第65話 そろそろ始まる俺の野望
「は、は、ハックシュ......!」
盛大なくしゃみが出た。
思わず鼻を押さえながら周囲を見渡す。
「誰か俺のこと噂してるな?」
よくあるアニメ演出だ。くしゃみ=誰かが噂している。
......まぁ、そんなことはどうでもいい。
「いや、普通に寒気がするんだけど」
腕をさすりながら、小さく息を吐く。
これはただの体調不良とかじゃない。
俺の少ない人生経験と、この異世界生活で培った勘が告げている。
「嫌な予感がする」
8割くらいは後者の経験によるものだ。
こういう時は、大抵ろくなことが起きない。
やましいことがあるなら、影を送り込んで調べたいところだが──
「出来ないんだなこれが」
以前、学園側へ諜報を行わせた。
表向きの情報収集だけじゃなく、裏も探らせた。
だが──
「......何人か、未だに連絡が取れない」
これはさすがに無視できない。
単純にやられたのか、それとも捕まっているのか。
どちらにせよ、普通じゃない。
「......流石に関わらざるを得ないよな」
軽く頭を掻く。
俺は一応、“裏のボス”ってやつだ。
その俺を舐めてる連中がいるなら、放置はできない。
だが同時に、これ以上の無闇な投入も避けたい。
「下手に動かすと、逆に全部持ってかれそうだしな」
だから今は、様子見と試行錯誤。
その結果──
「......アリスにも最近会えてねぇし」
ぽつりと呟く。
あいつのスキルは、諜報において最強格だと俺は思っている。
簡単に言えば、思考盗聴。
しかも精神干渉系。
防ぐのは相当難しいはずだ。
「カムイも別件で忙しいとか言ってたし」
頼れる戦力が、それぞれ別の方向に散っている。
──なら。
「“孤影の騎士団”を潰すなら、今がベストなんだろうな」
ぽつりと呟く。
だが、それもまた別の話。
「ま、俺には俺のやることがある」
今は目の前だ。
小さく笑みを浮かべる。
── ── ── ── ──
『これより15分後にランキング戦を開始致します。各ブロックの監督官及び調停者の皆様は王室に向かってください』
「......ちょうていしゃ?」
聞き慣れない単語に、思わず首を傾げる。
「なんだそれ」
知らないことは、知ってるやつに聞く。
それが俺のスタイルだ。
「......よし」
ターゲットは決まっている。
何でも知ってそうな、あの人だ。
── ── ── ── ──
「ここがCクラス」
教室の前で立ち止まる。
時間はない。
だが──
「......今更だけど、俺人見知りなんだよな」
心の底から思う。
助けてほしい。
扉の向こうでは、まだ数人が話し合いをしているようだった。
その中心にいるのは──小松心海
タイミングを見計らう。
長い。体感10分。
実際は多分5分くらいだが。
ようやく話し合いが終わり、何人かが外へ出ていく。
そして最後に残った人物に声をかける。
「こ、小松さん!」
若干裏返った声で呼び止める。
「あれ?水谷くんじゃん。こんな所でどうしたの?」
振り返った小松さんは、いつも通りの落ち着いた様子だった。
「いやまあ、小松さんなら知ってるかなって思って」
「?」
「さっきのアナウンスで、“ちょうていしゃ”って名前が挙がったんだけど......」
少しだけ視線を逸らす。
「小松さん、何か知ってるかなーって思って......」
「ちょうていしゃ......?」
あ。
これ、知らないやつでは?
やべぇ。
めっちゃ恥ずかしいやつだ。
空気が一瞬止まる。
「んーと......あ」
小松さんが何か思い出したように手を打つ。
「もしかして、“調停者”のこと?」
「た、タイムズ?」
なんだそれ。
余計わからん。
「あー、調停者ならね」
小松さんは軽く頷いた。
「見た方が早いっていうか、説明されると思うから──」
くるりと背を向ける。
「練習場に行こっか」
「へぁ?」
俺はよく分からないまま、ついていくことになった。
── ── ── ── ──
なんやかんやあって、練習場。
開始5分前。
各ブロックのフィールドには、既に人が集まり始めている。
『......これより、ランキング戦を開始いたします』
アナウンスが響く。
『ランキング戦においてのルールを説明します──』
「あー、これ知ってるやつだ」
デバイスで事前に送られてきた内容と同じ。
いわば再確認だ。
軽く聞き流す。
『続いて、ランキング戦のみに適用されるルールについて説明いたします』
少しだけトーンが変わる。
『ただ、このルールはあなた達に直接的に関与するものではありません』
「ん?」
思わず耳を傾ける。
『ランキング戦中、可能性は0に等しいですが──』
わずかな間。
『学園の外部から、ランキング戦の中止を強要されるような事態が起きた場合』
ざわ、と周囲が揺れる。
『調停者。またの名をタイムズを運用します』
「......ほぉ」
なるほど。
そういう役割か。
『調停者に所属する生徒の皆様は、ランキング戦への参加を不可とさせて頂きます』
『外部勢力の制圧は基本、調停者が優先的に行います』
『生徒の皆様が勝手に前へ出ることを禁じます。また、これらの禁止事項を破った場合、その生徒に対し-100pt。所属クラスに-50ptを与えます』
「おっっっっっも!」
思わず声が出た。
だが、理屈は分かる。
専用の部隊がいるのに、一般生徒が突っ込むのは危険すぎる。
「......でも」
少しだけ引っかかる。
「なんで“調停者”なんだ?」
制圧部隊なら、もっとそれっぽい名前があるだろうに。
だが、その疑問を深掘りする前に──
『それでは、ランキング戦を開始します』
始まってしまった。
「うわ、やば」
俺は慌てて走り出す。
「Hブロック行かねぇと!」
フィールドへ駆け込む。
「......ったぁ〜!遅れた!」
肩で息をしながら周囲を見る。
「って、バレてないからセーフか?」
そう思った瞬間──
フィールドの壁面に画面が浮かび上がる。
そこに映し出されたのは、1人の人物。
『Hブロックの監督官のシロだ』
「うわ」
思わず声が漏れる。
『ランキング戦において、遅刻は厳禁だぞ』
「バレてんのかよ」
小さく呟く。
だが、シロは続けた。
『だが、お前以上に遅刻をしている大馬鹿者がいるようだ』
「......あ?」
視線を巡らせる。
確かに──
「対戦相手、いねぇな」
誰もいない。
妙な静けさ。
時間だけが過ぎていく。
『......ふぅー。10分経過だ』
シロが淡々と告げる。
『対戦相手を棄権と見なし──』
一瞬の間。
『水谷悠真。お前を不戦勝とする』
「え......?」
頭が追いつかない。何故かって?あっさりしすぎてだよ。




