第77.5話 それは完璧とは程遠い ①
空は、蒼く澄んでいた。
どこまでも続く青空。
雲はゆっくりと流れ、風は穏やかに草原を撫でていく。
サラサラと草が揺れる音。
土の匂い。木々の香り。
それらは肺の奥まで入り込み、まるで僕の抱える悩みを上書きするように広がっていった。
けれど、それでも消えないものがある。
人には背負っても背負いきれないものがある。
切っても切れない縁がある。
僕は、なんと言うか。
そんな縁に魅入られた。
消したくても消せない。
忘れたくても忘れられない。
気付けば人生そのものに絡みついている。
まるで呪いのような。
まるで祝福のような。
そんな縁だった。
僕は望んだわけじゃない。
未来を見据えて掴みにいったわけでもない。
それでも手の中に残った。
だからこれはきっと、僕が一生背負うことになる「業」なのだろう。
【完全勝利】
いずれ僕は思い知る。
誰かが。世界が。そして僕自身が。
それを──
欠陥品だと知ることを。
── ── ── ── ──
遡ること2年前。
僕たちは突然この世界へ連れてこられた。
本当に突然だった。
教室にいたはずだった。
授業を受けていたはずだった。
それなのに気付けば豪華な大広間に立っていた。
高い天井。
赤い絨毯。
見たこともない装飾品。
目の前には王冠を被った老人。
完全にファンタジーの世界だった。
「この世界を救って欲しい」
王様らしき人物はそう言った。
僕には何が何だか分からなかった。
クラスメイトたちは騒いでいる。
異世界転移だ。
勇者召喚だ。
そんな単語が飛び交う。
けれど僕はそういう作品をほとんど見たことがなかった。
だから実感が湧かなかった。
ただ混乱していた。
夢じゃないのか。
ドッキリじゃないのか。
誰か説明してくれ。
そんなことばかり考えていた。
王様は続ける。
この世界の名はエルザレア。
魔物が存在する世界。
人類は危機に瀕している。
だから異世界から力ある者たちを呼び寄せた。
なるほど。
全然分からない。
だが、ここが日本じゃないことだけは理解した。
窓の外に見える景色。
兵士たちの装備。
何より漂う空気。
全部が異質だった。
異世界転移。
認めるしかなかった。
── ── ── ── ──
説明は続く。
そして、ついにその言葉が出た。
「スキル」
その瞬間だけは僕も少し胸が高鳴った。
やっぱり男の子だ。
そういうのは好きだ。
剣とか魔法とか冒険とか。
誰だって一度くらいは憧れる。
もしかしたら。
僕にも特別な力が貰えるかもしれない。
そう思った。
だが、次の言葉でその期待は別の形に変わった。
王様は言った。
「成績ランキングに基づいてスキルを付与する」
その瞬間、空気が変わった。
成績ランキング。
つまり、学校のテスト順位だ。
教室でも常に存在していた序列。
上位者。中位者。下位者。
それを異世界にまで持ち込むらしい。
最悪だった。
下位層の顔が曇る。
当然だ。
これから人生を左右する力が与えられる。
その力の大きさがテストの順位で決まる。
そんなの不公平に決まっている。
けれど、現実はいつだってそうだ。
努力した人間が報われる。
上位者が優遇される。
誰も否定できない。
だから文句も出なかった。
出せなかった。
── ── ── ── ──
順番に呼ばれていく。
1位。2位。3位。
歓声が上がる。
強そうな名前のスキル。
格好いい能力。
羨ましかった。
本当に羨ましかった。
実は僕も昔は勉強が得意だった。
最初のテストでも上位だった。
でも、いつからだろう。
少しずつ落ちていった。
気付けば下から数えた方が早くなった。
努力をやめたわけじゃない。
ただ届かなかった。
それだけだ。
もし、あと少し頑張れていたら。
もし、どこかで間違えなかったら。
あそこに立っていたのは僕だったかもしれない。
けれど。
今さらだ。
過去は変わらない。
── ── ── ── ──
「続いて、成績ランキング183位」
もうすぐだ。
緊張する。
何を貰えるんだろう。
弱いスキルかもしれない。
戦えないスキルかもしれない。
怖かった。
「補長 愚太郎」
呼ばれた。
僕は前に出る。
周囲の視線が集まる。
「君のスキルは──【完全勝利】」
その瞬間。
頭上に文字が浮かび上がった。
【完全勝利】
大きく。
誰の目にも見えるように。
周囲がざわつく。
「え?」
「勝利?」
「強そうじゃね?」
「なんで183位に?」
驚きの声。
僕も同じ気持ちだった。
完全勝利。
名前だけなら最強だ。
だってそうだろう。
完全だ。勝利だ。
負ける要素がない。
そんなスキル名。
僕自身が一番驚いていた。
こんなの。
僕が貰っていいのか?
何かの間違いじゃないのか?
神様からの贈り物。
そう思った。
努力は裏切らないから。
けれど。
それは長く続かなかった。
── ── ── ── ──
僕たちは追い出された。
本当に追い出された。
上位者たちは城に残る。
下位者たちは外へ。
理由は簡単だった。
落ちこぼれだったから。
だから城は僕たちを必要としなかった。
一応救済措置はあった。
何か成果を上げれば戻れるらしい。
けれど詳細は不明。
説明も雑。
つまり、期待されていない。
そういうことだった。
── ── ── ── ──
僕は1人になった。
知らない世界。
知らない街。
知らない言葉。
知らない文化。
当然不安だった。
怖かった。
泣きたかった。
でも。
泣いたところで何も変わらない。
だから働いた。
荷運び。掃除。農作業。雑用。
何でもやった。
お金が必要だった。
生きるために。
それだけだった。
── ── ── ── ──
日々は過ぎていく。
そして僕は考え続けた。
自分は何者なのか。
何をすべきなのか。
この世界でどう生きるのか。
スキルがある。
せっかく貰ったのに、使わない理由はない。
でも、怖かった。
【完全勝利】
僕は考えた。
考えて。
考えて。
考えて。
半年が経った。
── ── ── ── ──
答えを出した。
冒険者になろう。
それが僕の結論だった。
強くなりたい。
この世界を知りたい。
何より。
自分のスキルを知りたい。
だから冒険者ギルドへ向かった。
古びた建物。
木製の扉。
酒場のような喧騒。
僕は受付へ歩く。
「冒険者登録をしたいんですが」
声が震えていた。
緊張していた。
けれど後悔はなかった。
── ── ── ── ──
登録を終えた夜。
宿屋の一室。
狭いベッドの上で僕は呟いた。
「......ステータス」
淡い光が現れる。
そこには見慣れた文字が並んでいた。
名前:補長 愚太郎
固有能力:【完全勝利】
僕は笑った。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
期待していた。
いつか。
このスキルの意味が分かる日が来る。
僕だけの力。
僕だけの可能性。
それがここにある。
そう、信じたかった。
── ── ── ── ──
今思えば。
あの頃の僕は幸せだった。
何も知らなかったから。
【完全勝利】が何なのか。
その代償が何なのか。
その本質が何なのか。
知らなかった。
知らないままでいられた。
だから夢を見ることができた。
このスキルは最強だ。
このスキルで英雄になれる。
このスキルで人生を変えられる。
そんな都合の良い幻想を。
抱くことができた。
だが、現実は違った。
完璧など存在しない。
完全など存在しない。
勝利にだって意味がある。
代償がある。
責任がある。
そして、欠陥がある。
僕はまだ知らない。
これから先。
何度も勝利することを。
そして。
その勝利の先で失うものの大きさを。
空は今日も青い。
どこまでも。
どこまでも。
残酷なくらいに美しく。
僕の知らない未来を照らしていた。
77.5話が2連続になりそうというかなるんですけど、一応①・②になるのでそこだけ理解してくれると助かりますm(_ _)m。
自分も気持ち悪いと思ってるのと有り得ないとも思ってます。




