第72話 侵入者②
「......これで2人目ですね」
静かに。
まるで雑談でもするかのような口調で、黒煙はそう言った。
「どうです?」
影に覆われた顔が、ゆっくりと観客席を見渡す。
「私と戦いたい人はいますか?」
誰も動かない。
動けない。
付焼は首を落とされ、楠は跡形もなく消えた。
そんな存在を前にして、前へ出ようとする者など普通はいない。
「......まぁ、いないでしょう」
黒煙は肩を竦める。
「私の方が優勢なのは、一目瞭然でしょうから」
その言葉と共に、彼の足元の“影”が波打った。
まるで水面。
いや、それ以上だ。
生きている。
影そのものが脈打ち、蠢き、空間を侵食していく。
そしてそれは、地面に存在する全ての影へと伝播していた。
「......あ」
不意に。
塙が、小さく声を漏らす。
「どうしました?」
黒煙が視線を向ける。
「お前ら、“影”って言ってたよな」
塙は黒煙を睨みながら、低く問う。
「この影で、具体的に何ができるんだ?」
「......」
一瞬の沈黙。
そして。
「ハハハハ」
黒煙が笑った。
「面白いことを言いますね」
初めてだった。
明確に、興味を示したのは。
「私は貴方との会話、楽しめそうですね」
影が揺れる。
「ですが、その質問には──」
「いや」
塙が遮る。
「もう大丈夫だ」
一歩前へ。
「......理解できた」
「......ほう?」
「俺にしかできない」
口角が吊り上がる。
「何故なら──俺は、“2位”だからな」
ズブリ。
塙の身体が地面へ沈む。
否、“影に溶けた”。
「......!」
黒煙の表情が、初めて崩れた。
驚愕。
その影に覆われた姿からは想像できないほど、目を見開いていた。
「ハハハハハハ......!」
だが次の瞬間には、愉悦へと変わる。
「やはり、貴方は“底”が見えない」
── ── ── ── ──
「......できた、のはいいが」
塙は周囲を見渡す。
「ここ、どこだ......?」
影へ沈んだ先。
そこに広がっていた光景は、あまりにも異様だった。
暗い。だが真っ暗ではない。
影だけで構築されたような世界。
そして。
「......穴?」
天にも地にも。
無数の“穴”が存在していた。
円形や楕円。そして歪んだ形。
その全てが、どこかへと繋がっている。
「......これが」
理解する。
「“影の世界”か」
おそらく、あの男の足元から広がっていた影。
その本質。
「全部、誰かの影に繋がってるってわけか」
つまり。
ここからなら、どこへでも行ける。
「......試しに」
一つの穴を覗き込む。
「入ってみるか」
覚悟を決め、飛び込む。
瞬間、身体が引き伸ばされる感覚。
空間が歪む。
次の瞬間、眩い光が差し込んだ。
「──っ!」
塙は反射的に剣を振るう。
その先にいたのは。
「え」
緋山翔だった。
理解する暇すらなかった。
剣閃。
緋山の身体が、綺麗に真っ二つに裂ける。
「......っ」
崩壊。
肉体が消え、仮想空間のエフェクトが弾けた。
周囲が騒然となる。
「な、何が起きた!?」
「今の......!」
「攻撃、見えなかったぞ!?」
だが。
誰一人として、“塙剛”を疑わなかった。
何故なら。
塙は既に影へと戻っていたからだ。
「......なるほどな」
塙は影の世界で舌打ちする。
「便利な世界だ」
『......味方を殺してしまうとは』
声が響く。
どこからともなく。
『貴方も、こちら側でしたか?』
「......」
周囲を見渡す。
だが、黒煙の姿はない。
『この世界の主は私ですよ?』
愉快そうな声。
『貴方は穴という穴に入り、私を倒さなくてはならない』
「......」
『その方が、この場の結論として最も早いですから』
── ── ── ── ──
そこから。
2人の戦いが始まった。
地上では黒煙がゆっくりと、着実に人を倒していく。
影の世界では塙が無数の穴を巡り続ける。
当たりや外れ。罠や囮。
穴に飛び込んでは地上へ出る。
時には無人の空間。
時には黒煙の残滓。
そして、また別の誰か。
「っ......!」
剣を振るう。
血飛沫が舞う。
「......チッ!」
気付けば、また味方を斬っていた。
だが止まれない。
止まれば黒煙を逃がす。
結果だけを語るなら。
黒煙は4人を倒した。
そして。
塙は──3人を倒してしまった。
── ── ── ── ──
「いやはや」
黒煙が静かに笑う。
「沢山、味方を倒してしまったようですね?」
「はっ。必要な犠牲だった。仕方がない」
荒い呼吸。
だが、その目は死んでいない。
「......だが、そろそろ観念してもらおうか」
「ほう?」
「こっちは上位勢で、幸運にもまだ生き残ってる」
「あなた方の言う“上位勢”が何かは分かりませんが」
黒煙は首を傾げる。
「依然、私の方が優勢かと」
「そりゃ今の状態ならな」
塙がニヤリと笑う。
「でも、お前が本気を出せばその理屈は覆る」
「......」
「図星か?」
「中々面白いことを言いますね」
影が揺れる。
「ですが──」
「今ここで試してもいい」
塙が剣を構える。
「どうする?逃げるか?」
数秒の静寂。
そして。
「ハハハハハハ!」
黒煙が大きく笑った。
「面白い。けれど残念ながら、私も仲間に呼ばれましてね」
影が薄れていく。
「ある程度の“揺動”はできたのでここで消えさせてもらいます」
「逃げられると思うか?」
塙が手をかざす。
先程得た力である【影属性魔法】。
それを使い、黒煙を拘束しようとする。
だが。
「──無駄ですよ」
黒煙が静かに言う。
「言ったでしょう?」
影が波打つ。
「私が“主”だと」
「......っ!?」
塙の足元。
影が反応しない。
沈まない。溶けない。
ただの、水溜まりに立っているようだ。
「なっ......!」
「また会いましょう」
黒煙の身体が、徐々に霧散していく。
「次は──」
最後にその声だけが響いた。
「“完全”な時に」
そして、黒煙は完全に消え去った。
次回更新は5/18(月)になります!




