第63話 成長を促す
寮の自室。
ベッドに腰を下ろし、俺は天井を見上げていた。
静かだ。
だが、頭の中は全く静かじゃない。
考えていることは一つ。
──咲夜のスキルについてだ。
「魔獣を呼ぶって......ナニが来るんだよ......」
思わず呟いた声は、やけに乾いていた。
あのとき、深く聞くことはできなかった。
いや、違うな。聞かなかったんじゃない。
──聞く気になれなかった。
だって、あの魔力だ。
あれは異常なんてもんじゃない。
高密度。高濃度。
それが空気そのものを圧し潰すように満ちていた。
正直、触れたくないと思った。
本能的な拒絶だ。
(......あのまま咲夜が泣き止まなかったら)
ぞくり、と背筋に冷たいものが走る。
“中からナニかが出てくる” ──そんな確信めいた予感があった。
そして、その“ナニか”は。
(禁域で感じたあの気配と、似ていた)
俺がかつて踏み入れた場所。
禁域で感じた、あの圧倒的な存在感。
もし、あれと同質のものだとしたら。
「......神話級、か」
小さく吐き出す。
冗談じゃない。
そんなものを“呼べる”なんて話、まともじゃない。
現時点の俺でも、生き残ることはできるかもしれない。
だが──勝てるかと言われれば、正直怪しい。
「......だいぶイカれてるだろ」
苦笑が漏れる。
だが同時に、安堵もあった。
──味方でよかった。
それに尽きる。
ふと、昼間の会話を思い出す。
彼女は今回のランキング戦を棄権すると言っていた。
あっさりとした口調だった。
理由は簡単だ。
『スキルが暴走気味で、まだ手中に収まってないから』
......そりゃそうだろうな。
むしろ、あれで「制御できてます」なんて言われたら、そっちの方が怖い。
だが、問題はそこじゃない。
「棄権のデメリット、か......」
咲夜は言っていた。
棄権を公言した時点で、-100pt。
その数字は軽くない。
ランキング戦と決闘システム。
それらで勝ち続けなければ、取り返すのは厳しいだろう。
(......正直、キツい)
咲夜個人だけの問題じゃない。
クラス全体にも影響が出る可能性がある。
だが。
「......それでも、か」
俺はゆっくりと息を吐いた。
あいつは、小柄で。
どこか抜けていて。
楽しそうに笑う、普通の女の子だ。
そんな奴が。
あんな、どうしようもない力を抱えている。
しかも──制御できていない。
「......放っとけるかよ」
答えは、最初から決まっていた。
棄権は確かに自分勝手な行為かもしれない。
だが、それ以前の問題だ。
あれは、“助けるべき側”の人間だ。
だから。
誰にも聞こえないような声で小さく呟く。
少しだけ、怖い。
余計なことかもしれない。
それでも。
「......勇気、出すしかねぇな」
俺は目を閉じた。
答えは、もう決まっているのだから。
── ── ── ── ──
翌日。
教室に入った瞬間、空気が少しだけ重く感じた。
ランキング戦前。
誰もがピリついている。
そんな中で、俺は──
「......咲夜が棄権した件なんだけど」
開口一番、言った。
言ってやった。
教室の空気が一瞬で変わる。
視線が一斉にこちらへ向けられた。
逃げ場はない。
それでも、続ける。
咲夜が棄権したこと。棄権したその理由。そして、皆に助けを求めたいということを。
ざわり、と小さなどよめき。
だが、構わず進める。
「......お、俺も自分勝手なことをしてるって分かってる。でも」
喉が少しだけ詰まる。
それでも、言葉を押し出した。
「咲夜を、少しでも助けたいと思ったんだ......」
沈黙が落ちた。
重い。
息が詰まるような静けさ。
──やっぱり、無理か。
そう思いかけたとき。
「いいんじゃない?」
軽い声が、その空気を切り裂いた。
視線を向けると、そこには甘井がいた。
「不利だからこそ、お互い助け合うって。今のDクラスに合ってるじゃん」
あっさりしている。
だが、その言葉は確かに響いた。
誰かが、小さく頷く。
また一人。
さらに一人。
(......このクラスで良かったなんて思う感情が出てくるなんてな)
だが。
「ただ......」
甘井が言葉を続ける。
──そうだよな。
問題はそこだ。
全員が同じ答えに辿り着いているはずだ。
(咲夜の-100ptを......どうするか)
個人の問題では済まない。
クラス全体に関わる話だ。
おそらく最適解は一つ。
──咲夜ptとクラスptで半分ずつ負担する。
だが、それが通るかどうか。
教師側が認めるのか。
その空気が、教室を再び張り詰めさせた。
そのとき。
「いいぞ」
低い声が、背後から響いた。
振り向く。
そこにいたのは──プラント。
「変な顔してんな。その件、許可するって言ってんだ」
淡々とした口調。
だが、その一言は絶大だった。
「上には俺から言ってやる」
次の瞬間。
歓声が上がった。
「マジかよ!」「助かった......!」「やれるじゃんDクラス!」
一気に空気が弾ける。
張り詰めていたものが、一斉に解放された。
だが、全員ではない。
静かに腕を組んでいる者。
視線を逸らす者。
不満がないわけじゃない。
(......まぁ、そうだよな)
集団行動だ。
全員が同じ方向を向くなんて、簡単な話じゃない。
それでも。
(決まってしまった。方針が)
逃げ道はない。
──やるしかない。
クラスのために。
咲夜のために。
そして。
「......俺自身のためにも」
ぽつりと漏れる。
これはただの善意じゃない。
自分で決めて、踏み込んだ選択だ。
なら。
最後までやり切るだけだ。
教室のざわめきの中で、俺は拳を握った。
──俺たちDクラスは。
このランキング戦、絶対に勝たなければならない。
静かに、だが確かに。
そう決まったのだった。




