第3話 幼い使用人と小さな異母弟
翌朝、扉が乱暴に叩き開けられた。
「いつまで寝ているのです起きなさい、リゼット」
入ってきたのは、昨日と同じ冷たい目をした侍女だった。
私の布団を容赦なく剥ぎ取ると、足元に大きなバケツと雑巾、山のような洗濯物の束を投げつけた。
「今日からあなたに仕事をしてもらいます。3階の廊下の雑巾がけと、シーツや衣服の洗濯です。朝食までに全部終わらせること。いいですね」
「はい、わかりました」
私は幼い声を意識して、少しおびえたように小さく頷いた。
侍女は鼻を鳴らし、見下すような視線を残して部屋を出て行った。
前世では体を動かすことすら叶わなかった。
比べれば動けるだけマシとはいえ、小さな体にはあまりにも酷な重労働だ。
濡れた生地の重さでは、5歳の肘や手首を簡単に痛めてしまう。
でも、私にこの屋敷を飛び出して一人で生きていけるような力も宛てもない。
反抗して追い出されたり、さらに酷い罰を受けるくらいなら、従順で扱いやすい子供を演じ通すのが一番安全だ。
私は誰の目もない裏庭の水場へ移動する。
たらいの前にしゃがみ込んだ。
胸の奥のあたたかい熱を意識しそっと手をだして、お願い手を貸して魔法と念じる。
指先からふわりと生まれた三つの光の球が、嬉しそうに私の周りをくるくると楽し気にまわり、水を入れたたらいの中へと飛び込んだ。
小さな音を立てて、水が一瞬で透き通る。
魔法のおかげで、5歳の体でもあっという間に洗濯と床拭きが終わっていく。
冷たい水でかじかむはずの手も魔法のあたたかな余韻でポカポカとしていた。
ピカピカに磨き上げた廊下で最後の仕上げをしていると、階下から靴音と足音が近づいてきた。
光の球を消し私は健気に雑巾がけをする。
おとなしい5歳の子どもとして深く頭を低くした。
通りかかったのは、豪華なドレスを纏った気品ある女性正妻のセレスティアだった。
彼女の手を握っていたのは、仕立ての良い貴族の服を着た3歳の男の子だった。
この体の記憶が教えてくれる。
私の異母弟アレクシスだ。
アレクシスは雑巾を握りしめて跪く私に気づくと、小さな眉をひそめ嫌そうな顔で指を差した。
「おかあさま、あそこに汚いおねえさまがいるよ。ぼくあいつ嫌い」
幼い通る声で吐き捨てられた悪意。
日頃から、母親であるセレスティアにあの子は卑しい汚い存在だと吹き込まれ、すっかり真に受けて姉である私を嫌っているのだ。
セレスティアは冷ややかに目を細め、アレクシスの頭を愛おしそうに撫でた。
「ええ、そうねアレクシス。あのような卑しい者と目を合わせてはいけませんよ。汚れてしまいますからね」
「うん。汚いからあっちいけ」
アレクシスは、横を向くと舌を出すようにして私を見下してきた。
セレスティアは私をまるで道端の石ころでも見るような冷たい目で見下ろすと、アレクシスの手を引いてそのまま通り過ぎて行く。
幼い弟からの憎悪。
けれど、中身が20歳の私にとっては、幼子の無知ゆえの言葉に過ぎない。
傷つくどころかどこか冷めた心地だ。
私は何も言わず、ただじっと畳んだ手元を見つめ存在感を消すように深く頭を下げ続けた。
彼女たちが去った廊下で、私は静かに息を吐き出した。
冷たい目を向けられようと、幼い異母弟に嫌われようと構わない。
反発して目をつけられる方がずっと危険だ。
小さく握りしめた手に魔法のあたたかな余韻を感じる。
与えられた役割を黙々とこなし、冷たい屋敷の片隅で静かに生き抜くとを心に決めた。




