第71話 侵入者①
「黒煙だって......!?」
観客席の一角。
それまで静観を決め込んでいた泡渕が、珍しく声を荒げた。
「彼は今、確かに“黒煙”と言ったのかい!?まずいな......これは......」
その反応は、周囲のざわめきとは明らかに質が違う。
焦燥と、危機感。
それが露骨に滲み出ていた。
「ん、泡渕くん」
隣に座っていた小松が、首を傾げる。
「こくえん?って、なんの事なの?」
「......知らないのかい?」
一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐに納得したように息を吐く。
「......いや、知らないのが普通か」
視線をフィールドへと向けたまま、淡々と語り始める。
「黒煙。ここ1、2年で急速に勢力を拡大させた、裏の世界の人間だよ」
「裏の世界......?」
「そう」
泡渕は頷く。
「あの治安が最悪を極めている街、“ユリウス”」
その名を口にした瞬間、わずかに空気が重くなる。
「あそこは表と裏が完全に分離している。いや、正確には──裏が表を侵食している街だ」
淡々と、だが確信を持って続ける。
「そして黒煙は、その“裏”を牛耳っている存在」
「......え?」
小松の目が丸くなる。
「それって......」
「そういうことさ」
泡渕は小さく頷く。
「彼の本質は“個人”じゃない。“組織”そのものだ」
「組織......?」
「暗殺者集団だよ」
さらりと言い放つ。
「しかも質が悪い。尻尾を掴むことはほぼ不可能」
目を細める。
「彼自身が言った通り、“影”の存在だからね。朝も夜も関係ない」
そして、静かに告げる。
「その組織の名は──“孤影の騎士団”」
「......つまり」
小松がゆっくりと整理する。
「とんでもない組織のトップが、今ここに出てきたってこと?」
「その認識で問題ない」
「泡渕くんって物知りだねぇ〜」
軽く笑う小松に対し、泡渕は肩をすくめた。
「これは僕のスキルの初歩的な部分だからね。気にしないでくれ」
だが、その視線は鋭いままだ。
「......とはいえ」
小さく呟く。
「裏の人間である以上、“表”が分かれば対処はしやすいんだけどね......」
「そういうのは分からないの?」
「無理だね」
即答だった。
「僕のスキルは“個”としての情報しか読み取れない」
「個?」
「名義みたいなものさ」
少し考え、例えを出す。
「例えば ──ルイス・キャロル」
「え?」
「彼の本名はチャールズ・ラトウィッジ・ドジソン」
「......あー、聞いたことあるかも」
「同一人物だが、役割が違う」
指を立てる。
「前者は童話作家。後者は数学者」
「うん」
「僕のスキルでは、それらを“別個体”として認識する」
「......なるほど」
「つまり」
泡渕は結論づける。
「誰が何をして、どう成ったのか。その“過程”は読めない」
「本人しか知らないってこと?」
「そういうこと」
短く頷く。
「ふ〜ん......難しいね」
「まぁね」
苦笑する。
だがすぐに、表情を引き締める。
「それより問題は」
視線を黒煙へ向ける。
「彼が何故ここに来たのか、だ」
「確かに......」
「この場に突撃してくる時点で、相当な実力者」
「あるいは──」
わずかに声を潜める。
「僕たちの中に“スパイ”がいる可能性もある」
「......」
「ま、いざとなったら」
小松が軽く立ち上がる。
「私がやるよ」
「......うん」
泡渕は頷く。
「時間稼ぎという点では、君の右に出る者はいないからね」
── ── ── ── ──
「......っ!」
フィールド上。
塙が一歩下がる。
「黒煙、か。誰だか知らねぇけど......何しに来たんだ?」
「何しに、ですか......」
黒煙は、わずかに首を傾げた。
「さぁ、何でしょうね?」
「は?」
「貴方達に言う必要性がありますか?──いや、無い」
声の温度が、一段下がる。
空気が凍る。
「交流もこのくらいにして」
一歩、踏み出す。
「まずは君から片付けよう──っと」
動きが止まる。
「......誰ですか?」
視線を横へ向ける。
「私の邪魔をしないで欲しいのですが」
「あはっ」
軽やかな笑い声。
「黒煙さん?本当に本人?てか喋れたんだ?」
くすくすと笑う。
「私の事覚えてる?」
一歩、前へ。
「忘れるわけないよね?」
笑みが深まる。
「だって、1回私に殺されかけてるんだもん」
「......」
黒煙は、無表情のまま。
「記憶違いでしょう」
淡々と返す。
「私は貴方とは会ったことがない」
「あ、おい楠!危ねぇから下がってろ!」
楠は視線を外さずに言う。
「塙くん。黙ってて。この人は私の獲物」
「私たちにはこの仮想空間という残機がある。この人には何も無い」
一歩踏み出す。
「あはっ。じゃあもう1度──」
手を掲げる。
「殺してあげるね?」
魔力が膨れ上がる。
「──《解離展開・五重》」
「......そういうことですか。理解しました。ただ、この状態の私に貴方は太刀打ちできない。何故なら──相性が悪い」
瞬間、五重の魔力が放たれる。
圧倒的な密度。
一直線に黒煙へと突き刺さる。
ドドドドドドド──ドプン
直撃。確実に、命中した。
だが、
「......はぁ?」
楠の表情が歪む。
「なんとまぁ贅沢なスキルだ」
黒煙は平然とそこにいた。
「だが、言ったでしょう?」
何事もなかったかのように。
「今の私には効かないと」
「......っ!」
楠の目が見開かれる。
だが、それでも攻撃を止めない。
自分の力の全てを叩き込む。
それが当たっていようと、いまいと。
関係ない。
彼女のプライドが、それを許さない。
「......うるさいな」
ぽつりと。
黒煙が呟く。
その瞬間。
──全てが消えた。
「......え?」
楠の攻撃。
放たれていた魔力の塊。
それらが、一切合切“消失”していた。
「貴方のような単純なスキル」
黒煙がゆっくりと歩く。
「嫌いではない」
一歩。
「だが、それは“魔力を飛ばしているだけ”」
一歩。
「そして今の私は──」
わずかに影が揺れる。
「魔力そのものの性質となっている」
「......は?」
「同じ性質同士の殴り合いでは」
目の前に立つ。
「何も生まれない」
静かに告げる。
「理解していただけますか?」
「......意味わかんないこと言って──」
「聞き分けが悪い」
その瞬間。
空気が“切り替わる”。
「今をもって、貴方を殺す」
絶対的な宣告。
「残機がある、と言っていましたね」
影が蠢く。
「ならば──与えられる苦痛に、どこまで耐えられるか見物だ」
次の瞬間。
楠の姿が──“消えた”。
跡形もなく。
まるで最初から存在していなかったかのように。
話が進んだ感じがしなかったら申し訳ないです!
ストーリーの中身については言えないのですが、諸事情でこうなってます!




