第79話 妄執
今回短いです!
──クソクソクソクソ!
薄暗い校舎裏に、抑えきれない怒声が響いた。
「クソッ!! 何で俺がこんな目に合わなきゃいけないんだ!!」
拳を壁に叩きつける。
鈍い音。
だが痛みなど気にならない。
「......全部、全部アイツのせいだ......。面前で恥かかせやがって......」
林田は荒い息を吐いた。
食堂での出来事。
あの悪魔。
あの騒動。
そして何より、水谷悠真。
あの男の顔が頭から離れない。
思い出すだけで胃が煮えくり返る。
「ふざけんな......」
林田は自分の胸元を掴んだ。
そこにあるはずの何かが消えている。
説明できない。
理屈も分からない。
けれど確かに喪失感があった。
心臓の一部を抉り取られたような感覚。
自分の大切な何かを失ったという確信。
「何で俺のモノがアイツに渡らなきゃいけないんだ」
神秘。
そう呼ばれたもの。
悪魔に選ばされたあの瞬間から何かがおかしくなった。
自分でも理由は分からない。
だが、奪われた。
そう感じる。
「中川もそうだ......」
忌々しい名前を吐き捨てる。
あの時、胸ぐらを掴まれた。
振り払った。
それだけだった。
それだけのはずなのに。
全てが狂った。
「いや......違う」
林田は首を振る。
「そもそも俺の計画が漏れてたのがおかしいんだよ」
八百長作戦。
完璧だった。
少なくとも林田自身はそう思っていた。
それなのに。
どこかで情報が漏れた。
結果、水谷は被害者の立場になった。
そして自分だけが悪者になった。
「全部全部全部全部全部全部全部全部!!」
拳が震える。
爪が掌に食い込む。
「......クソッ」
國夜。
あの女もそうだ。
自分を見てくれない。
どれだけ話しかけても。
どれだけ気を引こうとしても。
目線の先にはいつも別の誰かがいる。
水谷悠真。
あの男だ。
「暴力で従わせるか......?」
一瞬だけ浮かんだ考え。
だがすぐに否定する。
「いや......まだだ」
焦るな。
焦るな。
焦るな。
「いずれその時が来る」
そう言い聞かせる。
だが、心の奥底では別の感情が渦巻いていた。
憎悪。嫉妬。執着。
そして、欲望。
「......嗚呼」
林田の目が濁る。
「ユルセナイ」
誰を。何を。
本人すら分からなくなりつつあった。
ただ一つだけ確かなことがある。
彼の中に芽生えた感情は。
既に常人の域を超え始めていた。
── ── ── ── ──
あぁ、平和な日常ってこんなにも素晴らしいのか。
俺は朝日を浴びながらそう思った。
小鳥の囀りが聞こえる。
小川のせせらぎが聞こえる。
風がそよいでいる。
とても、とても良い日だ。
国語は苦手だが、この俺でも詩的な感情に浸るくらいには今日という日は平和だった。
今日は天気が良い。
それもある。
だが最大の理由は別だ。
なんたって、それぞれのクラスにあの厄介者達が揃いも揃っていないんだからな!
最高である。
人生に乾杯。
世界に感謝。
俺に拍手。
うむ。
実に良い朝だ。
「まぁまぁまぁ?」
歩きながら独り言を漏らす。
「この俺の魅力に気付いて逃げ出した可能性も大いにあるって感じ?」
無いな。知ってる。
でも言うだけならタダだ。
人生はポジティブシンキングが大事。
俺は教室へ向かった。
今日は席替えの日。
学生人生における一大イベントである。
異論は認めない。
席替えは戦争だ。
運命だ。
そして青春だ。
教室へ入ると既にクラスメイト達が騒いでいた。
「おー、水谷」
「席替えだぞ!」
「知ってる!」
俺もテンションが上がる。
そして運命のくじ引き。
狙いは当然。
窓側後方。もしくは廊下側後方。
神席である。
さらに同じ小学校出身者が近くにいれば完璧。
座席は縦6横6の36席。俺のクラスは34人。そして2席の1人席が存在する。
狙うは最後方の6の倍数の席。またはその1個前の席。
端席は価値が高いからな。
てなわけで、行くぞっ!
さぁ来い!
俺の時代!
俺は勢いよくくじを引いた。
結果。
3番。
「............」
神は存在しない。
断言する。
神は存在しない。
何故なら運に負けたからだ。
「3番......」
前寄り。
めちゃくちゃ前寄り。
いや待て。
落ち着け。
まだ前2人いる。
一番前じゃない。
一番前じゃないんだ。
ありがとう世界。
ありがとう前の2人。
君たちのおかげで俺は生きている。
座席へ向かう。
そして確認。
前。
畠山さん。
後ろ。
甘井さん。
「お」
これは良い。
かなり良い。
隣は多々里さん。
別小学校組だが普通に話せる相手だ。
当たりである。
良い席だ。
前方なのを除けば。
うん。
除けば。
大事なことだから2回言う。
「とりまアイツと隣じゃなくて良かった」
俺は心底安心した。
アイツ?
中村じゃない。
別でいるんだよ。
俺が地味に苦手な奴。
まぁ今はいい。
せっかくの席替えだ。
楽しもう。
今日から新席ライフの始まりだ!
そんな風に思っていた。
本気で。
本当に。
心の底から。
──
俺は気分転換に廊下を歩いていた。
だが奇妙な気配を感じる。
誰かが自分を見ているような。そんな気配を。
だから、何の気もなしに後ろを振り返る。
教室。
生徒達。
普通の光景。
何もない。
何もないはずだった。
だが。
窓の外。
校舎の向こう側。
一瞬だけ誰かと目が合った気がした。
それは本当に一瞬。
瞬きより短い時間。
だから見間違いかもしれない。
けれど。
その視線だけは分かった。
憎悪。嫉妬。執着。
まるで何かに取り憑かれたような。
そんな目だった。
「......やっぱり、気のせいか?」
俺はそう呟く。
だが胸の奥に小さな棘が残った。
平和な一日。
楽しい席替え。
新しい日常。
その裏側で。
確かに何かが動き始めていた。
静かに。確実に。
誰にも気付かれないまま。
まるで獲物を狙う獣のように。




