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『スキル【空間魔法】で転移ライフを謳歌する』  作者: 愛月量


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第74話 衝突①

 “師匠”。

 その言葉が影の世界に響いた瞬間、団員たちの空気が変わった。

 先程まで騒がしかった空間は水を打ったように静まり返り、誰もがその男へ視線を向けていた。


 黒い外套。

 気怠げな目。

 なのに立っているだけで場を支配する異様な存在感──黒煙。

 そう呼ばれていた男が、唯一頭を下げる相手。

 それが──水谷悠真だった。


「なぁカムイ」


 悠真が口を開く。


「なんでしょう」


 カムイは即座に返す。

 その声音に揺らぎはない。

 だが悠真は分かっていた。


 コイツ、今ちょっと緊張してんな、と。

 ふっ。やっぱ俺って師匠としての格があるんだろうな。

 いやまぁ当然だけど?


「なんの意図であんな真似した?」


 空気が少しだけ冷える。

 団員達も察したのだろう。

 今から始まるのは雑談ではない。

 団長と、その師匠による対話だ。


「仲間の為、ですよ」


 カムイは迷いなく答えた。


「仲間?」


 悠真が眉をひそめる。


「むしろ危険──」


「師匠」


 カムイが遮る。


「貴方が学園に出した諜報の何人かが戻りませんでしたよね?」


「......っ」


 悠真の表情が変わる。


「それは学園側の警備に捕らえられたからです」


 静かに。

 だが確実に言葉を突き刺してくる。


「私たちもかなりの場数を踏んできました。ですがやはり経験値に差がありました」


「......」


「勿論、相性も最悪ときました」


 カムイは小さく息を吐く。


「そうなれば、仲間を助けるのも当たり前ですよね?」


 その瞳が悠真を見る。


「師匠が、そうしてきたように」


「──っ」


 悠真は言葉に詰まった。

 図星だった。

 結局のところ、自分は仲間を見捨てられない。

 暗殺者だの裏社会だの言っておきながら、情を切り捨てきれない。

 それを、カムイは理解している。


「......俺たちは暗殺者だ」


 悠真は低く言った。


「悠々と姿を現す必要性がない」


「ですが」


 カムイは即答する。


「師匠の代理ではありますが、今の団長は僕です」


 その一言で、団員たちの背筋がさらに伸びた。


「先程も言いました。仲間の為ですよ」


「だが──」


「能ある鷹は爪を隠す、でしたっけ?」


「......」


「そのスタンスを決めたのは師匠です。でも、必要な時には実力を見せることも大事です」


 悠真は黙る。

 分かっている。

 カムイの判断は間違っていない。

 むしろ最適解に近い。


 黒煙という存在を表に出すことで、敵の視線を一点に集中させる。

 その裏で仲間を救出する。

 理に適っている。

 でも、だからこそムカつく。

 自分が否定できない正論を、弟子が堂々と突きつけてくるのが。


「師匠」


 カムイの声が少しだけ柔らかくなった。


「貴方は今、疲れてます」


「......は?」


「今みたいに八つ当たりでも、なんでも、負けず嫌いでもいい」


 悠真の眉がぴくりと動く。

 おい待て。

 コイツ今ちょっと煽ったか?


「ただ」


 カムイは真っ直ぐ言った。


「貴方の芯だけは曲げないで欲しい」


「......」


「今すぐ休んでください。これは、僕からのお願いです」


 沈黙。そして。


「......何だよ」


 悠真が笑った。

 だがその笑みは、どこか獰猛だった。


「カムイ」


 影の世界が揺れる。


「この俺とやるってのか......?」


「それはダメです。僕と師匠じゃ決着がつかない。それと、ふぅ......言っときますけど、この案はアリス持ちですからね」


「はっ。......なぁカムイ。俺と1本やれよ」


 対してカムイは。


「あーもう!」


 頭を抱えた。


「だからそうなるんですよ!」


「は?」


「それって黒煙としてですか?それとも水谷悠真(あなた)としてですか?」


「どれでもねぇよ」


「はい?」


 悠真はゆっくり拳を握る。


「──俺が、“俺”であるためにだ」


 その瞬間。

 空気が変わった。

 団員達が一斉に距離を取る。


「うお、始まるぞ......!」

「団長と師匠のガチ戦闘!?」

「やばくねぇかこれ!?」

「死ぬ死ぬ死ぬ!巻き込まれる!」


 影の世界が震える。

 そして。


「師匠」


 カムイが構える。


「僕、本気でいきますよ」


「当然だ」


 次の瞬間。

 両者が同時に地面を蹴った。

 爆音が広がる。


 互いに一直線。

 悠真は拳を握り締め、その腕を大きく後ろへ引く。

 脳が熱い。

 テンションが上がる。


 あぁクソ。

 やっぱこういうのだよなぁ!?

 シリアスに考えるのも嫌いじゃねぇけど!

 やっぱ全力でぶつかる方が燃える!


「──虚障衝撃(ヴォイド・クラッシュ)


 空間が割れた。


ビキィィィィィィン!!


 鏡のように。

 世界そのものへ亀裂が走る。

 割れた空間。

 そこに存在するものは、“元に戻ること”を許されない。


 悠真はその空間を強引に引き寄せる。

 握り潰すように。

 全てを消し飛ばすように。


「っ!」


 団員達が顔を青ざめさせる。

 だが、空間の中心にいるカムイは。

 割れていなかった。


 「これで終わりじゃないですよね?師匠」

 カムイのスキルは【侵食(ラウンド・ハッカー)】。その本質はありとあらゆるモノを無効化し介入する。カムイ本体またはその周囲に作用する全てを後出しで無かったことにする。その全ては始まれば終わることを知らない″侵食″という名の上書きである。


 カムイが割れた空間の中心にいながらも無事でいたのは、既にあった空間になるために自身に向けての侵食。そしてこれから作用するであろう空間に対しての侵食。その同時を行うことで悠真の虚障衝撃を無効化したのだ。


 悠真は舌打ちする。


(いちいち煽るような口調だな。誰に似たんだか)


 当然俺か。

 いや嬉しくねぇよ。


「あぁ」


 悠真が笑う。


「お前のその体、一発で壊してやるよ」


 覇國を顕現。

 そしてその刀を空間に()()()()。突き刺した場所を正面としカムイの周囲を《亜速》で飛び回るように移動する。

 描くは、巨大なゴムボールに木の棒を突き立ててボールに向かって押し込むような形だ。膨張した球は突き立てられた刃物によって爆発する寸前で止められている。


 《亜速》によってそれぞれ歪み伸びた空間はゴムが元に戻るように伸縮・反発の性質を持つ。空間の歪みで本来見えるはずのモノを不可視にし、その中に【闇属性魔法】である《黒闇(ブラック・ホール)》を馴染ませる。

 悠真の任意のタイミングでその全てを解放したとき、相手の身体は弾けてぐちゃぐちゃになるだろう。


 悠真はニヤリと笑う。

 決まった。

 これ、絶対カッコイイやつ。

 俺今めっちゃ主人公してる。


(師匠がまた動き出したから様子見をしていたけど間違いだった)


 カムイは理解する。


(既にこの立ち位置が罠だった......!)


 身体が動かない。

 固定されている。

 空間そのものが拘束具。

 逃げ場はない。


「──僕のスキルで全部どうにかする」


 カムイが目を閉じる。


「受け入れるよ、師匠」


「チェックメイトだな」


 悠真が拳を握る。

 その瞬間、全てが解放された。

 全てが混ざり合い、中心を蹂躙する。


 普通の生物なら消し飛ぶ。

 いや、生物でなくても耐えられない。

 トマトを踏み潰したみたいに、ぐちゃぐちゃになる。


「......殺ったか?」


 悠真が息を吐く。

 いやぁ〜流石に今のは死んだだろ。

 というか死ななかったら怖ぇよ。

 そんなことを考えながら近付いた、その時だった。


「はは......」


 声が聞こえた。その爆煙の中で。


「流石師匠だ......」


「......っ」


 悠真の目が見開かれる。


「けど残念」


 煙の中から現れたカムイ。

 その身体は崩れていた。

 人の形を保っていない。

 だが、生きている。


「僕はもう......人間じゃない」


「......なに?」


 悠真の喉が鳴る。

 カムイは笑った。


「驚くのも無理ないよ」

「僕は身体を......魔力と同化させた時......」


 一歩。

 影が揺れる。


「人間を辞めたから」

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