第5話 木枯らしと悪意
屋根裏部屋の天窓を叩く風の音がひときわ高く鳴り響くようになった。
季節は秋から冬へと変わり、屋敷全体が冷気に包まれていた。
隙間風が吹く屋根裏部屋の寒さは尋常ではない。
朝起きたときは息が白く、バケツの水に薄氷が張っているほどだ。
「リゼット、 いつまで寝ているの。 さっさと庭の落ち葉を集めなさい」
相変わらず早朝から怒鳴り込む侍女。
渡されたのは、薄いボロボロの服と、穴のあいた使い古しの手袋だけ。
「はい、すぐに行きます」
私はかじかむ手に息を吹きかけながら、静かに頭を下げる。
冬の外での労働は、5歳の小さな体にはあまりにも過酷だ。
落ち葉を掃く手は寒さで赤く腫れ、冷たい石畳を走る足の感覚がなくなる。
そんなとき、庭の隅で黙々と竹箒を動かしていた私の元に、小さな足音が近づいた。
仕立ての良い暖かな毛皮のコートを着た、三歳の異母弟アレクシスだった。
後ろに侍女が控えている。
「汚いおねえさまだ」
アレクシスは私を見つけると、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
そして、私が苦労して一箇所に集めた大きな落ち葉の山へ向かって来て、思い切り踏み荒らし始めた。
「えい、えい、 汚い葉っぱ散らばれ」
思い切り蹴散らされる落ち葉。
足元の冷たい泥混じりの雪を小さな手で丸める。
私に向かって力任せに投げつけてきた。
乾いた音を立てて、私のボロボロの服に冷たい泥雪がへばりつく。
「汚いおねえさまにピッタリだ。 おかあさまが言ってたもん、あいつはいじめていいんだって」
3歳ゆえの罪悪感のない残酷な悪意。
侍女はそれを止めるどころか、笑いながら見守っている。
泥雪で濡れた服は氷のように冷たかった。
中身が20歳の大人の私は、眉一つ動かさずにじっと耐える。
怒ったりやり返したりすれば、待っているのはセレスティア様からの苛烈なお仕置きだけだ。
「アレクシス様、お洋服が汚れますよ。中へ入りましょう」
侍女に促され、舌を出すと満足そうに屋敷の中へと戻っていった。
一人残された庭で静かにため息をついた。
誰もいなくなった物陰に入ると、私はそっと両手を広げた。
助けて温もりの魔法、指先からふわりと生まれた二つのエメラルドグリーンの光の球が、嬉しそうに私の周りをくるくるとあたたかな風を伴ってまわると、私の濡れた衣服としもやけのできかけた身体へとしみ込んでいく。
濡れた服が一瞬で乾き、じんわりと身体の芯から温泉に浸かっているような温もりが広がる。
寒さも意地悪もシャットアウトした私は、何事もなかったかのように再び箒を握り、黙々と落ち葉を集め直す。
遠くの窓から様子を窺っていた侍女が、仕事を続ける私を見て気味悪そうに顔を背けるのが見えた。
深夜、すべての過酷な仕事を終えて屋根裏部屋に戻った。
外は氷点下の木枯らしが吹き荒れている。
けれど、いまの私の屋根裏部屋は違った。
温かく、柔らかくを念じると、三つの光の球がポカポカとした熱を放ちながら宙を舞い、部屋を明るく照らす。
冷たいわらのベッドにも保温の魔法をたっぷり注ぎ込み、あたたかな空間を作り上げる。
丸椅子に腰掛け、部屋を暖める優しい光の球を見つめる。
セレスティア様からの冷遇も、使用人たちのイビリも、異母弟アレクシスの意地悪も、私を屈させることはない。
あたたかな布団に身を包みながら、私は静かに目を閉じる。
小さな秘密基地で知恵と魔法を蓄えながら、どこまでも賢く、しぶとく生き抜いていく。




