第6話 芽吹く春と静かな鍛錬
日差しが屋根裏部屋の天窓を明るく照らすようになった。
冬が終わりを告げ、屋敷を包む空気には春の温もりが混じり始めている。
1年の月日が流れた。
早いもので、私の体も6歳になる。
「リゼット、二階の旧書庫の整理をしなさい。埃ひとつ残すんじゃないわよ」
「はい、わかりました」
侍女の鋭い声に、私は6歳らしく深く頭を下げる。
相変わらず食事は残飯同然、ボロボロの服を着せられ、使用人たちから雑用を押し付けられる日々。
異母弟のアレクシスも4歳になり、母親のセレスティア様の教え通り、汚いおねえさまと呼んではすれ違いざまに足を出して転ばせようとする。
子供じみた意地悪も、私にとっては日常の些細な雑音だ。
二階の奥にある使物置兼書庫。
ここの仕事だけは、私の心が躍る。
鍵のかかった重い扉の前に立ち周りに誰もいないことを確認する。
鍵穴に手をかざして、指先から生み出した微細なエメラルドグリーンの光を鍵穴の中へと送り、内部の構造をイメージする。
小さな音がして、鍵を使わずに鍵穴が開いた。
1年で魔法の精度は飛躍的に向上した。
部屋に入って指先からふたつの中型の光の球を放つ。
光の球は私の周りをくるくると楽しそうに旋回して、部屋全体を明るくあたたかな光で照らし出した。
一瞬で部屋の埃を浄化して床を磨き上げ、棚から新しい本を引っ張り出して知識を深める。
『中級魔法陣の解読』
『隣国の地理と社会情勢』
前世の20歳の理解力と速読力で知識を貪るように頭へ叩き込んでいく。
自分の魔法が、無詠唱かつイメージのみで発動するという特殊なものであることを学んで、密かに知識と魔力を蓄えていった。
勉強時間は長くは続かない。
「リゼット。 いつまで書庫に篭っているの。次はシーツと服の洗濯よ。日が暮れる前に全部洗いなさい」
廊下から侍女の怒声が響く。
書庫の整理が終わったら、間髪入れずに大量の洗濯仕事だ。
「はい、行きます」
私は本を元に戻し、おとなしい声を張り上げた。
裏庭の水場に向かうと、5歳の小さな体の倍以上はあるシーツや服の山が積み上がっている。
普通なら日の暮れるまでに終わらない量だ。
相変わらず容赦ないことするわね。
周囲に人がいないことを確認して、たらいの中にたっぷりと水を張ると、指先から生まれた三つの光の球を飛び込ませる。
心地よい泡が立ち、光の粒が生地の奥深くまで浸透していく。
力を入れて擦らなくても、浮き出た汚れが一瞬で分解され水が綺麗に透き通っていく。
洗い上がったシーツに微小な温風の魔法をまとわせると、干す時間すら大幅に短縮させる。
「これで完了ね」
大量の洗濯も、魔法の補助のおかげであっという間に終わった。
溜息をつく暇もなく、見張りに来た侍女が意地悪く言い放つ。
「もう終わったの。次は一階から三階までの長い廊下の床拭きよ。ピカピカになるまで磨きなさい」
子供なら泣き出すような怒涛の連続労働だ。
「はい、わかりました」
大人しくバケツと雑巾を受け取る。
誰も見ていない廊下の陰で、雑巾とバケツの水に魔法の光をかける。
滑るように汚れが落ちると、滑らかに乾いていく床。
体力を使わずに、長大な廊下の拭き掃除もまたたく間に終わった。
予期せぬ早さで完璧に仕事を終わらせた私を見て、侍女は。
「なによ、不気味な子ね」
舌打ちをして去って行った。
夜は、自分の部屋でベッドに横たわり、手のひらの上で小さな光の球をころころ転がした。
「たくさん仕事を押し付けられても、私から知識と魔法の力を奪うことはできないわ」
セレスティア様の冷酷な視線も、アレクシスの見下すような態度も、連続労働のイビリも、私を縛りつけることはできない。
冷たい屋敷の片隅で、私は誰にも知られず、着実に強く賢い自分へと育っていた。




