第67話 ランキング戦②
これは結果論だ。
あの時の選択が正しかったのか、間違っていたのかなんて、今でも分からない。
ただ一つ言えるのは──
結果的に、俺はこの世界で生きていけるようになった。
それだけだ。
── ── ── ── ──
「あ、わりぃ」
地面に叩きつけられた中川に向かって、俺は軽く手を挙げた。
「強く打ちすぎた。そんなつもりじゃなかったんだが」
返事はない。
ピクリとも動かない。
「......おーい?」
念のため声をかけるが、やはり反応はない。
気絶、か。
「......やりすぎたか?」
小さく呟く。
観客席の視線が刺さる。
だが、今はそれどころじゃない。
試合を終わらせるには、“トドメ”が必要だ。
ルール上、戦闘不能状態の相手に対して、最後の一撃を与えることで勝敗が確定する。決闘システムと同じだ。
つまり──
「......ここで終わらせるか」
一歩、踏み出す。
だが。
俺の中に、わずかな迷いが生まれた。
「いや......待てよ」
このまま終わらせるのが、本当に最善か?
もう少し穏便に、平和的に収める方法があるんじゃないか?アイツらの思うような動きにする必要性はないだろ。
そんな考えが、頭をよぎる。
ほんの一瞬。
だがその逡巡が──
致命的な隙を生んだ。
── ── ── ── ──
「......は?」
異変に気付いた時には、もう遅かった。
倒れていたはずの中川の体から、何かが“溢れ出している”。
黒い。
いや、影。
いや──
「......魔力、か?」
それは尋常じゃない密度の魔力だった。
視界が歪む。
空気が重くなる。
そして、それは徐々に“形”を成していく。
「なんだこれは......」
俺の目の前に現れたのは──
巨大な影。
それはまるで、悪魔のような輪郭を持っていた。
角のような突起。
歪んだ笑み。
そして、異様に濃い魔力の塊。
その存在感は、明らかに“スキル”の域を超えている。
そして──
『おいおい』
声が、響いた。
「......は?」
思わず間の抜けた声が出る。
今、喋ったか?
『久しぶりのシャバだぜぇ?』
影が蠢く。
『なのにまた閉鎖空間でのお出ましかよ。つくづく萎えるぜ』
「......なんだこいつ」
スキルが、喋る?
いや、普通はあり得ない。
だとすれば──
「......こいつが特殊なだけか」
そう結論付けるしかない。
その悪魔は、ゆっくりとこちらを向いた。
そして。
『おいおい。このオレを初めて見ましたってツラしてんなぁ?』
ニヤリと笑う。
『なら紹介してやろう!』
周囲の魔力が、一気に膨れ上がる。
空間そのものが、圧し潰されるような感覚。
『ドンっ!』
わざとらしい効果音。
『このオレは【強欲の罪】』
ぞくり、と背筋が粟立つ。
『全てを奪い、全てをモノにする』
その言葉には、妙な説得力があった。
理屈ではなく、本能が理解する。
──危険だ、と。
『今回の対象はオマエだ』
影が指を差す。
その先は──
「俺かよ」
『ヒョロガリ』
「余計なお世話だ」
思わずツッコむ。
だが、そんなことはどうでもいい。
「【強欲の罪】、ね」
どこかで聞いたような響き。
〇〇の罪。
「俺の身近にもいるな」
似たような“格”のスキル。
だとすれば、こいつも同じ類か?
──大罪に位置する存在。
『聞け!』
悪魔が声を張る。
『オマエは「成長」か「神秘」か』
「......は?」
『さぁ選べ!』
意味が分からない。
唐突すぎる選択。
しかも、内容が不明。
「成長」と「神秘」。
どちらも抽象的すぎる。
「どっちも分からん」
下手な賭けは出来ない。
だが。
『早く答えろ』
圧が強まる。
『オレは気が短いんだ』
空気が震える。
『それともなんだ。このオレが決めてやってもいいんだぞ』
「......ちっ」
舌打ちが漏れる。
時間はない。
考える余裕もない。
なら──
「......ええい、ままよ!」
腹を括る。
「じゃ、『成長』で!」
一か八かの選択。
直感任せ。
だが──
『承諾した』
あまりにもあっさりと。
『オマエが選んだ「成長」は、このオレが奪ってやった』
「は?」
その瞬間。
俺の体の中で、何かが“消えた”。
違和感。
いや、喪失感。
本来そこにあるべきものが、根こそぎ抜き取られたような感覚。
「なにを奪われ......っ!」
慌てて自分の内側を探る。
そして。
「......ない」
気付く。
「無い......!」
あの感覚。
あの繋がり。
ずっと世話になってきた力。
「俺の......スキルが......!」
俺の根幹とも言える能力が──
消えていた。
『この場所には与えられるのがねぇな』
悪魔はつまらなそうに肩をすくめる。
『仕方ねぇ。ここは一時休戦といかねぇか?』
「ふざけんな......!」
奪うだけ奪って、それで終わり?
そんなの認められるわけがない。
『生憎だが、コイツには攻撃能力が皆無だ』
悪魔は中川を指差す。
『続けたって意味がねぇ』
「……」
『無能は無能でも、オレの主だからなァ』
ニヤリと笑う。
そして。
次の瞬間──
「......消えた?」
悪魔の姿が、消えた。
中川の体ごと。
だが。
「......いや、違うな」
完全に消えたわけじゃない。
“消えたように見せている”だけだ。
俺から奪ったスキルによる効果だ。
実際に対面すると面倒だな。
「あ?いつの間にか中川が消えてやがる」
監督官の声が響く。
『おい水谷。中川を戦闘中の離脱として、お前の勝ちにする』
あっさりとした裁定。
観客席がざわつく。
「おい、この試合なんか起きたか?」
「いや、最初水谷がなんかやってたけど、その後は何にもだったな」
「......何にも、だと?」
思わず呟く。
見えていない。
あの悪魔も、あのやり取りも。
全てが──
「俺だけのもの、か」
理解する。
これは外部からの干渉じゃない。
もっと個人的な。
「契約、ってやつか」
しかも、一方的な。
俺は完全に嵌められた。
「してやられたな」
苦笑が漏れる。
そして。
胸の奥にぽっかりと空いた穴。
そこにあったはずのものは、もう戻らない。
だが、俺が育て上げた別の物が奪われずに済んだ。「成長」の対象がスキルであるならば、確率は低くするべきだからな。
「......もう戻ってくることはないだろう」
ぽつりと呟く。
俺の──【環相】は。
── ── ── ── ──
名前:中川 将
成績ランキング:200位
固有能力:【強欲の罪】
【強欲の罪】
スキルの「強奪」及び「継承」を行う。




