吾は蓮から手を離して両手を構える。
「まだ痛いからあんまやりたくないけど、仕方ない!」
———パンッ!
喝采とともに勢いよく手を離す。
両の手のひらには、一本の炎の柱が立っていた。
「《獄炎刀》!」
一方を端を握り、振るう。
荒い炎を振り切って残った炎は、やがて刃の形を成した。
これが《獄炎刀》。
炎系統の魔法をもとに召喚勇者シアンが開発した魔力の形。
切先の魔力を圧縮することで極限まで薄くし、高熱高密度で物体を切り裂くことすら可能にした刀だ。
「蓮! もう少し耐えててくれ!」
「待て、何する気だ! 慎吾!!」
蓮の静止も聞かず、慎吾は領域を出る。
「行くぞ———」
ひたすら駆ける慎吾。
その刃は真っ直ぐ、ドラゴンの太い前足へと向かっていた。
「グルゥ、グォォォォォ!!!」
それに気づいたドラゴンは大きな翼で空高くへと羽ばたき、炎を真下へ向けて放つ。
一瞬にして地面は炎の渦に飲み込まれた。
「慎吾さん!!」
美久の悲鳴が響く。
しかし、慎吾は死んでなどいない。
「いきなり…、飛んでんじゃねえ!!」
彼の声が聞こえたのは上、空からだ。
全員がドラゴンに目をやる。
その前足に、いた。
獄炎刀を突き刺してしがみつく慎吾の姿が。
「俺らが注意を引くんだ!!」
瞬時に指示を出す蓮。
三人はあるだけの魔力を振り絞り、限界まで肥大化させた《魔弾》を撃ち込む。
「グルォォォォ!!」
ドラゴンも応戦。
吹き出した炎と《魔弾》がぶつかる。
が、三人がかりとはいえ基礎魔法。
当然打ち勝つことは叶わない。
だが…、
「これで、いい!!」
その一瞬。
意識も攻撃も蓮たちに向いたこの瞬間を慎吾は見逃さない。
「ナイス蓮! これなら…!」
両足の裏に炎を集中。
ドラゴンの肌と自らの足との間に《火球》を生み出して爆破。
推進力に身を委ねるとともに突き刺した刀を軸に身体を思いっきり捻って飛び上がる。
「《獄炎刀》!!!」
———パンッ!
天高く舞う慎吾。
回転しながらの自由落下で力を溜め込み、ドラゴンの首筋へ狙いを定めた。
「食らえぇ!!!」
叩き込む。
速度、重さ、全てを乗せた渾身の一撃が、ドラゴンの首元で火花を散らした。
しかし、
「グルァァァァ!!」
「硬ッ……?!」
その刃は通らない。
鱗の凹凸が衝撃を殺し、分厚く弾力のある皮膚が斬撃を押し返していた。
たちまちドラゴンは蓮たちに興味を失い慎吾を睨みつける。
「しまった………!」
ドラゴンは鞭のように身体をしならせ慎吾を空中へ放り投げた。
大口を開き、溢れる炎を慎吾へ向ける。
「蓮君あそこ! 口の中だ!!」
「クソッ、間に合え!!」
直後刀を構える蓮。
雷に変えた魔力をまとわせ、全力でぶん投げる。
「《迅雷》!!」
その刀は寸分の狂なくドラゴンの口へ飛び、口内に突き刺さった。
「グギャァァァァル!?」
さらに駆け巡る電流。
唾液で濡れた口内は一瞬でその雷を拡散し、自らの主の意識を奪う。
その隙に立て直す慎吾。
両手を大きく広げ、再び魔力を集約した。
「今度は全力をぶち込んでやる!!」
それぞれの手に痛みのギリギリまで魔力を溜め、合体。
一つの巨大な《火球》を生み出した。
「《極大・火球》!!!」
解き放たれた慎吾の炎。
そのサイズは今までの比ではなく、ドラゴンの顔すら飲み込むほどだった。
しかし、肝心のドラゴンがそれに気づけたのは己の視界を覆われるほど接近されてからだった。
「グアァァァァ?!」
ただでさえでかい図体だ。 避けられるはずもない。
先ほどまで慎吾を狙って開かれていた口に、彼の《火球》が押し込まれていく。
「口の中、内臓までは硬くないだろ!!」
———ドンッ!!
辺りに響く衝撃、爆音。
鼻や口から立ち上る物々しい黒煙がドラゴンの首から上を取り囲んでいる。
やがてドラゴンは意識を保てずに白目を剥き、ゆっくりと地面目掛けて落下し始めた。
「やった……落ちてるよ!」
「バカ野郎! それより慎吾だろ!!」
浮かれる苳也。
驚嘆する美久。
その中で唯一、蓮だけが慎吾の落ちてくるであろう場所へ向かって駆け出していた。
「《魔弾》!!」
走りながらの生成。
まだ魔力の歴が浅い蓮は力加減ができているかまで考えてる暇はない。
そこで彼は夢中で走り作り出したその《魔弾》を、地面に向かって撃ち込んだ。
「うわっぶねぇ!」
爆風が吹き荒れる。
しかし、本来であれば攻撃にあたるそれが慎吾の落下とぶつかり合い、逆に速度を殺してくれた。
顔面から落ちて地面に埋もれる慎吾。
だがそのまま落ちるよりも遥かに衝撃は軽かった。
実際砂まみれではあるものの、顔には僅かな擦り傷しかない。
「よかったぁ…。 お前、一人で無茶すんじゃねぇよ!」
———ポコッ。
頭を小突く蓮。
慎吾は痛がりながらも笑っていた。
「慎吾さん、大丈夫ですか?!」
「慎吾くーん!」
遅れて美久と苳也もやってくる。
二人とも大して怪我はない。
よかった。
慎吾はほっと一息つく。
「すみません。 私、何もできずに…」
「僕もドラゴンが倒れた後、慎吾君のことまで頭が回らなかった。 ほんと、ごめん」
「何謝ってんだよ」
二人の謝罪にも慎吾は笑って返す。
ゆっくりと立ち上がり、服の土埃を払いながら続けた。
「蓮を支えようと一番に動いたのは美久だろ? それに最初の攻撃に気づいたのも、さっき蓮に刀投げる指示出したのも苳也じゃんか。 俺なんてただ突っ走っただけだよ」
「本当に突っ走りすぎだって…。 今度は俺の見せ場も残しといてくれよなー」
そう言って蓮は慎吾と肩を組む。
苳也と美久も互いに顔を見合わせ、多少の笑みを漏らした。
「こりゃ想像以上だぜ…」
監督していたスカーが彼らの前に現れる。
「正直数分で全員救出する羽目んなると思ってたんだが、少しはやるみてぇだなぁ」
始まった直後の不機嫌っぷりが嘘かのように明るい表情を浮かべているスカー。
そのおかげか、慎吾たちもその言葉を素直に受け取ることができた。
「今日のところは終いだ。 ゲート通って部屋戻れ。 んじゃあな」
こうして慎吾たちの初の実戦鍛錬、まさかのドラゴン戦は幕を閉じる。
はてさて、明日からはどんな鍛錬が待っているのだろうか。
「………こりゃ、マ〜ジでいい駒が育ちそうだ」




