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『スキル【空間魔法】で転移ライフを謳歌する』  作者: 愛月量


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第77話 強欲の名において

 小松が困惑したように目を瞬かせた。


「んえ?中川くん?流石にそれは......」


 その反応は当然だった。

 俺だって同じだ。


(小松さんはきっと、「悪い冗談」だと言いたいんだろう。中川は現代でいう病を患っている人だ。俺たちの学校にも複数いるが、それを利用したことが許せないだろうな)


 空気が僅かに重くなる。

 そんな中、当の張本人である林田はまるで悪びれる様子もなかった。


「おい中川。何か言ってみろよ。私も計画に参加しましたって」


中川は俯いたまま動かない。


「......」


「ま、お前が水谷と対戦した事実が残ってる限り、お前も俺らと一緒の悪だよ!w」


「......ぅ......い」


「なんて?ハッキリ意見は言おうよw」


 その瞬間だった。


「うるさい!」


 食堂中に響く怒声。

 中川が勢いよく立ち上がり、そのまま林田の胸ぐらを掴んだ。

 周囲の生徒たちがざわつく。


 誰もが驚いていた。

 普段の中川なら絶対に取らない行動だったからだ。

 林田も一瞬だけ目を見開く。


「......っ!て、なんだ。ビビらせんなよ。つか苦しいから離してくんね?」


 だが中川は離さない。

 震える手で。

 震える身体で。

 それでも必死に掴み続けていた。

 林田の表情が僅かに歪む。


「はぁ」


 次の瞬間。

 林田は中川の腕を強引に振り払った。

 体格差も身体能力も違う。


 中川は数歩よろめく。

 その動きを見た瞬間。

 俺の背筋を嫌な汗が伝った。


(......あ)


 知っている。

 俺は知っている。

 あの時のことを。

 あの悪魔を。

 あの笑い声を。


 中川将という男のスキル。

 その発動条件。

 確証はない。

 だが俺の予想が正しいなら──


(攻撃を受けること。それがトリガーだ)


 そして。

 予想は最悪の形で的中した。


── ── ── ── ──


『ク、クハハハハハハハ!!』


 食堂の空気が震えた。

 いや、空気だけじゃない。

 空間そのものが震えた。


 中川の身体から黒い魔力が溢れ出す。

 煙のように。

 泥のように。

 生き物のように。

 それらは中川の背後で巨大な人型を形成していく。


 悪魔。

 その言葉が最も似合う存在だった。


『オイオイ。今度はどこのどいつがこのオレを呼んだんだァ?』


 巨大な顔が食堂を見渡す。


『ってオイオイ。めちゃくちゃニンゲンがいるじゃねぇか』


 静寂。

 誰も喋れない。

 誰も動けない。

 まるで捕食者の前に放り出された小動物だった。


 俺だけは知っている。

 コイツが何なのか。

 どれだけ危険なのか。


『クハハハハハ!!そうかそうか!そういうコトかよ!』


 悪魔は楽しそうに笑う。


『コイツも苦労してるみてぇだが、今回はそのウサバラシってヤツか!』


 その声だけで胃が痛くなる。

 本能が叫んでいる。この場にいては危険だと。

 そう思っている人も少なくはない。


 戦闘経験があるのなら、この体から発される危険信号を無視するヤツはいないはずだ。

 だからだろう。この場の底知れない恐怖に負けて、何も考えず外に出ようとする者がいるのは。


「ちょ、やばそうだし逃げね?」

「ウチら関係ないのに」

「バレないうちに行こ!」


 数人の生徒が席を立ち、食堂の出口に駆けた。

 普通なら正しい判断だ。

 だが──


『......アァ?』


 悪魔の声が低くなる。

 逃げていた生徒たちの身体が強張った。


『外に出ていくニンゲンが多いなァ?』


 ニタリ。

 口角が吊り上がる。


『だが関係ねぇ』


 パンッ。

 悪魔が手を叩いた。

 たったそれだけ。

 それだけなのに全員の身体が震えた。


『......ユウセンジュンイ、第1位ィ!』


 誰に向けて言っているのか分からない。

 だが悪魔は確信していた。


『この場に居る。いや、居た奴も含めるぜ』


 観客が息を呑む。


『そしてその次』


 悪魔の指がゆっくり動く。


『第2位!は......オマエだ』


 指先が止まった。

 悪魔が指をさした先にいたのは──林田だった。


── ── ── ── ──


「俺?」


 林田が眉をひそめる。


「......悪い冗談だ。俺が何したって言うんだ?」


 強がりだ。

 だが額には汗が浮かんでいた。


「そして、お前は誰だ?お前はアイツの使い魔か何かか?」


『クハハハハハ!』


 悪魔は腹を抱えて笑う。


『このオレの名前か!』


 巨大な腕が広がる。


『そうか!いいだろう!教えてやる!』


 そして。

 高らかに宣言した。


 ドンッ!


『このオレの名前は──』


「──強欲。強欲の罪、ですよね?」


 横から声が入る。

 泡渕だった。

 悪魔が視線を向ける。


『......よく分かってるじゃねぇか』


「強欲?」


 林田が聞き返す。

 泡渕は真面目な顔をしていた。


「うん。この悪魔に似た者は強欲。化身かもしれないけど」


 いつもの柔らかい口調。

 だが目だけは笑っていない。


「僕のスキルじゃ、今は名前までしか知れないな」


『フン!話が逸れすぎだ』


 強欲が指を鳴らす。


『オレはオレの欲に従わねぇと。正確にはコイツの、だがな......』


 そして近くの2人を指差した。


『まずは、オマエとオマエ』


 瞬間、2人の身体が光る。

 だが何も起きない。

 見た目には。


『──入れ替われ』


 光が消える。

 何も変わっていないように見えた。

 だが俺は違和感を覚えた。


『オマエとオマエ』

『あと、オマエとオマエも』


 次々に光る生徒たち。

 だが何も起きない。

 何も変わらない。

 それなのに。


(違う......)


 俺の背筋に寒気が走る。


(身体じゃない)


 あの時と同じ。

 あの嫌な感覚。


『最後に、オマエだ』


 林田の前に立つ。

 林田の身体が僅かに震えた。


『オマエは何を選ぶ?「成長」か「神秘」か』


 誰も声を出せない。


『さぁ選べ!』


 林田は黙ったまま。

 だが強欲は待たない。


『早く選べ。このオレに時間稼ぎは通用しない』


 圧力が増す。


『オマエが選ばないというのならこのオレが──』


「......神秘」


林田が答えた。


『......』


「俺は神秘を選んでやる」


 一瞬の沈黙。

 そして。


『クハハハハハハハハ!!』


 食堂が揺れるほどの大笑い。


『面白ぇ!!』


 強欲が歓喜する。


『その選択、承諾した!』


 悪魔の姿が崩れ始める。


『オレの出番は終わりだ』


 黒い魔力が中川へ戻っていく。


『あとはコイツに任せるぜ』


 そして。

 完全に消えた。


── ── ── ── ──


 誰も動けなかった。

 数分、いや体感ではもっと長かった。


 中川は倒れたままだ。

 目を閉じている。

 意識もない。

 だが。


「......」


 突然、中川が立ち上がった。


ざわり


 周囲が後退る。

 中川は誰も見ていない。

 誰の声も聞いていない。

 まるで。

 糸で操られる人形だった。


「中川くん?」


 小松が呼ぶ。

 反応なし。


「おい!」


 林田が叫ぶ。

 反応なし。


 中川は床を這うように歩く。

 何かを探している。

 ゆっくり。

 ゆっくり。

 一直線に。


 そして。

 俺の前で止まった。


(......来る)


 直感した。

 逃げる暇はない。

 中川が手を伸ばす。

 冷たい手だった。


 俺の肩に触れる。

 そして、耳元へ顔を寄せた。


『ケイショウノギハコレニテツイトナル』


(......っ!!)


 間違いない。

 この声、この響き、この感覚。

 強欲だ。

 中川じゃない。

 あの悪魔の声だった。


 次の瞬間、頭の中へ何かが流れ込んできた。

 知識や感覚。そして記憶。

 理解できないほどの情報。


(なんだ......これ......!?)


 脳が焼ける。

 視界が揺れる。

 周囲の音が遠くなる。

 それでも俺は歯を食いしばった。


 倒れるわけにはいかない。

 俺だけは。

 この意味を知らなければならない。


 やがて流入は止まった。

 中川はその場に崩れ落ちる。

 完全に気絶した。


 食堂中が騒然となる。

 だが俺には聞こえなかった。

 今はそれどころじゃない。


 震える手を見つめる。

 そして、自分だけに見えるステータスを呼び出した。

 青白い文字列。

 その中を目で追う。


 1つ、見覚えのない項目が増えていた。


(......は?)


 思考が止まる。

 何度見ても同じ。

 見間違いじゃない。

 そこには確かに書かれていた。


 【昇華】


 その2文字が。


(なんで......)


 成長を奪われて俺の【環相】は消えた。

 2度と戻らないと思っていた。

 なのに、今度は新しい何かが与えられた。


 いや、継承された。

 あの言葉通りなら。

 継承の儀。

 それが終わったということだ。


(強欲......お前は一体何をした)


 返事はない。

 だが、ステータスの奥。

 新たに生まれた力の気配だけが静かに存在していた。


── ── ── ── ──


名前:中川将

成績ランキング:200位

固有能力:【強欲の罪】

状態異常:〈確かな意思(アヴァリツィア)〉(スキル発動中のみ)


【強欲の罪】

 スキルの「強奪」及び「継承」を行う。

 強奪したスキルを自分自身に継承することは不可能。また、スタックすることも不可能である為、必ず誰かに継承をさせなければならない。


《強奪》→「神秘」か「成長」か。の2択を迫る。

《継承》→無条件で他の誰かに強奪したスキルを継承させる。

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