第77.5話 それは完璧とは程遠い ②
──僕には違和感があった。
【完全勝利】
その能力はあまりにも強力で、あまりにも不自然だった。
効果は単純。
「〇〇する」という意志を絶対の未来へ固定する能力。
例えば、「この剣で敵を倒す」
そう宣言したなら、その未来は確定する。
どれだけ遠回りになろうとも。
どれだけ時間が掛かろうとも。
どれだけ自分が苦しもうとも。
必ず、その結果へ辿り着く。
今分かっていることは3つ。
1つ。相手との実力差が大きい場合、成立するまでその軸に囚われる。
2つ。死んでも生き返る。
3つ。生き返った場合、状態は全てリセットされる。
だからこそ、僕は気になった。
圧倒的な格上に挑んだらどうなるのか。
本当に勝てるのか。
それとも何か限界があるのか。
知りたい。
知りたかった。
僕の中に残っていた探究心がそう叫んでいた。
かつて上位勢だった頃の。
誰よりも答えを知りたかった頃の僕が。
「僕は、やるぞ」
誰に言うでもなく呟く。
「絶対にやるんだ」
そして僕は街へ向かった。
── ── ── ── ──
人混みを歩く。
露店、酒場、武器屋。
鎧を着た冒険者。
様々な人間が行き交う。
僕は人を見る目には多少自信があった。
少なくとも、強い人間と弱い人間くらいなら見分けられる。
だから分かった。
「......見つけた」
遠く、人々に囲まれながら歩く1人の男。
背筋は真っ直ぐ。
鎧には傷跡が刻まれている。
それなのに周囲の人々は恐れるどころか尊敬の眼差しを向けていた。
強い。
見ただけで分かる。
僕なんかじゃ話にもならないくらい。
だからこそ。
試す価値がある。
僕は人混みを掻き分けて飛び出した。
「【完全勝利】──この宣言を以て、僕の疑問を晴らす」
その瞬間。
世界が止まった。
いや、切り離された。
騎士と僕。
その2人だけの時間軸が。
ただ、その時間軸に囚われているのは補長というたった1人の男の意識だけだが。
── ── ── ── ──
「おや?」
男は穏やかに笑った。
「見かけない風貌のお方だ。私に用がおありで?」
「くっ......!」
怖い。
本音を言えば逃げたい。
だけど。
もう宣言した。
「僕は、お前を倒しに来た!」
「何と」
男は目を細めた。
「......そうですね。この私を恨む人は何人もおります」
ゆっくりと剣を抜く。
「ですので、私も出来れば手を汚したくはありません」
その声音は静かだった。
だが、静かだからこそ恐ろしい。
「──私の名をフジ・ライルノート」
空気が変わる。
「国家直属騎士団『桜華』団長。″万剣″の名の方が聞いたことがあるかな?」
剣先がこちらを向いた。
「私の全身全霊を以て、貴方と正々堂々勝負をしましょう」
「......補長」
手が震える。
「補長愚太郎だ!」
震える声で叫んだ。
「″どんな手を尽くしても、お前を倒す!″」
── ── ── ── ──
結果は一瞬だった。
「ぐっ......」
視界が回る。
何が起きたか分からない。
気付けば空を見ていた。
当たり前だ。
補長のスキルに一切の攻撃力は存在しない。在るのはただ、固定された未来に向けて己で道を切り開かなければいけない力のみ。
遅れて激痛が走る。
脇腹から肩まで。
綺麗に斬られていた。
フジの目には、補長は弱肉強食社会でいうか弱い鼠にしか映っていない。
「......申し訳ございません」
「あ......」
熱い。
苦しい。
怖い。
死にたくない。
死にたくない。
死にたく──
── ── ── ── ──
「あああああああ!!」
跳ね起きた。
息を荒げる。
汗だく。
だけど傷は無い。
血も無い。
「私の名を──」
補長「!」
戻った。
戻った。
戻った!!
(さっきと同じ手は食らわない!!僕は常に相手の先を読める!この有利を活かして着実に倒すんだ!)
僕は剣を握る。
今度こそ。
今度こそ勝つ。
補長は提げていた剣を持ち、意識をフジに向ける。
(数える程しか使ったことの無いこの剣で、この軸で、僕は慣れるしかない)
補長は先程と同じように突撃した。しかし直前でフェイントをかけ剣を持ち、さながら初めて歩き始めた子鹿のような足取りでフジに近付いた。
その千鳥足のような動きは規則的に動く型とは異なり、不規則が故の暴力性を孕んでいた。名を、中国拳法の酔拳ならぬ″酔剣″。剣の初心者が奇跡的に相手取ることができているのは奇跡に近いだろう。
フジは困惑していたが、初見でありながらもその弱点を見抜いた。そう、弱点とは補長本体である。ただでさえ隙が多いのに、余計に隙が多い行動をした故に補長は知らぬ間に敗北した。
── ── ── ── ──
「あ」
死んだ。
また死んだ。
──
死んだ。
──
死んだ。
──
死んだ。
──
何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。
(まだだ)
(まだやれる)
(次は勝てる)
そう思い続けた。
何回も、何十回も何百回も。
気付けば。
時間感覚は壊れていた。
── ── ── ── ──
試行回数1086回目。
補長は″魔法を習得した″。
何故魔法なのか?剣で勝てないからだ。何故初手で諦めなかった?可能性を捨てられなかったからだ。何故魔法を習得できた?習得するしか、その術しか無かったからだ。
補長はありとあらゆるパターンを試した。考えられる組み合わせを試し、死ぬ度に改良を重ねた。立ち回りも、自分という人間を見直し何回も挑んだが全てが失敗に終わった。
勝てない。勝てない。勝てない勝てない勝てない!!!
どれだけ成長しても。
どれだけ工夫しても。
どれだけ才能を絞り出しても。
届かない。
── ── ── ── ──
フジという騎士団長は怪物だ。
そう、補長は実感するしかなかった。
剣才や他の技術もそうだが、何より、彼自身が戦い続けてきた人間だった。
僕のような付け焼き刃とは違う。
── ── ── ── ──
試行回数14560回
「はぁ......はぁ......」
疲れた。
本当に疲れた。
死ぬ痛みに慣れてしまった。
腕を切られても。
脚を砕かれても。
首を落とされても。
少し驚くだけ。
それが何より恐ろしかった。
── ── ── ── ──
試行回数16784回目。
補長は地面に膝をついていた。
フジは目の前にいる。
いつも通り。
何万回見た顔。
何万回聞いた声。
何万回味わった敗北。
(もう、嫌だ)
思ってしまった。
(もう、帰りたい)
剣が落ちる。
(もう、辞めたい)
立ち上がれない。
(もう......諦めたい)
その嘆きは心からの叫びであり、根底からの″スキル発動の放棄″に値する宣言であった。
── ── ── ── ──
視界が白く染まる。
音がする。人の声。
雑踏が聞こえる。
何だ。
何が起きた。
フジは?
戦いは?
僕は?
──
「あ」
目を開く。
知らない天井ではない。
知っている空だ。
街だ。
人だ。
現実だ。
「え......?」
近くの男を掴む。
「今は!今は何日だ!?」
「は?」
「転移して何日経った!?」
「転移?」
少し考え、答える。
「もう2年だろ」
「......え?」
「長いようで短かったけどな」
「2年......?」
「何だよ急に」
──
2年。2年?2年。
たった今まで。
僕は戦っていた。
少なくとも感覚では。
昨日どころか数分前のことだ。
なのに。
2年?
それまでの戦闘は、記憶という名の意思として過去から現在に刻まれた。
── ─
僕は空を見上げた。
蒼かった。
あの日と同じくらい。
綺麗だった。
だけど。
僕はもう、あの日の僕じゃない。
剣を覚えた。
魔法を覚えた。
戦いを覚えた。
死を覚えた。
諦めることも覚えた。
──
そして何より。
知ってしまった。
【完全勝利】は完璧じゃない。
いや。
むしろ欠陥品だ。
勝利を保証するのではない。
勝利するまで終われなくするだけ。
その果てにあるのは栄光ではなく。
地獄かもしれない。
──
「......あぁ」
風が吹く。
「そうか」
ようやく分かった。
あの日。
スキルを授かったとき。
皆が羨ましがった能力。
僕自身も喜んだ能力。
それは、祝福なんかじゃなかった。
──
「──」
誰にも聞こえないように呟いた声は、ただ静かに風の中へ消えていった。
── ── ── ── ──
名前:フジ・ライノール
別称:『万剣』のフジ
固有能力:【探盗の眼】
状態異常:【拘束の加護】
【探盗の眼】
片眼に宿る。
相手のスキルや技を盗み見て、自分のモノにする。
【拘束の加護】
【探盗の眼】のパッシブとして発動する。
【探盗の眼】以外のスキルを永遠に封印する。
名前:補長 愚太郎
固有能力:【完全勝利】
【完全勝利】
「〇〇する」という意志を絶対の未来に固定する。
例:「この剣で敵を倒す」と宣言すれば、どんな状況でもそれが成立する。ただし、相手との実力差が大きい場合、成立するまでその軸に囚われる。
スキル発動中は軸に囚われ続けるが、スキル発動を停止すれば、その、軸から抜け出し本来の軸に帰る。
また、囚われている間、その軸以外の時間は進み続ける。
勝負に勝ち、元の時間軸に戻った時、囚われ軸で受けた傷を古傷のようにして与える。
囚われ軸で死んでも、条件を全うしていないのなら生き返る。
基本、スキルが衝突し矛盾の性質が生じると何らかの相殺を受ける。
その点、矛盾が発生しつつも相殺を得られない【完全勝利】は不完全なものであり特異なスキルである。
こういう人もいるよ〜という回でした!
次回更新は、6/15(月)になります!




