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『スキル【空間魔法】で転移ライフを謳歌する』  作者: 愛月量


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第64話 意図しない悪

 ついにやってきたランキング戦当日。

 俺は会場に足を踏み入れた瞬間、思わず肩の力が抜けた。


 もっとこう、張り詰めた空気── 一触即発、誰もが他人を蹴落とそうとする殺気立った雰囲気を想像していたのだが。


 実際に広がっていた光景は、それとは真逆だった。

 あちこちで談笑する生徒たち。軽口を叩き合う声。観客席に向かって手を振るやつまでいる。


「......なんだこれ」


 思わず口から零れる。

 緊張感がないわけではない。だが、それ以上に空気が軽い。

 例えるなら、そう──


「祭り......だな」


 勝敗は確かに重要だ。ランキングに直結し、今後の扱いにも影響する。だが、それでもこの場の連中はどこか楽しんでいる。

 戦うことそのものを。

 俺は小さく息を吐き、端末を取り出した。


「さて......」


 今回のランキング戦はトーナメント形式。

 とはいえ、単純な一括トーナメントではない。まずは複数のブロックに分けられ、それぞれの中で勝ち上がった者だけが次へ進む仕組みだ。


 もしこれが完全ランダムでなければ──

 例えば、明らかに実力差のあるメンバーを固めたブロックなんかに放り込まれたら。


「逃げたいね」


 冗談じゃない。

 だが、確認しないことには始まらない。

 俺は端末の表示を操作する。


 トーナメント表はどこかに張り出されているわけではない。各自のデバイスに、自分が所属するブロックと対戦相手が表示されるだけだ。


 他人の情報は、基本的には見えない。

 最後に残った各ブロックの優勝者のみで、最終トーナメントを組む。

 つまり──


 俺たちはまず、この中で生き残らなければならない。


「俺の所属ブロックは......どれどれ~?」


 軽くスクロールする。


「ん〜?」


 視線を滑らせ、


「あ、Hブロックだ」


 表示されたリストに目を通す。

 メンバーは......20人。10ブロック制だから、計算通りだな。

 で、その顔ぶれは──


「......まぁ、大丈夫か?」


 極端な偏りはない。

 圧倒的な実力者が固まっているわけでもなければ、露骨に弱者ばかりというわけでもない。

 強いて言うなら、


「同じクラスのやつがいるのが、ちょっと面倒だな」


 同じクラス同士で潰し合う構図。

 個人戦であって、集団戦。

 情報共有、足の引っ張り合い、心理戦。


 見えないところでの駆け引きが、確実に勝敗に影響する。

 まぁ、俺のやることは変わらない。


「とりま、いい感じにやって、いい感じに終わらせるか」


 無理に目立つ必要はない。

 それに──


「会話が漏れないのはありがたいな」


 今回のランキング戦は、決闘とは違う。

 試合中の会話は外部に一切漏れない。

 完全なクローズド空間。

 観客席に内容が伝わるのは、準決勝以降のみ。

 それまでは、何を話そうが、何を仕掛けようが、外には出ない。

 ──やりたい放題、というわけだ。


 俺は端末を閉じる。

 そして、少しだけ未来に思いを馳せた。

 この戦いの先。

 そのさらに先。

 自分がどう動くべきか。

 何を見せて、何を隠すか。


「......さて」


 考えることは山ほどある。

 俺はその場を後にした。


── ── ── ── ──


 場所は変わり、練習場。

 人気の少ない一角で、軽く体を動かしていたその時だった。


「......おーい!おーい!」


 遠くから、やたらと響く声。

 わざわざそんな大声を出さなくても聞こえる距離だろうに。

 俺は軽く舌打ちしながら振り返る。


「声デケェよ。林田」


 気怠げに返すと、走ってきたそいつは肩で息をしながら笑った。


「まあまあ落ち着けよ、粟降(あわふ)


「......で?」


 俺は視線を細める。


「あんなでかい声出してまで呼んだってことは、何かやって欲しいことでも?」


「話が早くて助かるよ」


 林田はにやりと笑った。


「粟降、お前、水谷と同じブロックだろ?」


 一瞬、思考が止まる。


「何で知って......」


「後で言う。とりあえず、同じブロックだろ?」


 強引に話を進めてくる。

 ......面倒だな。


「......ああ」


 渋々、肯定する。

 すると、林田は満足そうに頷いた。


「じゃあさ──」


 その目が、明らかに悪意を帯びる。


「Hブロックの誰を使ってもいい。水谷を不戦勝で上がらせて、恥をかかせろ」


「......は?」


 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。


「いやいや......流石にでしょ......」


 思わず苦笑する。


「俺にも、っていうかクラスにも面子はあるし......」


「Bクラスなんて、お堅いやつしかいないだろ?」


 林田は鼻で笑う。


「従う必要があるのか?」


 その声音は、どこまでも軽い。

 だが──その奥にあるものは重い。


「お前が働いてくれるなら、俺もその分お前に与えるっていうのに」


「......例えば?」


 嫌な予感がする。

 それでも聞いてしまうのは、人間の性だ。

 林田は口元を歪めた。


「そうだなぁ......例えばそう、『秘密』とか」


「っ......分かった」


 短く吐き出す。


「分かったよ。どうにかして水谷を勝たせる」


 自分でも驚くほど、あっさりと口にしていた。

 はぁ、と大きくため息をつく。


「お前がここまで水谷に執着する意味がわからん」


 わざと軽口を叩く。


「あれか?お前の気に入ってる國......っ」


 途中で言葉を止める。

 林田の目が、一瞬で冷え切ったからだ。


「おぉ、すまんすまん。キレんなって」


「......さっさとどっかに行けよ。うぜぇ」


 吐き捨てるような声。

 俺は肩をすくめ、その場を離れる。


── ── ── ── ──


 ......成績ランキング下位の人間。

 あいつらが受け取る固有能力は、どこか歪んでいる。

 俺はそう思っている。


 現に、水谷のスキルは──【空間魔法】。

 強力で、そして扱いを間違えれば厄介極まりない能力。


「だからこそ、面白い」


 口元が自然と歪む。

 Hブロックには、もう1人──

 底辺の中の底辺がいる。


「成績ランキング...200位?」


 思わず笑いが漏れた。


「ゴミじゃん」


 だが、そいつはCクラス。

 下手に手を出せば、こちらにヘイトが向く可能性がある。


「......そこは慎重に、だな」


 問題はそこじゃない。

 どうやって、水谷に“恥”をかかせるか。

 不戦勝。

 勝ちはするが、何もしていない。

 評価は上がらず、むしろ下がる。

 そんな状況を作り出す。


「いいねぇ......」


 想像するだけで、楽しくなる。


「俺が壊してやるよ」


 ぽつりと呟く。


「このランキング戦を!」


 それは、誰にも聞かれることのない宣言。

 だが確実に──

 この場に、歪んだ悪意が芽吹いた瞬間だった。

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