第8話 四重労働
あの日から、屋敷内の雑用の過酷さは拍車がかかった。
「リゼット。早く庭の落ち葉の掃除」
「終わったら大量のシーツの洗濯」
「厨房の積み上がった皿洗いと、広間から廊下までの床掃除も今日中に全部終わらせるのよ」
早朝から浴びせられる容赦ない罵声。
庭掃除、洗濯、皿洗い、広大な床掃除。
7歳の小柄な子供一人に押し付ける量ではない。
周りの使用人たちは。
「あの忌み子、また何かしくじって怒らせたのよ」
冷ややかな視線を向け、嘲笑を交わしている。
「はい。ただいま参ります」
私は静かに頭を下げ、従順でおとなしい雑用係を演じる。
だが、私にはもうひとつ大きな課題があった。
古代帝国方言を言い当てて以来、アレクシス様の家庭教師であるロバート先生が私を探して屋敷中を凄まじい執念で探しているのだ。
見つかって問い詰められたら目立ってしまう。
私は庭に出て、探知の魔法を展開する。
頭の中に屋敷全体の構造が浮かび上がり、人々の気配や動きが手に取るようにわかっていく。
ロバート先生が庭に続く勝手口に向かって歩いてきた。
すぐさま、気配遮断を発動させる。
自分の身体の周りに膜を張り、熱や気配、存在感を完全に消す。
冷たい風が吹く広い庭園では、庭師や雑用係の使用人たちが私に一切手を貸さず、遠くで焚き火にあたりながら嘲笑っている。
ロバート先生が落ち葉の山のすぐ横を通り過ぎていった。
気配を消した私という存在は、先生の目にただの樹木や影としてしか映らない。
首をひねりながら去っていく先生を見送った。
私はすぐさま風の魔法を発動させる。
小さな旋風が庭を駆け抜け、散らばっていた落ち葉が一瞬で一箇所にまとまった。
続いて向かった裏庭の水場には、アレクシス様やセレスティア様、使用人たちのシーツや服が山積みにされていた。
近くの洗濯女。
「日の暮れるまでに終わらなかったら夕飯抜きだからね」
冷たい水桶を押し付けてくる。
誰も見ていない隙を狙って、私は水桶に指先から光の粒を落とした。
心地よい泡が立って、頑固な泥汚れや脂汚れが一瞬で分解されて汚れがおちていく。
さらに温風の魔法を衣服の間に通して、干す時間を大幅に短縮させる。
次は熱気と生ゴミの臭いが充満する厨房に向かった。
料理長や下働きたちが慌ただしく行き交う。
私には山のような油まみれの銀食器と重い大鍋が割り当てられた。
「傷ひとつ付けたら許さないぞ」
物陰に入り、水と分解の魔法を放った。
大鍋についたぬめりや銀食器にこびりついたソースが滑るように落ち、水滴をはじいて乾いていった。
最後は一階から三階へと続くとても長い廊下の拭き掃除だ。
通りかかる侍女たちが私の目の前に足を出し、踏んづけていこうとする。
私は探知で侍女やロバート先生の接近を完璧に読み切って、気配遮断で気配を消した。
そして、雑巾に帯びさせた魔法の光で滑るように床を磨き上げていった。
「どうやって全部終わらせたの」
日没前、四重労働を完璧に終わらせ、涼しい顔で立っている私を見て、侍女や使用人たちは引きつった表情で立ち尽くしていた。
夜、屋根裏部屋に戻り、あたたかな光の球を宙に浮かべる。
「今日は忙しかったけれど、新魔法の実践にはピッタリだったわね」
探知で危険を察知し、気配遮断で姿を消した。
向上した魔法で過酷な労働を瞬時に終わらせる。
この連携を成功させたことで、使用人たちの意地悪も、ロバート先生の追跡も完全に遮断することができるようになった。
手の中に小さく揺れるエメラルドグリーンの光を見つめながら、逃走と独立への力を静かに蓄えていった




