第68話 ランキング戦③
ぶっちゃけると──
「......なんでここにいるんだ、俺」
決勝のフィールドに立ちながら、そんなことを思っていた。
流れでここまで来た。
それ以上でも、それ以下でもない。
他のブロックの様子を耳にすると、なかなかに盛り上がっているらしい。
意外なダークホースが勝ち上がったとか、順当にランキング上位が制したとか。
観客席でも、その話題でわいわいしている。
「......ま、いいや」
軽く肩を回す。
「一番“意外性”があって、一番“面白くない”のは──」
視線を前に向ける。
「ここ、Hブロックだろうな」
俺と、粟降。
片や不戦勝で上がってきた男。
片や、着実に勝ち上がってきた実力者。
構図としては分かりやすいが、内容としては薄い。
......少なくとも、表面上は。
だが、
俺は勝つ気はない
はっきりと思う。
いや、違う。
勝ちたくない、だな
これまでの流れ。
誰かの思惑や誰かの掌の上で踊らされてきた。
そろそろ、自分でやる
自分の意思で。
自分の欲で。
「今後何があっても、俺は俺の欲を通す」
その第一歩が、ここだ。
ここで得られる最高の“気持ちよさ”って知ってるか?
俺はニヤリと笑う。
「周りの策で決勝まで上がった雑魚が、ボコボコにされる」
そして──
「本当は有り得ないくらい強いっていう、このギャップ」
最高だ。
これに代わる気持ちよさは存在しない!
断言できる。
よし、方針は決まった。
俺は対戦相手である粟降に話しかけた。
「よっ!粟降!久しぶり!」
軽く手を挙げる。
だが。
「......」
無言。
「いやさ、俺ほんとやる気ないから、粟降の好きにしていいよ」
「......」
無反応。
「あー......じゃ、あとで!」
完全スルー。
こわ
思わず呟く。ガチで無言じゃん。
俺たちってこんな仲悪かったっけ?
昔はもう少し普通に話してた気がするが。
「......まぁいいか」
やることは変わらない。
「安全にいこう、安全に」
── ── ── ── ──
『......決勝戦を開始いたします』
アナウンスと同時に──
『ウオオオオオオオ!!!』
観客席が爆発する。
熱気や歓声、その全てが、フィールドを包み込む。
各ブロックで同時に始まる決勝戦。
ここで勝てば、ブロック優勝。
すなわち──今回のランキング戦におけるTop10入り。
そして、クラスptにも大きく影響する。
重要な一戦になるその中で
「......静かだな」
Hブロックのフィールドだけが、妙に落ち着いていた。 いや、静かというより──
張り詰めている。
粟降が、手を招く。
「......来いってか」
分かりやすい。
だが、俺はその場から一歩も動かない。
理由は単純。
動くメリットがない
カウンターで十分。
むしろ、相手に動かせた方が楽だ。
だから──動かない。
時間が過ぎる。
5分が経過したところだろうか。
互いに一歩も動かないまま、時間だけが流れた。
観客席がざわつく。
「なんだこの試合」
「動かねぇぞ」
「つまんな......」
離れていく人影。
だが同時に──
「......増えてるな」
別の方向から、人が流れ込んでくる。
おそらく、他ブロックの試合が終わったのだろう。
「早すぎだろ......」
苦笑する。
だが、
「......そろそろ、いいか」
体を軽くほぐす。
別に、この展開に飽きたわけじゃない。
理由は──見りゃ分かるだろ?
観客席に視線を向ける。
女の子、増えてんだよなぁ
ニヤリと笑う。
好奇心でも何でもいい。
「ここでちょっと見せとくか」
さっきと言ってることが違う?
いやいや。
「負ける気持ちよさ」と「見せる気持ちよさ」は別物だ。
両方味わえばいいだけの話。
俺はタイミングを測る。
「......次、視線外したらだな」
粟降の目。
その動きに集中する。
「懐に入って──内側から叩く」
完璧なイメージ。
そして。
「......今だ」
視線が、わずかに外れた。
「〈亜空速〉」
瞬間。
俺の体は、消えた。
──はずだった。
(はいっ......た......あ?)
違和感。
視界に映るのは──
(......顔?)
粟降の顔。
近い。近すぎる。
だがこれは、“懐に入った”距離感じゃない。
もっと──
「......低い?」
地面に近い。そんな感覚。
(......なにこれ)
「......ふぅ」
粟降が小さく息を吐く。
「水谷」
その声は、どこか冷たい。
「お前が動かないと、俺のスキルも使えないんだ」
「......は?」
「動いてくれて助かったよ」
何を言って──
「......っ!?」
次の瞬間。
視界がブレた。
何が起きたか理解する前に、体が宙を舞っていた。
「がっ......!」
壁に叩きつけられる。
鈍い音がして、骨が軋む。
いや──
(......折れた、か)
何本か、確実に。
呼吸が乱れて視界が暗くなる。
何が起きたのか、分からない。
ただ一つ分かるのは──
「......蹴られた」
それも、圧倒的な力で。
「いってぇ......はぁ......ふぅ......」
息を整える。
だが、蹴られたからといってやることは変わらない。
「......死角から、倒す」
それだけだ。
「〈亜速〉......」
今度は確実に。背後へ。
取った──はずだった。
「......は?」
まただ。
視界に映るのは、粟降の顔。
しかも──下から見上げる形。
「おいおい水谷」
粟降が呟く。
「お前、ちゃんと努力してたんだな」
その声には、わずかな感心が混じっていた。
「こんな速度、正直見たことないよ」
「......なら──」
次の瞬間。
「 ──っ!!」
衝撃。
今度はさっきよりも重い。
明確な“殺意”の籠った蹴り。
全身が軋み、先程折れた骨が肺に深く食い込む。
「ご......ぼっ......!」
口から血が溢れる。
呼吸ができない。
肺が潰れる。
音が漏れる。
視界が黒く染まり、神経が麻痺する。
もう──
「......無理、か」
まともに戦うことは、不可能だった。
「なぁ水谷」
粟降の声が遠くに聞こえる。
「お前の敗因はな」
意識が薄れていく中で、その言葉だけが鮮明に届く。
「俺のスキルの前じゃ、人から“道具”にならざるを得なかったことだよ」
「......道具......?」
「ま、ヒントはもう言ってる」
背を向ける。
「精々たどり着いてみろよ」
そう言って、粟降は去っていった。
──終わった。
俺は負けた。正々堂々と。
「......ぶっ......ヒュー......」
呼吸がうまくできない。
それでも、考える。
さっきの言葉。
「......あぁ、そうか......」
理解する。
「俺は......」
自分の体が、重い。
「俺自身の......速度で......」
息が切れる。
「倒された......んだな......」
その言葉を最後に──
意識が途切れた。
── ── ── ── ──
『これにて決勝戦を終了致します』
アナウンスが響く。
『10分後にランキング選定戦を行います。呼ばれた人はAブロックのフィールドにお越しください』
観客席がざわめく。
発表されるのは各ブロック優勝者。
Aブロック:付焼 龍(Aクラス)
Bブロック:小山 陽葵(Eクラス)
Cブロック:塙 剛(Eクラス)
Dブロック:楠 しの(Aクラス)
Eブロック:林田 太陽(Fクラス)
Fブロック:緋山 翔(Bクラス)
Gブロック:小鳥遊 涼(Cクラス)
Hブロック:粟降 葉(Bクラス)
Iブロック:十神 春(Dクラス)
Jブロック:空上 刹那(Aクラス)
その中に──
水谷悠真の名前は、無かった。
── ── ── ── ──
名前:粟降 葉
成績ランキング:53位
固有能力:【UTB】
【UTB】
相手が加速を体験したのなら、体験した加速力を相手に返す。




