第66話 ランキング戦①
「おいおいおいおい」
思わず空を仰いだ。
「記念すべき第一戦が不戦勝だって?」
フィールドの中央に立ったまま、俺は肩をすくめる。
確かに、何もせずに勝てるのは楽だ。体力も消耗しないし、怪我の心配もない。
だが──
「もうちょい楽しませてくれてもいいんじゃないか?」
せっかくのランキング戦だ。多少は手応えというか、戦ってる感が欲しい。
......まぁいい。
「目立ちたくはないしな」
むしろ、これでいいのかもしれない。
「次戦えれば、それでいいや」
そんな軽い気持ちでいた。
──その時までは。
── ── ── ── ──
結果から言おう。
俺の願いは、叶わなかった。
「......は?」
2戦目。
対戦相手──棄権。
「いやいや......」
3戦目。
対戦相手──棄権。
「......流石におかしいぞ?」
気付けば、俺は戦うことなく勝ち上がっていた。
それも、一度や二度じゃない。
連続だ。
「やっぱり俺の寒気、当たってたな......」
小さく呟く。
あれは気のせいじゃなかった。
明らかに何かがおかしい。
「目立ちたくないのに......」
ため息が漏れる。
こういう形で注目されるのは、本意じゃない。
「こういう嫌がらせしてくる奴の見当はつくけど」
脳裏に浮かぶ顔が一つ。
だが──
「ここまでやるか?」
問題はそこだ。
これは個人戦であり集団戦だ。
いくらなんでも、他クラスを巻き込んでここまで統制を取れるものか?
「......いや、やってるからこうなってんのか」
考えれば考えるほど、気分が重くなる。
俺は力なく歩き出す。
次に向かうのは──準決勝。
「仕方ない、のか?」
誰にともなく呟く。
なんでこんなことをするのか。
俺は別に、誰かに恨まれるようなことをした覚えはない。
「......ない、よな?」
一瞬、自信が揺らぐ。
だが、思い当たる節は特にない。
だからこそ──
「余計に気持ち悪い」
見えない悪意。
それが一番厄介だ。
俺はこれから起こるであろう出来事に思いを巡らせながら、準決勝の会場へと歩みを進めた。
── ── ── ── ──
準決勝、及び決勝用の広場。観客席が備え付けられた、大規模な練習場。
そこに足を踏み入れた瞬間──
「うわ」
思わず顔をしかめた。
空気が、重い。
ざわついてはいるが、それはさっきまでの“祭り”のそれとは違う。
もっと粘ついたような、嫌な感じ。
「そうだな......なんというか」
視線を感じる。
「噂って、広まるの早いよね」
本当に不思議だ。
Hブロックの中でしか起きていないことのはずなのに。
なのに──
「おい聞いたか?水谷って不戦勝でここまで上がってきたらしいぜ?」
「まじかよ!それであんなイキってんの?」
「だよな!俺もそう見えるわ!」
「尾ひれ付きすぎだろ」
思わず小声でツッコむ。
歩いてるだけでイキってる扱いはさすがに理不尽すぎる。
......ただ。
「まぁ、女の子からの視線も集めてるし?」
にやりと笑う。
「それはそれでイキってるってことにしとくか!ガハハ!」
......はぁ。
「おう、水谷」
背後から声がかかる。
振り返ると、やっぱりいた。
「お前、不戦勝で勝ってるんだって?w」
林田だ。
「お前の戦績で上位に入ろうなんて、恥の上塗りだよw」
「......へいへい」
軽く受け流す。
こいつが黒幕の可能性は高い。
だが、ここで突っかかる意味はない。
「......厄介なやつだな、ほんと」
小さく呟き、視線を逸らす。
いざとなれば、勝てばいい。
それだけだ。
俺はHブロック準決勝のフィールドへと向かった。
── ── ── ── ──
デバイスを確認する。
「対戦相手は......中川将」
成績ランキング200位。
「底辺だな」
正直な感想が漏れる。
こんな試合、見てて楽しいのか?
観客席をちらりと見る。
まぁ、楽しそうなやつもいるか。
人の不幸は蜜の味、ってやつだ。
「よくここまで残ったな、こいつも」
スキルは不明。
だが、200位付近なんてロクでもないのが多い。
「俺ら揃って、いい餌だな」
苦笑する。
ただ、クラス単位で見れば上位に入っている。
それだけでも十分だろう。
「......あっちは粟降か」
もう一つの準決勝フィールドに視線を向ける。
そこには、かつてのクラスメイトの姿。
小学生の頃、5年間同じクラスだった男。
だが──
「今は別人だな」
中学に入ってから話さなくなった。
そして、気付けば俺の嫌いなタイプに変わっていた。
「......ま、決勝で当たったらその時だ」
軽く肩を回す。
その時は、その時で楽しめばいい。
── ── ── ── ──
『只今より、準決勝を開始いたします』
アナウンスと同時に、空気が張り詰める。
各ブロックで戦いが始まる。
......だが。
「やっぱ来るよな」
観客席を見上げる。
明らかに数が多い。
しかも、どいつもこいつも表情が悪い。
ニヤニヤと笑うやつ。
興味本位で覗くやつ。
そして──女の子まで。
「キツイって......視線が」
思わず顔を背ける。
しかも今回は──
「会話、筒抜けなんだよな」
準決勝以降は、観客に会話が聞こえる。
つまり、変に芝居も打てない。
「普通にやるしかねぇか」
小さく息を吐く。
そして──
「なかしょー」
なかしょーこと中川将である対面の男に声をかける。
「......俺ら見世物くさいしさ、ここは一つ手を打たない?」
軽く歩み寄る。
そのまま手を差し出そうとした──瞬間。
「真面目にやれよ」
低い声。
次の瞬間、手を弾かれた。
「おっと」
同時に、胸ぐらを掴まれる。
「......おいおい」
中川の顔を見る。
全身に力が入り、唇が震えている。
「何そんな必死なんだよ」
軽く笑おうとしたが──
「......っ」
妙な違和感。
こいつの反応、少し過剰じゃないか?
俺はその手を払おうとする。
だが──
思った以上に力が強い。
離れない。
「仕方ないか」
小さく呟く。
「......ちょっと痛いな」
そして。
「〈亜速〉」
次の瞬間、俺の体は後方へと移動した。
──強引に。
空間を歪める形で。
簡単に言えば、空間の強制的な歪みによる身体の切断だ。
結果として。
中川の手は、俺のいる位置に。
中川自身は、その場に取り残される。
「......あ」
静かな一瞬。
そして。
「う、うああああああ!!」
絶叫。
腕が──肘から先が、綺麗に切断されていた。
「なん、で......ない、の......!!」
転げ回る中川。
血が噴き出す。
観客席がざわつく。
だが──
「盛り上がってねぇな」
俺は冷めた目でそれを見ていた。
求められているのは、これじゃない。
もっと一方的に、俺がやられる展開。
そういう空気だ。
「デスゲームみたいだな」
ぽつりと呟く。
その時。
「......ああああああ!!」
中川が立ち上がる。
怒りに任せて突撃してくる。
「......鬱陶しいな」
俺は軽く手の甲で払いのけた。
──その瞬間。
「......っ」
嫌な感覚が走る。
やってしまった。
これは──まずい。
中川の体が吹き飛ぶ。
地面に叩きつけられる。
観客席がどよめく。
そして。
「......あ」
気付いた時には、もう遅かった。
その一撃。
その“雑な排除”。
それこそが──
俺の異世界人生を大きく左右する分岐点だった。




